ミクは、再び居間へと戻る。こっそり中を確認するため、ドアをほんの少しだけ開けて中の様子を伺う。
「(良かった…まだ、戻ってきてないみたい…──あ)」
一息吐いたのも束の間。人殺し集団に自身は丸腰だという事実にミクは気づく。
しかし、今包丁を取りに行って誰かが出てきてしまったら意表を尽く最大のチャンスを逃してしまう…──それに、奴らが此処から出てしまったら、部が悪いのは間違いなく自分だ。
「(足止め! 足止めする方法…)」
こんな時でも、無関係を装ってコチコチ仕事をしている時計に顔を上げた。
あの扉は押せば開く緩い形状のドアだ。あの時計を置けば簡単に出てこれないだろう。包丁を取りに行く時間を稼げる筈だ!
時計の側面に回り、ミクは押し込む。力を更に加えてみるが、時計はびくともしない。
「動いてぇ…! お願い──!」
少しして顔を上げたが、動いている気配はない。ふんっと気合いを入れてみたがやはりダメだった。
「釘で打ち付けてるんじゃないわよ!」
あぁ、こんなことならサッサと包丁を取りに行けば良かった!
忌々しく時計を横から睨み付ける。
動かない時計の針は文字盤から飛び出している棒にはまっている。全く動こうとしない針…──それは、少しどころか大分肉厚だ。
あれ? この時計…。
普通の時計はガラスが嵌め込まれているはずなのに、この時計は針が剥き出しになっている。振り子時計の振り子だってガラスに覆われているのだ。
何故、針時計の方もガラスで覆ってないのだろう?
ゼンマイ式ならわかるがこれは振り子が時計を動かす…──。
針が、キラリと冷たく光った気がした。
ふと、その針を手に取った。
ひんやりしている、金色のそれ。
そうか。振り子時計が動いていてもちゃんと針が動かなかったのは着脱が可能だったからか。
何で、着脱可能なんだ?
針が格好良かったから?
でも、あんなカラクリ人形を作れる知り合いの技師がいたら、後から嵌めなくたって…──きちんとガラス板に入れた状態で針を替えてくれそうなものだ。
それに、ちゃんと時計の針だって動くようにしてくれるだろう…──。
ぴん、と頭の中に電撃が走る。
それは俗に、閃きと呼ばれるものだった。
何かの、鍵?
「みつけた!」
きっとこれが鍵なんだ!
これで、あいつらに会わなくて済──。
「見ーっつけた☆」
がた、と扉が開く。
レンがリンを連れて丁度降りてきたのだ。自分を見るなり、レンはあーっと声を張り上げた。
「時計の針外してるー! ルカに言いつけてこよーっと!」
ルカルカ~っと走り出したレンの肩を掴むと彼はピタッと立ち止まった。そして、ぐるん、と首だけを回転させ、にっこりと無邪気な笑みを浮かべた。
「えー? どうしようかなー?」
気っ持ち悪い!!
やっぱり人形だ!!
ミクはグッと握っている針を目玉から突き刺した。降り下ろされた針は目玉を貫通してあっさりと頬を縦に割った。
中身が飛び出してきて、壊れたと喜ぶのも束の間。また生きているらしいもう半分と口端がつり上がる。
「何の遊び~?♪」
「遊びじゃないわよ!」
再びガツガツと長い針を叩き込む。壊れて中が剥き出しになっているのに、レンは哄笑をあげ続ける。
「うるさい、うるさい、うるさぁああい!!」
♪☆♪
カイトは人形達が降りていった階段を見やる。レンの、狂った哄笑が響いていたが、その後を追うようにミクの怒鳴り声が木霊してきた。
その瞳には魂があるとは思えないほど無機質で虚ろだ。隣のメイコも、目の前のカイトも。
まだ、人形であるレンの方が目をキラキラさせていた。
「神威。処分しておけ」
「御意」
神威は深深と頭を垂れた。
「ルカにはくれぐれも知られるな…──」
「御意」
「グミ。ルカが部屋から出ないように見張っていなさい…」
メイコにそう言われ、グミも頭を垂れる。
「かしこまりました。奥様」
主人の命を仰せつかった2人が階段を降りていく。月明かり差し込むこの部屋で、カイトとメイコは互いの身を寄せあった。
「──今夜もバッドエンドだな」
「そうね…──順番、間違えてしまったものね…」
寄り添うメイコを、カイトは頭から抱き寄せる。
天窓から注ぐ月明かりに照された棺の山。
それに、くるりと振り返る。
「また、増えるな…」
「そうね…」
月明かりは虚ろな瞳を反射し…──つぅ、と頬にぼれ落ちた筋をキラキラと光らせていた。
しかし、その口の形からは裏腹の笑みが溢れていた。
♪☆♪
キャスト(彼ら)は繰り返す。
ハッピーエンドを迎える、その時まで。
同じ台詞を、
同じ行動を、
この舘(舞台)で。
台本通り、
いつものように。
キャスト(彼ら)は『順番』を間違えた村娘(主人公)を今日も凶刃にかけることを決めた。
今宵も、村娘(主人公)が殺されるバッドエンドを。
それが繰り返し続ける台本。
キャスト(彼ら)に演じるよう決められた舞台で。
♪☆♪
「この針、カッコイイ~! 切れ味も抜群! ナイフみたい! しかもヨーロピアンな装飾が私好みだわ!」
ぶんっ、と空を裂く音が興奮を刺激する。くるりと回ればスカートが翻った。
うっとりするような、妖しい美しさを持つ…──もはやナイフ。そのナイフに身を映した。
「なぁんか、楽しくなってきちゃった♪」
その狂気的な思考をミクの良識は「気のせいだ」と微塵も言い訳をしなかった。
寧ろ、酔いしれてしまえとナイフも驚きの切れ味を持つ時計の針はキラリと光った。
あのあと、ミクの渾身の一撃がとうとうレンから放たれていた哄笑を黙らせた。五体バラバラにして燃え盛る炎へ投げ込んだ。
この針はまるでナイフのようによく切れる。しかも、握りやすいのだ。
まるで使用用途は時を告げるの針ではなく、人を壊すための物ではないのかと。
終始見つめていたリンは、怯えたように壁に背中を預けて座り込んでいる。
目が合うと、びくりと肩を振るわせた。
「あ…──」
ミクが、リンに一歩踏み込むと、人形らしからぬ表情を露呈した。まるで人間が化け物を前に怯えきっているよう。
「あ…た、助け…──」
ミクはにこりと…──本当に楽しげな笑みを浮かべた。
「助け、呼んでみたら?」
ナイフを振り上げると、先程レンを壊した時のように快感へと変貌した破壊衝動が口元を吊り上げた。
いや、と悲鳴は自制を失ったミクの一撃に壊された。無抵抗な人形は、破壊されて暖炉の燃焼材と化した。
ごろん、と一番最後まで取り残されたリンの頭。その目は青に戻り、怯えがかき消え、うっすら笑みを浮かべていた。
今まで感情があまり見えなかったその笑みが嬉しそうに見えた。
ぽつねんと転がったそれに。
ミクは手を伸ばした。
Bad∞End∞Night【自己解釈】⑥~君のBad Endの定義は?~
本家様
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16702635
どうしても、『逃げろ~、逃げろ~、一目散に~』にはならなかったです。
狂乱の宴。
進行役が、変わる。
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