「ミク、ルカ!」
靴の音を高く響かせて、部屋の中へ入る。
「カイトはどこにいます?」
「んー? えっとねぇ……」
ミクが、その辺をきょろきょろと見回した。部屋の中にいるわけでもないのに、きょろきょろしても意味ないと思う。
可哀そうだから言わないけど。
結局、カイトは未だに、騎士としてこの王宮に留まっている。
婚約者の問題は何も解決していないし、結局カイトは前の婚約者であるミクのことが好きなのか、それともその次の婚約者だったメイコのことが好きなのか、あたしには分からない。本人たちが知っていればそれでいいんじゃないかと思う。
今のところ、メイコの代わりにあたしが嫁ぐ、という線はないようだ。ミクがお父様を説得したという話も聞いたけれど、真相は定かではない。
「カイトに何の用なの?」
ルカが、不思議そうに首を傾げる。
まだ女王にはなっていないけれど、今じゃもう、国王よりも発言力があるかもしれない。
未だに、レンを王にすべきだと主張する人はたくさんいるけれど、王宮の中での争いはあの日を境にとても小さくなった。
もしかしたら皆、ここにレンがいたということすら、忘れてしまったのかもしれない。
「トーナメントに、連れていってもらおうと思いまして。お忍びで」
あっけらかんと答えるあたしに、ルカもミクも呆然とした。当然だろう、そんなことを言い出したのは初めてだ。
「なんで、急に?」
トーナメント。それは、騎士たちの戦い。本当に人が死ぬこともある競技。最近じゃ一騎打ちが主流だけど、ちょっと前までは本物の戦争をしていた。貴婦人たちが見学に行くのは珍しいことじゃない。
「団体戦をやるという噂を小耳に挟んだのです。面白そうだから見に行こうかと。一騎討ちは退屈ですわ」
「はぁ!?」
ルカが立ち上がり、あたしの頬を思い切りつねって左右に引っ張った。
「痛い、痛いですって、ルカ!」
「何を言い出すかと思えば、この王女様は! 一騎討ち以外のトーナメントは禁止だって、教会もお父様も言ってるのに! あんたが行ってどうすんのよ、あんたが!」
「まぁまぁ」
ミクが、苦笑しながらルカのことを止めてくれる。ひりひりする頬を撫でながら、涙ぐんでルカを見上げる。
「なんで、いきなりトーナメントなんて行こうと思ったの?」
女神様のように優しい笑顔で、ミクが訊いてくれる。もう身長差はなくなったから、屈んだりはしていない。
「別に、なんとなく」
頭のリボンをほどき、左の手首の傷に巻きつける。
「地獄に落ちるって言われてること、違法のこと。恐いもの見たさ、でしょうか」
あたしが笑うと、ミクは少し怯えたような表情をした。そして、ミクはそっと視線を外す。
「いいでしょう? あたしがいくら我がまま言っても。どうせカイトも暇そうですしね。守る人、いなくなっちゃって」
「リン」
ルカが、あたしの名前を呼んで止めようとする。
仕方ないじゃない、もうこの場所に、この場所にいる大切な人々に、前ほどの愛情を感じられなくなってしまったんだから。
彼がいないこの場所は、ミクやルカがどれだけ優しくしてくれても、残酷なだけだった。
メイコ姉の部屋を、あたしは今も使っている。彼女の温もりを思い出して何度も泣いた。
でも、それは三年も前のことだ。三年も経って、いまさらいちいち気にしてなんていられない。
……彼以外は。
「カイトなら、馬のところだと思う。行っておいて」
「ミク!」
責めるように叫んだルカに、ミクは微笑んで黙らせる。
「ねぇ、リン。その噂って、」
「じゃああたし、カイトのところ行ってきますわ」
ミクの言葉をさえぎって、あたしは二人に手を振る。続きは、どうしても言われたくなかった。
あたしが聞いたのは、いわゆる「第一王女派」の人々の、機密情報。
最近トーナメントに現れている、若いが筋のいい従騎士の話。彼らが見失ってしまった標的。
「絶対に……殺させたり、するものですか」
あたしは、手首に巻きつけたリボンを噛んで、呟いた。
-----
「お土産かい?」
店先に並べてある装飾品を見ていると、店主らしき人が、気さくに声をかけてくれた。
「あれ、それとも、自分の?」
じーっと顔を見られて、一歩後ずさる。
