世の男性が一度でも経験すればほぼ必ずと言っていいほど思うことがある。
『女の買い物に付き合うものじゃない』
ちょっと近くのスーパーやデパートなんかに入れば、その言葉の通り暇を持て余した男性の姿を見かけられることだろう。
女性とは、その多くが買い物にやたらと時間をかけたがる。挙句、何も買わずに戻ってくることもあるのだから、異性にしてみたらこれほど理解しがたいこともないだろう。特定のものを定めて買うというより、その場で選びながら買い物の時間そのものを楽しむ、という方がイメージ的には近いかもしれない。
だから、きっとこの場に卓がいれば、彼は早々に他の場所へと逃げ出していたことだろう。
教室の一角に並べられた試着室。男女別にしっかりと隔離されたその空間の更に一室の前に、布の山がうず高くできていた。他の試着室を利用しに来た人たちの多くはそれを見て、あれは何かと首を傾げていく。
そんな鍾乳洞みたいにうず高くできた山から、微かに揺れてその一部に穴ができ、グミの顔が中から出てきた。出で立ち的にはカラーリングに失敗したムッ○みたいだ。
メグはぷはっと息を吐き出して、動きずらそうにのそのそ動きながら試着室の前まで移動した。
「どうですか? そろそろお気に召した服はございましたか~?」
その声に応えるように、ミクが試着室の中から顔だけ出して難しげに眉を八の字にしている。
「うぬぅ……、どれも可愛いですし着心地も素敵ですけど、何故でしょう? これだって言える物が中々決まりません。むしろどれも魅力的すぎです! どうしてくれるんですか?!」
「あはっ、思わぬクレーム恐縮です~。でも、そうなると困りましたね。グミ的見立てでは、この中のどれかで決まると思っていたんですけどねぇ」
今日始めて見せたグミの困り顔。さすがの彼女もこの状況は予想外らしい。
「う~ん、それじゃあもう一度この中から選んでみましょうか、それはそれで楽しそうですし」
そう言ってキグルミの一部みたいになっていた服を一着取って自分の前に広げる。若干めんどくさそうなことを言っておきながら、ミクの瞳は言葉とは裏腹に期待に目を輝かせていた。
ここまで自分達の作った服を楽しんで試着してもらえるのだから、提供側であるグミとしては嬉しい限りだ。だが、メグは一拍の間を置いてちょっと思案気味に声を漏らす。
「そうですねぇ……いえ、待ってください。こうなればこちらも最終手段、本気の本気をお見せしましょう。あなたなら問題ないでしょうし」
「最終手段……リーサルウェポンという奴ですね!」
「おお、なんという甘美な響き! なにやらそれっぽくてカッコイイですね、それ頂きです! ではさっそくアポを取ってみますので少々お待ちを~」
それだけ言い残すと、メグの顔が服の山の中に引っ込んで中からくぐもった声が聞こえてくる。
「フロアのグミです~、お疲れ様です。今そちらお手隙ですか?……え、いやいや別にクレームじゃないですよぉ。グミだって日々進歩してるんですから同じミスは繰り返さな……あ、は~いなんでもないです。それでですね、ちょっと今上玉のお客様の見立をしてるんですが、これが中々難しくて、是非ボスにもご助力願おうかなと思った次第です~」
それから一拍の間を置いて、鍾乳洞の中から再び声が漏れてきた。
「はい、そりゃもうボスの琴線に触れることは間違いないと思います。そういうところはグミ的にかなり自信ありますよ~。…………わかりました、それじゃあ今からそっちに向かいますねぇ」
携帯の通話を切る電子音が聞こえたと思うと、グミが遂に蝶へ生まれ変わる蛹のように、服の山を割って中から出てきた。
「おっ待たせしました~! 無事アポ取れましたよぉ、では早速ボスのところまで行きましょう、案内しますよぉ~」
「わぁ、ありがとうございます! でも、ボス……って、どういう人なんですか? なんだか言葉のフレーズ的に怖そうな感じですね」
「あぁ、いえいえ。正しくはうちの部長のことですよぉ」
前を歩くグミが軽くステップを踏んで更に前に進み、興奮した面持ちで両手を広げ教室全体を意識させる。
「ボスはこのフロアにある衣装や小物、果ては装飾まで手がける、まさに我々のブレイン的な存在です。衣装を作っているときはまさに鬼気迫る雰囲気で、一切の妥協を許さない方なので、皆からは尊敬の念もこめてボスって呼ぶことにしてるんです~」
「へぇ、それは凄いですね。まさかそんな凄い人にコーディネートしてもらえるとは」
「あはは~、でもまぁ実際はただの衣装バカ兼乱読家なだけで私生活はかなり適当な人なんですけどねぇ」
「ほぅ、これまでそんな風に私を見ていたのか君は」
「ひへっ?!」
唐突に奇声をあげるやグミは飛び上がらんばかりに驚きを露わにする。そして声のしたほうへと顔を向けて、彼女は再び驚愕した。
「わお?! ボ、ボスがなぜここに! てか早すぎですよ~?!」
後ろに纏めたショートポニーに黒い縁の小さなメガネをかけた、線の細い少女がそこにいた。儚げな印象とはうって変わって、少し男の子っぽい喋り方と彼女の纏う大人びた雰囲気が不思議な存在感として彼女を強調させていた。
そう、彼女こそがボス、この乙女ロードを統べる長である。
「お客様をお待たせするわけにはいかないだろう。ただでさえ長いこと拘束してしまっているようだ。物事は常に簡潔かつ迅速に、いつも言っていることだろう?」
そう言ってボスはメガネのフレームを軽く押し上げ、不敵に笑う。
「さて、時は金なりだ。簡潔かつ迅速に、そして美しく彩ろうじゃないか」
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