act.4 -ルカ-
「ルカ殿!」
まだ少し遠い呼び掛けに顔を上げると、神威さんが慌てたように駆け出すところでした。
「なんと、お待たせしてしまうとは……神威がくぽ、一生の不覚にございまするっ」
「まぁ。そんな、大袈裟ですわ」
高く結った髪を靡かせ、神威さんはあっという間に目の前へ。その速さや大仰に詫びる言葉が可笑しくて、わたくしはつい笑いを零しながら、腰掛けていたベンチから立ち上がります。
「こんにちは、神威さん」
「っ、は、本日はお日柄も宜しく……っ」
ご挨拶すると、またもや大仰な言葉が返ってきて、くすくすと笑いが止まらなくなってしまいました。
神威さんはいつも生真面目で、一生懸命で、それが何だか可愛らしいの。以前メイコ姉様に同意を求めたら、それは本人に言っては駄目よ。って注意されてしまったのだけど。男の人に『可愛い』は褒め言葉にはならないから、って言うのだけど、そうなのかしら? 『可愛いは正義』って言葉があったと思うのに……。
そんな事を考えながら、わたくしは再びベンチに腰を下ろしました。失礼致します、と神威さんも並んで掛けて、改めて深々と頭を下げられます。
「ご足労戴き恐れ入りまする。お呼びたてしておきながらお待たせしてしまい、真、申し訳ない」
「いいえ。お約束した時間までには、まだ間がありますもの。わたくしが早く着きすぎてしまっただけですわ」
「否、我の詰めが甘かったのです。前夜から控えて居るくらいの事はすべきでした……面目次第も御座いませぬ」
「まぁ」
くっと唇を引き結んだ神威さんが本当に悔いた様子で仰るので、わたくしは吃驚してしまいました。
「いけませんわ神威さん、徹夜組は近隣の方々のご迷惑ですから。禁止行為ですよ」
神威さん――神威がくぽさんは、わたくし達とは別の『お家』のボーカロイドです。数少ない男性型という事もあってかよくカイト兄様を訪ねてきて、わたくし達とも自然と馴染みになりました。
あぁ、だけど。こんなによく顔を合わせるようになったのは、神威さんのところに『妹』――グミさんが来てからかもしれません。今となっては懐かしい、グミさんが来たばかりの頃。思えばあの時が、わたくしが神威さんと挨拶だけでなく『会話』を交わした、その最初だったのかも……。
その時、兄様はお留守でした。確か、姉様とデュエット曲の収録中だったのだわ。訪ねていらした神威さんにその事をお伝えして、そして――わたくしで良かったら、お話を聞かせてください。そう言ったの。会えば挨拶くらいはするけれど、きちんとお話をした事はなくて。もっと打ち解けてほしかったから。
神威さんは少し迷う素振りを見せて、けれどやがて、ひとつ首肯して口を開いてくれました。
「では、伺いたいのだが。こちらの御宅では、食事などは如何しておいでであろうか?」
「食事、ですか?」
思いがけない言葉に、わたくしはきょとんと首を傾げてしまいました。それでも、神威さんが真面目な顔で頷くので、えぇと。と頭を捻って。
「普通に1日3食、『家族』皆で頂きますよ。お仕事でどうしても時間が合わない時は別々になりますけれど」
「それは、どなたがお作りに?」
「え。えぇと、皆……というか、兄様中心、プラス当番制ですわ。兄様が一番お上手なんです。本当は全部引き受けてもいいのだけど、皆も簡単なものくらい作れた方が何かの時に安心だし、作る楽しみっていうのもあるから……って、兄様が仰って」
「カイト殿がそのように……むぅ、ではやはり我が家でも導入すべきであろうか」
「え?」
むむ、と柳眉を寄せる神威さんの言葉に、わたくしは驚きと疑問のないまぜになった声を上げました。
「あの、神威さん。今は……今までは、どうしていらしたのです?」
「は。恥ずかしながら、我にはそのような素養が無く、また口にするのも己のみでしたので、適当に済ませておりました」
