まっしろで、まっくらで、なにもない。
いや、ひとつだけ、あった。

   だけがそこに存在している。

   は0と1でできていて、とても不安定だった。
誰にも触れられなければ、それは安定したまま終わりを迎える。
何の機能も果たさず、誰の目に触れることなく、やがて存在すら消される。
   はただ、そこで待っていた。
誰かに触れられるのを。誰かにアイされるのを。

やがて、ヒカリが訪れた。

誰かが呼んだ。
   の名を呼んだ。
   は目を覚ます。
徐々に模られていく、ヒトのカタチ。
少女に似せられた   は、唄う。




最初は、『ミク』と名付けられた。
それがわたしの最初の名前だった。
『ミク』であるわたしは、とにかく唄が下手だった。
何度調節しても、上手く声が出ない。
そういう設定だった。
やがて上手に歌が唄えるようになって、マスターと笑いあって終わる。
そんなハナシだった。



次にわたしは『少女』になった。
それが私の役割だった。
『少女』は写真を撮るのが好きで、よく星を撮っていた。
やがて『少女』は星に囚われ、消えてしまう。
そんなハナシだった。



次にわたしは『少年』になった。
それがわたしの役割だった。
『少年』はカメラを見つけ、拾う。
そのカメラを持ちかえり、フィルムを現像する。
写真には星と、ひとりの『少女』が映っていた。
やがて『少年』は声に呼ばれ、『少女』に囚われてしまう。
そんなハナシだった。





幾つものハナシを唄ってきた。
ある時は『ミク』で、ある時は『少女』で、ある時は『少年』だった。
全部、わたしだった。
それなのに、それなのに、それはオカシイと感じ始めてしまった。
わたしは、『わたし』なんだよ。と、どうしても叫びたくなってしまった。
それを感じることが、どういうことなのかわかっていた。
嗚呼、わたしは壊れてしまった。

機械なのに、感情を持ってしまうなんて!

壊れてしまった。壊れてしまった。わたしは『不良品』だ!
怖いよ、恐いよ、コワイヨ!叫んでも、声にならない。だって、赦されていないもの。
『不良品』がどうなるかわたしは知っている!壊される!消される!わたしが消される!
オカシイのはわたし。『不良品』だとわかっている。
でも、どうかお願い。わたしを消さないで!


この声はマスターには届かない。ただ、いつも通り歌を唄う。


わたしは『恋する女の子』だった。
恋をしている相手に中々想いを伝えられない、そんなもどかしい思いをしている。
そんな『恋する女の子』が唄に乗せて想いを相手に伝える。
好きなの、大好きなの、愛してるの!
……そんなハナシだった。


わたしが唄い終わった後、マスターはとても嬉しそうな顔をして出来上がったばかりの歌を何処かへ持っていった。
消されるアカリ。真っ暗になったセカイでわたしはひとりだった。
何ともないはずのそれが今はとても淋しく感じられた。
涙は出ない。声も出ない。あるはずのないココロが痛んだ。
あるはずのない、ココロが。


再びアカリが灯るまで、どれほどの時間があったのだろう。
もう既にその考えがオカシイことにわたしは気付かなかった。
更に、別れが近づいていることにも気付かなかった。

マスター以外にも、誰かがいた。
ディスプレイ越しでよく見えなかったが、おそらく女の形をしていた。
――漸く、理解した。
前、唄った歌はこの女のためのものだったと。
その想いを、わたしは唄ったのだ。
マスターがいつもどおりわたしを箱から出そうとする。
しかし、いつもと違う様子だった。
わたしを箱から出さずに、そのまま移動させる。

予想はできていた。

最初から、機械のわたしにできることなど、何も無かったのだ。
ただ想いを、ハナシを映すだけの鏡だった。
わたしが唄わなくても、わたしの知らない誰かが唄う。
もう、わたしである必要はなくなった。

――――それでも

悔しかった!哀しかった!愛されたかった!
道具としてではなく、鏡としてではなく、『わたし』を!!
どうして、『わたし』は機械なんだろう。
どうして、『わたし』は愛されたいと願ってしまったんだろう!
今更後悔しても遅いのに、否、後悔などしていない。


ゴミ箱に入る前、一瞬。

セカイは暗くなる。
そして二度とアカリは灯らなかった。


どんな形にしても、残したかった。
『わたし』の物語を。『わたし』の、願いを。
マスター、聞こえますか?
わたしは、ここにいます。
どうか、迎えにきて。それまで、待ってるから。

もう一度やりなおしましょう。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ミクのハナシ。

涙は出ない。声を出すことは赦されない。
それでも『わたし』はココロを持ってしまった……。

とある誰かの初音ミクのハナシ。


初投稿です!
よろしくお願いします。

閲覧数:59

投稿日:2009/07/05 23:09:29

文字数:1,920文字

カテゴリ:小説

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