15.背中

「はあ、はあ、はあ」
少女はただただ、走り続けた。生涯で初めて感じる恐怖と共に。
やがて、少女は行き止まりにぶつかってしまった。
今度は、都合よく壁が開いて安全な部屋が現れることはない。

少女はもう走れなかった。廊下の隅で身を縮め、震えることしかできなかった。
そうして、見つからずに全てが終わることを願うしかできなかった。

しかし、少女のかすかな願いも現実はいとも簡単に消し飛ばしてしまう。
一匹の雷を纏った獣が、遠くからゆっくりと近づいているのが見えた。
獣の習性なのか、それとも抵抗する力のない少女をこれから狩ることを楽しんでいるのか。
獣は、ゆっくりとだが確実に少女に迫って来ていた。

少女は恐怖のあまり、獣の鋭く光る眼球から目をそむけられずにいた。
叫び声も出せずに、ただただ相手の目を見つめて震えるだけしかできない。

やがて、目の前まで迫って来た恐怖は少女の命を狩るために、自らの狂器を振りかざす。
悲鳴も出せないまま、少女は自らの最期を予感した、その瞬間――

廊下の壁がふいに盛り上がる。そしてひびが入り、壁の向こうから真っ赤な光が……。
そして、まるで連続写真のように少女には、はっきりと見てとれた。

壁を突き破って現れたもう一つの雷 女の人 足 吹き飛ぶ獣 壊れる壁 大きな背中――

「ありゃ? 近道しようと思ったのに。ついでにライジュウまでいるとはね」
赤い雷を纏った女性は後ろを振り返って、まじまじと少女を見つめる。
「おお、生きてる。よかったー。もう、生存者はいないかと思ってたよ」

ひょうひょうとした軽い口調でそう言い放つ。
今までこの場にあった重苦しい、死に支配されてしまったかのような空気は、
まるでそこには存在しなかったかの様に吹き飛んでしまった。

その空気につられて少女の震えも収まっていた。
「自分で立てるかい? もう大丈夫だからさ」
赤い雷を纏った女性は優しい口調で少女に語りかけた。

うんっ と言おうとして、ふと壊された壁の方に目をやる。
女性の優しい笑顔越しに、先ほど吹き飛ばされた獣が
今にも襲いかかろうとしているのが見えた。
あぶない!! と警告をしようとするが、先ほどの恐怖からか、
声が喉から先に出て行こうとしない。

少女は口をぱくぱくさせて、必死に危険を訴えようとしているが、
その甲斐もなく、女性は後ろを振り向いてはくれない。
次の瞬間、獣は目の前にいる二つの獲物に向かって飛びかかってきた。

もう、だめだ と少女が再び自らの最期を予感した、その刹那――
先ほどまでこちらを向いていたはずの女性の背中が再び目に入った。
獣に目を向けると、空中で先ほどの姿のまま制止しているように見える。
しかしやがて、その巨体が二つに割れて地面に落下していく。

「もう大丈夫って言ったろ?」
優しい声に少女は再び女性の方を見直った。
赤い雷を纏った女性の右手には、さらに赤く光り輝く刀身の刀が握られている。
どうやら、あの一瞬でこの女性がこの刀であの獣を倒したのだということは予想がついた。

――へへ、カッコよく決まったな。さすが私
シンデレラは自身のこれまでの一連のやり取りに対して、自分自身を賞賛していた。
ふと、左手に温かな温度を感じて、目をやった。

自分の左手を握っている白い小さな手が目に入ってきた。
――なんだ、手か……手か…… 手!?
シンデレラに電気が流れたような衝撃が走る。

シンデレラは現在、完全な戦闘状態で、体からは超高電圧の雷が放出されている。
その体に生身の人間が触れるなど、まさに自殺行為であった。

「ばかっ!!」
とっさに少女の手を払いのける。
次の瞬間、シンデレラが見たのは意外な光景だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

紅のいかずち Ep0 ~シンデレラストーリ~ 第15話 背中

紅のいかずちの前章にあたる、エピソード0です。
この話を読む前に、別テキストの、まずはじめに・・・を読んでくれると
より楽しめると思います。
タグの紅のいかずちをクリックするとでると思います

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閲覧数:114

投稿日:2009/11/21 22:53:39

文字数:1,555文字

カテゴリ:小説

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