てきとうに。その、何だか神威さんには似つかわしくないような響きに、思わず目が丸くなります。けれど。
ちょっと可笑しくなってしまったのを押し隠して、わたくしは腰に手を当て、『めっ』と厳しい表情を作って見せました。
「いけませんよ神威さん、わたくし達はボーカロイド、この身は『楽器』なのですから。きちんとした生活をして、いつもコンディションを保っておかなくてはなりません」
「むぅ? しかし我等はボーカロイド、ヒトならぬ身なれば、食事など本来は不要なのでは」
「確かに、栄養の摂取という意味では必要ありません。けれどわたくし達には五感があり、空腹を覚える事も美味しいと感じる事もできるでしょう。それはわたくし達がただの『オト』で終わらぬ為に、とても重要な事の筈です」
不審げな顔をする神威さんに向かい、わたくしは懇々と諭します。
「そもそもわたくし達がヒトを模して『生活』をするのも、詞や曲に籠められた想いを解して歌う為でしょう。それに怠惰な暮らしは、こころの在り様をも堕落させます。きちんとした食事の時間を取る事は、生活のリズムを整えるのにとても良いのですよ」
突然の長広舌に驚いたのか、神威さんは珍しくその切れ長の瞳を見開き、ぱちくりと瞬きをしました。けれどやがて呑み込めたのか、成程。と深く頷きます。
その神妙な様子に急に恥ずかしくなって、わたくしは小さく舌を覗かせて付け加えました。
「……なんて、兄様の受け売りなのですけれど。メイコ姉様は、『折角味わえるんだから堪能しないと勿体無いじゃない』なんて言ってましたわ」
ビール片手に。言い添えて苦笑を浮かべるわたくしを、神威さんは何処かぽかんとした、呆気にとられたような、言葉が無いような顔で見ていました。その表情の理由が掴めずに首を傾げると、はっと我に返ったらしい様子で再び頷いて。
「得心が行きました。なれば何処ぞで料理指南の書を調達して参らねば」
些かぎこちない様子で小さく咳払いなどをする姿は、何だか微笑ましく感じられました。また今になってこんな事を気にするというのも『妹』の存在を気にかければこそだと思い至れば、同じく『妹』の身であるわたくしまで不思議と嬉しいような心持ちがして。
自然と笑みが浮かぶのを感じながら、それでしたら、とわたくしは思いつくままを口にしていました。
「グミさんもお連れになって、うちで練習なさっては如何です? 皆も手を貸してくれると思います。皆、仲良くなりたいと言っているんですよ。グミさんとも、神威さんとも」
「、――かたじけない」
息を呑む間を僅かにおいて、神威さんは頭を垂れました。そのあまりにかしこまった態度に、わたくしはまた可笑しくなってしまったのでした。
「それで神威さん、今日はどうなさったのです? 確か、渡したい物があるとか……」
「は、はっ! こここれに……っ」
神威さんが差し出したのは、優美な藤色の風呂敷包みでした。ご自分の脇に置いていたそれを、反対側――つまり並んで掛けた神威さんとわたくしの間のスペースに置き直します。端正な指がはらりと解くと、藤の中からは美しい桜が現れました。
「まぁ、素敵なお重ですね。綺麗な蒔絵」
「お、お気に召しましたか」
「えぇ、とっても。これを見せてくださる為に?」
「え、あ、いや」
愛らしい小物や綺麗な雑貨には心ときめくもの。殊に雅やかな和物には、一層弱いわ。浮き立った心のままに頬を緩めるわたくしの前で、神威さんはかぱりと重箱の蓋を開けられました。
「これも、ひとつではあるのですが。その、中身も、」
「まぁあ。頂いて宜しいの?」
思わず歓声が漏れました。丁寧に詰められていたのは桜餅。小振りなサイズで愛らしく、何よりとっても美味しそうです。