「綺麗な顔だねぇ。でも、よく分からないね」
よく分からないってどういう意味だ。いや、性別のことだって分かってるけど。
むかついたので、店主の話を無視して、並べられている腕輪の一つを、手に取った。
綺麗な金細工、宝石がついたもの、色々あるけれど、ただの従騎士に手が届くような値段ではない。手に取ったのは、安くてシンプルな、だけど女の子らしくて可愛らしいデザインのもの。
自分の手首にのせて、サイズを見る。昔は、自分の身体で測って、全部ぴったりだった。でも、今はもう、どうだろうか。手首の太さなんて、男と女で同じだろうか。
あの子の趣味は、これで合っているはず……でも、それももう、ずっと昔のこと。自分には買えないほど高価な装飾品を、彼女はもう、あふれるほど持っているはずだ。
「お客さん?」
腕輪を元の場所に返そうとして、しかしうまく持てずに、滑り落ちた。それを持ったのが、右手であったために。
「あ……」
今度は、左手で拾い直す。
「すみません。これ、買います」
空が、蒼く広がる。穏やかな日常。
こんな日々を、ずっと望んでいたのだと思う。神経をすり減らさずにいられる日々。
それでも、思う。あの場所に帰りたいと。あの人のところに、帰りたいと。
自分が捨てた場所なのに。もう、口に出すことすら許されないのに。
「そういえば、聞いたかい? 城主様の愛弟子が、ついに騎士に叙任されるんだってね。トーナメントでも負けなしだって話だったけど……。まぁ、団体戦だし、個人の強さはよく分からないけど。なんで一騎打ち出ないんだろう、金がいいからかな」
「さぁ……」
曖昧に濁す。違法のものにしか出ない理由なら知っている。そっちの方が見つかりにくいから、だ。ただし、見つかってしまった場合のリスクは、格段に高い。
それに、本当はトーナメントに出るほどの体力はどこにもない。あんなもの、好きで出てるわけじゃない。
「でも、女の騎士なんて久々に聞いたなぁ。やっぱり、城主様の末のお嬢様がすごく気に入ってるからかなぁ。あぁ、これはただの噂なんだけどね」
噂ってすごいな……ほぼ当たってる。
「十六歳で叙任だろう? 小説みたいな話だよね。平均より四年も早いんだよ」
「たまたまじゃないんですか? 城主様の上のお嬢様の結婚式があるから、そのついでで、今回は結構な数の騎士を叙任するって聞きましたよ?」
「まぁ、運がよかったのかもしれないけれど。よほどの実力がなきゃ、ありえないだろう?」
主人は、お釣りと商品を一緒に渡す。
「つけていくかい?」
結局、性別の判断がつかなかったらしい。少し考えて、つけていくことにした。どうせ、渡す予定は永遠にない。
受け取って、左手にはめようかと思ったものの、留め具をつけられず、また落としてしまった。
「随分不器用なんだね」
「まぁ、そんなところです」
結局店主につけてもらって、城下の街を歩きだす。
綺麗な街並み。溢れる笑顔。
その中に、探し続けている人がいる。失わないために、失うしかなかった人。逃げることしかできなかった自分。
左手につけられた二つの腕輪に、口づけて。
「さぁ……帰るか」
待たせてあった愛馬の背を叩き、その背につけられた剣を腰にさす。手首に固定する紐のついた、自分だけの剣。
背を向けた場所を振り返らずに、俺は街の中心にそびえたつ城へと踏み出した。
【中世風小説】Papillon 終
ようやく、幼少期編が完結しました! 今回のお話はすでに幼少期でないけれど。
この続きも構想はあるのですが、新キャラに相応しいボカロがいないので、もうしばらく充填期間をもらいます。
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3/17追記
この作品を原作として、楽曲「PAPILLON」を制作中ですー。でも、この小説が唯一の解釈というわけではないので、楽曲とは別物としてみてくださっても大丈夫です。
楽曲が完成しましたらそちらの方も見てくだされば嬉しいです。
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