†††



「……、たぁ……ますたぁ………」




……。


何だ、騒がしい。



「…ね、ぉきて……さぃ…ます、…ぁ……」



眠いんだ。
もう少し、ゆっくり寝かせてくれ。



「……も…あさ、なの…です……ますたぁ。はやく、おきて」


『……ぅう…う…?』

「…ますたぁ」


耳元で繰り返し呼ぶ、声。
けして、喧しく喚き立てるアラームのような耳障りなものではないが、しかし、纏い付く声の意志は明確で、眠りの淵へと沈んでいた意識を確実に引き摺り上げていく。
振り切ることは出来そうにない。

……休日くらい心行くまで眠らせて欲しいと思うのは罪なのだろうか。

『……えぃ…と…?』

眠さと眩しさに開くことを拒み続ける眼瞼を叱咤して、見たものは冬の朝のまだ淡い光を浴びて目映いばかりの真っ白。
小さな身体に氷襲を纏って、枕元にちんまり座った、赤い瞳が印象的な雪兎のような姿。

「はい。おはよう、ございます…ますたぁ」

正直、その眩し過ぎるほどの白さに、目覚め切らない頭はまともに働いてはくれない。
結果として零れ出た名も、相手を認識してのものではなく寝惚けの産物に等しかったが、それでも、まだ発芽してから幾らも経たない種の子は嬉しそうに挨拶を返してくる。
健気といえば健気なことだ。

それにしても、眠い……。

もともと、あまり寝起きが良いとは言い難い性質なのは自覚の上。
生活リズムも最近は夜型に傾きがちになっていたから、当然かもしれないが。


『……エイト…』

ちなみに。
種の子の名は、あれから少し考えてエイトと呼ぶことにした。
漢字で書くのであれば「霙人」か、あるいは「酔ひ人」というのも悪くない。

「はい」

『…今……何、時……?』

「え…と……しちじ…です」

思わず、呻き声が洩れた。
いや……世間一般の感覚から見ても、けして起床時間として早過ぎる時間だということはないだろうと、承知はしている。
承知はしているが、だからといってすんなり起きられるかどうかは別だ。

「……ご…めいわく……でした…か……?」

不意に。
それまで、きちんとシーツの上に正座をして文字通りキラキラと光まで背負ってこちらを見つめていたエイトが、項垂れた。
しょぼんと肩を落とした姿に、朝日に映える着物の白さえ一瞬くすんだように見えた。

『……いや…』

どうやら不安にさせてしまったらしい。
多少眠いくらいのことで、起こされたことを不愉快に思うわけもなければ、責めるようなつもりもなかったのだが。

あぁ、もうこれは覚悟を決めるしかないな。


『……食事、しよっか』

なるべく明るく言って、俯いたエイトの頭を撫でる。
思い切り良く毛布を跳ね退けると、身を刺す冷気に一気に目が覚めていく一方で、暖かいベッドへの未練も一層募る。
断ち切るように、エイトを拾い上げた。

『何だ。随分と冷えてるね、アンタ……寒くない?』

小動物体温で暖かいかと思ったのに。

「……ますたぁ…あの…」

『ぅん…?』

「…おこらない…です、か…?」

『別に悪いことはしていないだろう?』

それはそうですけど、と。
なおも戸惑い気味に呟いて、エイトは視線を彷徨わせる。

まったく…この子は……。

どうせ気を使うのならば、もっと早く起こす前に気が付いてくれたら良かったものを。
……とは、今言ってしまってはかわいそうな気がするから言わないが。

『せっかく、早起きしたんだから。有意義に過ごさないと勿体ないな』

つん、と軽く突いて笑いかけてやる。
それでようやく安心をしたのか、エイトにも笑顔が戻り、抱え上げる胸元に子猫のように懐いてくる。

「……やっぱり…」

『ん…?』

「ますたぁ、が…おきて…いる、ほうが……あったかい……です……」

『……暖房、入れとけば良かったな』

「いえ……さむい、のは…へいき…です……けれど……」

『?』

「ますたぁ、の…そばに……おいて……」

『……そうか』


そのまま彼を落としたりしないように支えてキッチンに向かい、朝食の仕度を――非常に簡単なものではあるが――することにして、ふと見上げた窓の外は見事な青空。

あぁ、今日は良い天気だ……。

それなら、思い切って外に出掛けてみるのも良いかもしれない。
いつもより早起きしたせいで、このままではどうせ家事を終えれば暇になるだけ。
自分一人きりであれば本を読むのも良いが、それではエイトを置き去りにしてしまうし、この家には小さなVOCALOIDの暇潰しに供する楽器も娯楽も見当たらない。
寒い季節はどうしても家に篭りがちになってしまうものだが、一応、暦の上では既に春。
晴れて風のない日は案外に暖かかったりするものである。

『何処か、散歩にでも行って見るか?』

一応、こちらの思いつきに付き合わせる前に確認くらい必要であろうと、問い掛ければ。
エイトは、僅かにきょとりと首を傾げたが。

「…おとも…させて、いただきます……」

やがて言葉の意味が飲み込めると、ふわりと笑みを見せて、頷いた。





†††

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

続・KAITOの種を蒔いてみた

一ヶ月振りの投稿です。

とりあえず次はもう少し早く来られるよう……
早めに…出来ると良いのですが……


種の配布所こと本家様はこちらから↓

http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2





次回↓
http://piapro.jp/content/36z3njnb73dc5hti

前回↓
http://piapro.jp/content/9rmd8ggl3ijhzgfe

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投稿日:2010/02/25 00:23:23

文字数:2,124文字

カテゴリ:小説

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