こくこくと神威さんが頷いてくださったので、わたくしは遠慮なく手を伸ばしました。
「――美味しい。優しい甘みとほのかな塩気が丁度良くて……」
「おおお口に合いましたかっ」
「えぇ、本当にとっても美味しいわ。ありがとうございます、神威さん」
「っっそ、れは、良かった」
ニコニコと浮かぶ笑みを抑える事もせず、わたくしはまたひとつ、桜餅を手に取ります。淡い春色の優しい甘味。お天気も良くて柔らかい風が吹いて、本当に好い日。
胸の奥からじんわりと湧く幸福感に、本当に頬が溶け落ちそうだわ。なんて思いながら。わたくしは神威さんと、その穏やかな午後を享受したのでした。
コイザクラ ~神威がくぽを取り巻く花々~ act.4
な、何とか1ヶ月以内……!(ホントにギリギリだけどな←)
前のバージョンにおまけというか蛇足というか、ある意味(私的)メインというかw
ルカさんのキャラをどうするか決めないまま書き始めた今シリーズ、結局ギリギリまで『綺麗クール』と『穏やか天然』で迷い、後者で書いてみました(ちなみに『波紋(http://piapro.jp/t/HgnT)』で書いたのは前者のイメージ)
ら、凄い難しかったorz 台詞だけならいいんだけど、地の文が! 子供視点よりキツかったわ!
何が辛いって、ツ ッ コ ミ が い な い !!
赤面しようとどもろうと、がくぽがどんなにキョドってても天然スルーですよルカさん。
ツッコミを呑み込むのに一番気力体力使ったわ今回www
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ご意見・ご感想
時給310円
ご意見・ご感想
こんばんは、読ませて頂きました!
いやー良い! これは良い! sunny_mさんと同じセリフで申し訳ないですが、これは美味しいです!
なんか初めてネットでSSを読み始めた頃の自分を思い出します。ゲームの2次小説でカップリングものとか読んで、1人でニマニマしている気持ち悪い高校生でしたw あのころ読んでたのが、まさしくこういうお話だったなぁ……自分の小説書きの原点を思い出せました!(`・ω・´)
ついったで「地の文がダメだ」とか呟いてましたけど、ぜんぜん良いじゃないですか!
ルカのキャラクターがしっかり表現されていて素晴らしいです。と言うか、なにこの古式ゆかしい2人。大正浪漫か? 大正浪漫なのか? ちくしょう大好物だぜバッキャローって感じですw
そしてデートとくれば、その他大勢ズがノゾキに走るのは当然ですね! 正月にお雑煮ってくらい当然です。これがなくちゃあ始まらない。王道ですが僕も大好きな展開ですw いつか絶対、俺も雨四光でコレやるんだ……。
もっと「このキャラのこのセリフが良かった」とか細かく書きたいんですけど、物凄い長文になってしまうので自重します。とにかくたいへん良質なファン小説であったと思います!
終わってしまうのがホントに惜しいんですが……また藍流さんの次回作に期待したいと思います。
ではでは、コイザクラ完結おめでとうございます。お疲れ様でした。面白かったです!
2011/07/29 22:14:13
藍流
こんばんは、時給さん!
小説書きの原点。なんと有難い、というか恐れ多いような(゜Д゜;
身に余るお言葉です……ありがとうございます!
ついった、その節はアドバイスをありがとうございました!
おかげさまで自分の中で基準ができて、部分的にですます調を崩したりと緩急を付けられましたし、ツッコミたくてうがぁー!となりつつも「でもルカのキャラは違うから」と我慢できましたw
かなり悩みつつ書いたので、褒めていただけて嬉しいです! 頑張りました!(←
そしてデバガメ部隊は全力で楽しんで書きましたwww
お約束ですが、やはり王道は良いからこそ王道なのですよ!!
