事の発端は、些細な切掛けだった。
蝉が鳴き始めた夏の夕方、ある民家の2階の一室でジャージ姿の少女がPCで何かの作業をし、その傍らには背の高い青年が従順な召使のように立っていた。にこにこと微笑む青年に見守られている少女は、不意に手を止めた。
「・・・・・カイト。出来た」
少女は席から立ち上がり、指を組み軽く柔軟をする。髪は艶のある黒色で漆黒の双眸によく似合う。ただ肌は青白く、あまり健康的なものではない。体躯も小柄で、病弱な雰囲気だ。その表情には、感情がない。
「はい!どんな曲ですか?」
カイトと呼ばれた青年は元気よく返事をした。髪は空より深く海より淡い、人工的な青色。瞳も髪にならい青色だ。大人びた顔つきとは矛盾した無邪気な笑みが、印象を幼く感じさせられる。もう真夏だというのに青いマフラーを巻いて、その下はタンクトップとジーパン。やはり暑いらしい。
「んー・・・。女の子と男の子が二人で旅をして・・・・・樹海でしんじゅ「旅ですか!すごく良いですねっ!ネガティブなんて一切ないですよええまったく!」・・・まぁ、そう思いたいならいいけど」
危ういキーワードの上にカイトが力の限り声を被せて掻き消した。ネガティブなキーワードを入れた少女、舞鶴優希は溜め息をついてPCのウィンドウの1つを消す。その時ピンポーン、とチャイムが玄関から響いた。
「あ。俺行ってきましょうか?」
「・・いや、パソ使うんだろ?下に用事あるし・・・、私が行ってくる」
「そうですか?じゃあお願いします」
「うん・・・あ、ついでにメール分類しといて・・・。・・・気が向いたら見るから・・・」
優希はそれだけ言い残して、パタパタと足音を立て階段へと向かう。それを見送ると、優希が今しがた座っていた椅子に座り、カイトは早速インターネットに繋いだ。
「あの某有名Pさんが新曲を出したって聞いてからずっと、すごく聴きたかったんだ~!僕らは歩くーさ迷い歩くー♪」
妙な説明口調なのは気にしてはいけない。あとこのフレーズと作者の気持ちが解る方、作者と友達になってください。
慣れた手つきで目的のページまで辿り着き、あとは動画が始まるまで待つだけといったところで、Eメールのウィンドウも開く。
「メールメール。・・・あれ?」
カイトが未開封のEメールを次々に開封し、ゴミ箱とそれ以外に分類していく中、あるメールの前で手を止めた。
タイトルには『no title』と書かれ、肝心の本文すら書かれていないメールだった。ただ1つ、音楽ファイルだけが添付してある。
カイトは手をキーボードから離し、「うーん?」と片手を頬にそえて首を傾げる。しかし、すぐにマウスを持ち、カーソルを音楽ファイルに合わせる。ファイルのタイトルに『From A.R.』と書かれていたのを見てまた首を傾げたが、
結局そのまま、かちかち、とクリックした。
優希は1階のリビングで、届いた一抱えほどの宅配便のダンボール箱をカッターナイフで解体し中身をかき出していた。
開封して一番上に置かれていた『優希ちゃんへ☆ アナタのママより』と書かれた便箋を一瞥し、隣のテーブルへ放る。
次に入っていたフリフリでファンシーなワンピースに苦笑いを浮かべて脇に置き、さらに色違いで出てきて計3枚になった可愛らしい服に顔色を無くし、とりあえずと部屋の隅にまとめておく。
最後に大人しめな色合いの水色の生地を見て優希は安堵の溜め息をつき、広げると紫のラメ入りど派手ジーパンであったという事実に絶句して、カイトの服と自己解釈し自分の服の隣に並べた。
荷解きが終了し、優希は空になったダンボールを平たく畳んで玄関に置く。暫く腕を組んで立ち止まり、踵を返して台所に向かい、マグカップを2つ食器棚から取り出した。さらに上段に置いてあるインスタントのコーヒーの瓶に手を伸ばし、
2階から、何かが倒れる音がした。
振動でぐらりと傾いた瓶は指先から転がり、あっさりと棚から滑り落ちてフローリングで砕け散った。茶色い土のような中身が右足の甲を汚す。
「・・・・・・。カイト?何を落としたんだー?」
優希が珍しく大きな声で叫んだが、ソプラノの声は木霊しただけだった。
顔色は僅かに眉を顰めただけだったが、しかし左腕に抱えたマグカップを置く事さえせずに玄関の方へ向かい、階段を駆け上がる。
2階に辿り着きドアを開けようとして、初めて存在に気が付いたようにマグカップを乱雑に床に置いてドアノブを両手で持つ。
ドアを開けると、カイトが倒れていた。
初めて優希の表情に変化が現れた。
「・・・! どうしたんだ?!」
ただでさえ青白い顔をさらに青く染めて、うつ伏せて倒れていたカイトの肩を掴んでひっくり返した。その顔は土気色で、瞼は固く下ろされている。
「カイト、カイト・・・!いったい何が・・、・・・?」
悲痛に歪んだ顔が一転して、不思議そうに耳を澄ませる。見上げたその先には、1台のパソコン。
そこからは、綺麗なソプラノの独奏が流れていた。
ハスキーにも聞こえるその歌声は、どこかの外国の歌詞を歌っているのか不思議な発音で歌われている。
優希は聞き惚れもせず、疑問にも感じた様子も無く、―――驚愕に眼を見開いてパソコンに飛びついた。
そこに『From A.R.』と書かれた音楽ファイルを汚い物を見る眼で睨みつけ、躊躇い無くパソコンのコンセントを引き抜いた。ぶつん、と音とともにパソコンが一瞬でブラックアウトする。歌も、停まった。
「・・・カイト、大丈夫か?」
深く溜め息をついて、少し肌色を取り戻した顔でカイトに振り返る。
その表情が、先ほど以上の驚愕に変わった。
今は仰向けで寝かされているカイト。
その青いはずの頭髪が、根元から変貌していた。
空より深く海より淡い、人工的な青が。
燃えるように荒々しく、煌々と輝く赤へ。
「・・・・・・か、いと・・・?」
見る間に赤色に犯されていた青色が、毛先まで塗り潰され消えた。
そして双眸が、開かれる。
いつの間にか赤くなった睫毛の下に隠されていた瞳は、髪よりも濃い色の深紅。
鮮血のような両眼の視線が、虚空を漂った後に瞠って、優希を捉える。
「・・・っカイト、早く病院に」
はっと自身を取り戻した優希がカイトへ手を伸ばし、
カイトの腕にぱしん、と弾かれた。
「・・・・黙れ。触るな」
カイトは、冷たい声で優希を拒絶した。
Error.―深刻なエラーが発生しました― First
お久しぶりです、そうでない方は初めまして。秋徒です。
今回は内容が内容だけに、説明文は短くすませてしまおうと思います。
いつも暖かいコメントや助言を下さる皆様、ありがとうございます。皆様のお便りを励みに日々精進してます。これからも、応援してくださると嬉しいです。今作品もお付き合いください。
―登場人物紹介―
舞鶴 優希―――カイトのマスター。
カイト ―――優希のVOCALOID。
A.R. ―――プログラマー。
このたびは読んでいただき、ありがとうございました。
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