僕を、許して。




あんなに小さい頃の約束を後生大事に取っておくなんて、今思い返すと女々しい気もする。最も、今同じ状況に置かれても同じことを繰り返す自信はあるけれど。

あんな一文を手紙に付け足すなんてどうかしていた。リンの良心とか、訴えるには卑怯なものに訴えてしまう言葉だっただろう。
でもその時は卑怯だとわかっていて手紙を投函した。
理由は何だっていい。後で報われない想いに苦しむことだって受け入れよう。
とにかくリンに側にいてほしい。

もう、限界だった。

リンが僕の手を取ってくれたとき、全てが完璧なものになった気がした。
彼女は言う。あなたにずっと会いたかった、と。
ずっと一緒にいようね、と。
暫く会わなかった間に彼女はとても綺麗になっていた。笑顔の明るさは変わらず、そこに落ち着いた優しさが加わっていた。
その笑顔を見て、ああ、やっぱり僕はリンを本当に大好きなんだな、と思ったんだ。

そして彼女も間違いなく僕を好きでいてくれた。
あまりリンは「好き」という言葉は使わなかったけれど、仕種から、笑顔から、しっかりと伝わってきた。

僕たちが共に暮らしたのはそんなに長い間じゃない。
だから、もしかしたら綺麗なところしか見ていなかったのかもしれない。
でもとても幸せな時間だった。

このままずっとこの時が続けばいいと何度願っただろう。

笑顔。泣き顔。怒った顔。勿論リンの造形も好きだ。でも1番好きなのは、あの高く澄んだ声だった。

―――レン。

名前を呼ばれるのが、何よりも嬉しかった。






本当は全部夢だったんじゃないか、とも思う。


その方がよかったのか、それとも。

全てが夢ならリンは泣かずに済むだろう。
でも夢だったのならあの幸せ全ても幻になってしまう。








ちらちらと雪が舞う。
それが桜の花びらに見えて、思わず口元に笑みが浮かんだ。

雪を見て桜を思い出すなんて、僕はどれだけ未練がましいんだろう。

はあ、と吐いた息が白い。
寒い。
いや、寒いわけじゃないのかも。
痛い、ももう感じないし・・・きっとそろそろ命が尽きてしまうんだろうな。
じわり、とそこだけ温かく感じる脇腹に、凍える手を添える。ぬるりとした感触に何故か苦笑が漏れた。
見る気は起きないし、見るだけの力も残っていないけれど、支給された時に真っ白だった軍服は真っ赤に染まっていることだろう。
もう流れた血の量は致命的だ。人は血液の三分の一を失えば死に至る、なんて知識を使うまでもない。果たして失血死が早いか、凍死が早いか。
どちらにしろ、リンのもとには戻れない。

―――嘘に、なっちゃったな・・・

最後の約束を思い出す。
始めから叶うはずがないと気付いていた約束だ。でも叶えばいいと、叶えたいと、そう思っていた約束でもあった。

恐らくこの戦争は自国の敗戦になるだろう。身を以って知った。規模が違いすぎる。
終戦を迎えるまで、君の身に何も起こらなければいいんだけど。

冷静に考えていると、段々と意識に靄がかかり始めたのに気付く。


ああ、もう、か。


帰りたかった。君の元に。桜の下で僕を待つ、君の元に。
でも生きて帰るのは無理そうだ。
なら、せめて、この身が君の待つ桜の下で眠りにつければいいな。

―――それは今の僕にとって、なんて甘美な想像だろう。
僕の眠る傍らにあの桜が咲き誇り、何よりも大切な君がいる。
それはきっととても幸せなことだろう。


ごめん。約束を果たせない僕を、どうか、許して。


霞始めた視界で雪が踊る。
本当に桜の花びらにそっくりだ。あちらのほうはかすかに薄桃色に見えることもあるけれど、真っ白に見えることもある。

その中に佇むリンの笑顔を思い出す。
胸が熱い。
最後の笑顔が無理をした笑顔なのは気付いていた。行かないで、という叫びはちゃんと伝わっていたから。
でも僕は決めた。君を守るものの一端を担えるなら、と。
もしかしたら自己満足に過ぎなかったのかもしれない。こんなふうに君を独り遺して逝くことになるのなら、可能な限り出立を遅らせるべきだったのかもしれない。


本当はね、リン。
僕ももっと君の傍で生きていたかった。
帰りたかった。





でももう、帰り道がわからないんだ。





雪が舞う。桜のように。
リン、今も君は桜の木の下で僕を待っているの?
まだそっちで桜は咲いていないよね。でももうすぐ僕が出征して一年、桜が咲く季節が来る。

その花が僕の思いの現れだと感じてくれたらいい。きっとあの木は今年、花で枝が見えなくなるだろう。
やがて散る桜。僕の思いはけして散りやしないけれど、酷く似合っている気もする。
僕の思いが君を包んで舞い揺れる。きっとそれは綺麗な光景なのだろう。
想いで包むのじゃなく、本当はこの腕で抱きしめて離さないのが1番の幸福だろうけど、それはもう叶えようがない。
リン、君だけには気付いてほしくないけれど、君だからこそ気付いてほしくもあるんだ―――桜の花びらは一度花から離れたらもう戻りはしないということを。
後はただ朽ちて崩れて消えていくだけなんだということを。

どれだけ美しくても、永久に在ることはできないんだ。



ゆっくりと眠気が訪れる。



その時。
ばらばらになりはじめた意識に異を唱えるように、







―――歌が、聞こえた。




驚きで意識が急激に覚醒する。
最後の力を振り絞って、その声に耳を傾ける。
誰かが歌っている。でもそんなはずはない。何故ならここは最前線だからだ。命を落としたものにしか安息は訪れない。
でも。
でも、でもこの声は。




リン。


君の声が聞こえる。
君の歌が聞こえる。

ああ。

頬になにかが伝うのを感じた。
何だろう。火傷しそうなほどに熱い何かが、途切れずに伝っていく。



君の歌が聞こえる。僕の名を呼んでいる。



わかったよ。
帰り道は、そっちだね。
今帰ろう、君の元に。
君の歌を道しるべに。


だから、少しだけ、少しだけ待っていて。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

桜に、雪に(私的花吹雪・風花舞)3

正直私に軍の知識とか戦争の知識とかかじった程度にしかないんで・・・
色々間違ってたらごめんなさい。

あと陸軍か海軍か分からなかったんで敢えて曖昧に書いておきました。仕様です。心なしかレンが病んでるのは我が家のボーカロイドのデフォルトがそうだから。

あと二つです。なんとか早めに上げられたらいいなぁ。

閲覧数:398

投稿日:2009/11/03 18:03:22

文字数:2,514文字

カテゴリ:小説

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  • 翔破

    翔破

    ご意見・ご感想

    ちまちまっと書き溜めていたので、そう言ってもらえるとうれしいです。
    曲としてしっとり系のものが好きなので(なのか)作風もそうなりがち・・・なのかな?

    2009/11/04 17:06:41

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