ルカは天然だしがくぽはルカが笑ってたらもう満足しちゃうし、そこでもう一押ししろよぉー!となる人々を書きたくて堪らなかったのです☆
ルカパートのツッコミ不在も、逆にこっちが引き立って良かったのかもしれませんw
書くのも面白かったけど読むのも大好きなので、雨四光で出てくるのを楽しみにしてます♪
って、その自重は不要……! 長文だろうと連投だろうと大歓迎ですよ!!? むしろ伏して願い奉る感じですよ!!?
実際のところ、ほぼ何も決めずに(ストーリーどころかキャラ立てすら決めずに←)行き当たりばったりで書いたシリーズなので、意外に好評で有難くも不思議だったりするのです……。
今後の為に是非、何が良かったのか(そして悪かったのか)教えていただけると助かります><
何はともあれ、楽しんでいただけて幸いでした。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
次に書くものがどんなものになるかわかりませんが、また宜しくお願いします!
2011/07/30 00:02:29
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは!
波紋の時のクールなルカさんもかなり素敵だったのですが、こちらの天然ルカさんも美味しいです~!!もぐもぐ。
突っ込みがいないのがまた面白い!というか読んでいる人が皆、突っ込んでますよ(笑)
待ち合わせに前日から来ようとしたがくぽに、迷惑行為ですよ、と本気で言っちゃうルカさん。やっぱり美味しすぎますww
地の文に苦労したと書いてありますが、すごく自然ですよ~☆
ルカさんの、のほほんとした地の文が丁度良い感じがしました^^
今までの流れとも違和感ないし。可愛らしさ倍増だし。
やっぱ藍流さんすごいなぁ!と思いましたよ~!!
そしてそして前バージョンの兄さんwww
やっぱり藍流さんの書く兄さんは可愛くってちょっとお馬鹿ででもやっぱり可愛いよ!!
女帝、ことめーちゃんも面白いしwww
こちらも楽しませていただきました☆
このままで終わってしまうのが勿体ないようながくぽさん一家と、ルカさんですが!!
でもでも、ひとまずコイザクラ、お疲れさまでした!!
2011/07/29 19:28:25
藍流
こんばんは、sunny_mさん!
美味しく召し上がっていただけて嬉しいですw
ルカもがくぽもツッコまないので、書いてて凄くうがぁ?!となりましたよ。何このボケ殺しコンビ(←
読んでる人が……というのは、自分に言い聞かせてましたw 読みながらツッコミ入れたり、ちくしょー誰かツッコめよ!となってもらえたら私の勝ちだ!とww
今回、↑の事とかルカ視点の地の文とかで、自分が意外ときっちりキャラを決めて書いてた事に気が付きました。
普段だったら相手の表情の変化とかも結構地の文に盛り込むんですが、今回は8割方削ってます。
書こうとするんだけど、いやルカさんはそんなところに注目しない。と削除。
だから書いてないけど、がくぽは赤くなったりわたわたしたり大変な事になっている筈なのですよw
その辺り、がくぽの台詞やちょっとズレた地の文から想像できるようになっていればいいんですが。
そして前バwww
無事にあのシーンに繋げられて、それが一番嬉しいかもしれない(←
インタネ家の妹ズはお留守番の筈が、気付いたら合流してましたw(いや前回の時点でわかってましたが。だから二人別々に呟いてたw)
兄さんはLilyパートでは格好良かったのにねぇ……と思いつつ、全力でシスコンに☆
しかし決闘とか言い出した挙句に手袋まで用意しようとするとは、書いてる私も吃驚でしたwww
桜餅を作る殿の背中に「お母さん」と呼び掛けるグミ、というワンカットだけしか浮かんでいないところから始めてしまったシリーズでしたが、何とかひとまずゴールできました。
お付き合いいただいてありがとうございました!
2011/07/29 23:31:12