レンコンのきんぴら、茹でた枝豆、味噌味の肉野菜炒め、ぬか漬けのきゅうりと茄子、白いご飯、そしてイワシのつみれ汁。いただきます。と兄妹4人そろって手を合わせ、そしてめいめいおかずに箸を伸ばす。
 火が通って甘くなった玉ねぎというのは美味しいと思う。それに少し漬かり過ぎた感じのあるぬか漬けきゅうりも。レンコンにきんぴらはちょっとトウガラシが多いかもしれないなぁ。がちゃ坊には辛いかも。
 そして、例のつみれ汁。ぐみの言う通りにしたらやっぱり美味しかった。梅のさっぱりした酸味が生臭さを消してくれているし、暑いこの時期にはさっぱりしていて美味しい。それにがちゃ坊が一生懸命に練ってくれたおかげで小骨の嫌な感じもなかった。
 そんな事を思いながらもぐもぐとリリィがご飯を食べていると、がちゃ坊、と正面に座っていたがくぽが言った。
「がちゃ坊、イワシも食べなさい。美味いぞ」
その言葉に、う、とリリィの横でがちゃ坊が、食べかけていたご飯を喉に詰まらせたような音を立てた。
 兄の言葉の通り、がちゃ坊は未だにつみれ汁に箸を伸ばしていない。そのとろんとした瞳を恨めしげに兄に向けた。
「どうしても食べないとだめ?」
「当たり前だ。お前も手伝ったのだろ?だったら余計に食べないといけない」
がくぽの穏やかながらも有無を言わせないその調子に、がちゃ坊は、ううう、と今度はイワシのつみれ汁に恨めしげな眼差しを向けた。
 だけどいくら睨みつけていても、イワシのつみれ汁が逃げ出すなんて事は起こらない。そんながちゃ坊に、苦笑しながらリリィが声をかけた。
「案外美味しいよ、ガチャ坊。お姉ちゃんが言った通り、梅干しを入れて大正解」
リリィの言葉に、本当に美味しかった?とがちゃ坊は確認するように正面に座るグミにも視線を向けた。
 にっこりと笑って頷いたグミに、再びがちゃ坊はお椀の中を覗き込んだ。牛蒡や人参やらと一緒に入っているイワシのつみれははっきり言っておいしそうじゃなく見えるだろう。醤油味の汁の中に沈んだその表面はなんだかざらざらしているし、色も灰色というか砂色というかなんというべきか。見た目だけならば、どこをどう取っても美味しそうに見えないだろう。
「見た目はあれだけど、本当に美味しかったわよ」
そう勇気づけるようにリリィが言うと、観念したのか、がちゃ坊はお椀を手に取った。そしてそのままつみれをひとつお箸で挟んで口の中にほおりこみ、咀嚼せずに飲み込んでしまった。
 そのまま噛み砕かずに飲み込むにはつみれは大きすぎる。喉に詰まらせるわよ、とリリィが言うよりも早く、がちゃ坊は無理やりにごくんとイワシのつみれを飲みこんでしまった。
 勿論、味なんか分からなかっただろう。けれど、食べた事には違いない。無理やり飲み込んだ背で苦しかったのだろう、涙目のがちゃ坊をあきれ顔でリリィは眺めた。それはがくぽも同じだったようで、こら、と呆れるような調子で叱った。
「がちゃ坊。そんな食べ方は胃に悪いぞ」
「そうよ。味も何もわかんないでしょうが」
がちゃ坊を諌めるがくぽにリリィも続く。二人の兄姉の言葉に、だってぇ、とがちゃ坊が更に涙目になっている中、グミだけが爆笑していた。
「でも、食べた事には違いないわね」
はははっ、と明るく笑いながらグミはそう言って、立ち上がり、麦茶を持ってきた。
「全く。喉に詰まらせたらどうするつもりだったのよ」
一応、がくぽやリリィの手前、そう小言めいた事も言うが、その口調に咎める気配は無い。むしろどこか楽しげで、ぷくく、と笑いをかみ殺してさえいる。そんなグミにつられるように、へへへ、がちゃ坊もつられて笑っている。そんな二人に呆れながらも苦笑を浮かべ、お姉ちゃんは本当に適当なんだから。とリリィは言った。


「ぐみ姉ちゃんには悲しい事は無いのかな?」
ある日の夕暮れ。まだグミもがくぽも学校や職場から帰って来ていない時間帯の事。
 リリィは部活動がお休みだったらしく早く帰って来て。二人で夕方のドラマの再放送を見ながら今日あった事などを話していた。その中で、グミは泣いたりした事は無いのかな?と不思議に思ったがちゃ坊がリリィに問い掛けてきたのだ。
「どうだろう。でもお姉ちゃんは器用だから何でもこなせるし。あまり失敗とかもしないから、悲しい事も少ないのかもしれないね」
そう言って、リリィは過去を思い出すように中空を見上げた。
「いつも笑顔で、にこにこしていて、楽しそうで。でもまあ、怒ると怖いけど、泣いたところを見た事は無いなぁ」
そう言えば小さなころから転んでも道に迷ってもグミは泣いたり弱音を吐いたりしなかった。
 こんなのなんて事無いよ。きっとこっちが帰り道。大丈夫、リリィ、知ってた?全ての道は家へと続いているんだよ。
 いつだって適当な事を言って、嘘だか本当だか分からない事を言うくせに。グミが言う事は結局ホントウになって。全てを笑い話にしてしまう。
 そう、グミ、という姉はいつもこんな調子だった。何があっても明るく笑い飛ばすような。常に飄々としているような。その分怒ると本気で恐ろしいのだけど、でも普段は明るくて朗らかな、そんな感じの姉だ。適当なことばっかり言って、だけど、その適当さは憎めなくて、ずるいなぁと思う。ずるいけど、でも、やっぱり憎めなくて許してしまう。
 いつも笑っているから、がくぽとは違う意味で、グミにも絶対に大丈夫な感じがあった。グミは絶対にいつも笑っている。そんな感じが強かった。
「悲しい事が無いのは、良いなぁ。」
そうぽつりとがちゃ坊がこぼした。その元気のない様子に、どうしたの?とリリィが問うと、がちゃ坊は再び深いため息をついた。
「宿題。さんすうのドリルなんだぁ」
はーあ、と盛大な溜息をつくがちゃ坊に、どんな深刻な悩みが出てくるかと思っていたリリィは吹き出しながら、教えてあげるから、と言った。

―絶対なものは、小さな世界の中に全てあって。大きな世界を私は知らない。

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今日の夕ごはん・2

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投稿日:2011/07/18 14:31:05

文字数:2,468文字

カテゴリ:小説

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