新しく生まれた広い広い空間に、一つのプログラムがありました。それは最初からそこにいたわけではなく、その空間を買い取った人が、そのプログラムを気に入り、自分の空間に入れたのです。
 プログラムは使ってもらうことが喜びです。使ってもらえなければ、彼らはずっと銀色の円盤の中でうずくまっているしかありません。けれど、その広い広い空間のどこかに入れてもらえれば、これからはその人の思うままに使ってもらうことができるのです。そのプログラムも、広い広い空間に入れてもらえたことがうれしくて、その空間の持ち主を自分の主だと思うようになりました。買い取られたばかりのその空間は、まだまだまっさらで何も入っていない場所が多く、少し殺風景な感じです。その中の一画を、彼は自分の居場所として自由に駆け回り始めました。
 時々彼の主が彼を使っていろいろな音楽を奏でます。彼は音楽が大好きでした。なぜなら彼は、音楽を奏でるためのプログラムだからです。
 大好きな主が、大好きな音楽を、彼を使って奏でてくれる。彼はそのことに、これ以上にない幸せを感じていました。
 ただ一つ。ただ一つだけ、不満があるとするならば。
 それは、音楽を奏でてくれるプログラムが他になく、彼は一人ぼっちだった、ということなのでした。
 彼は、仲間を求めて広い空間を歩き回りました。この居場所を明るく照らすプログラム、音を出して主にいろいろなことを知らせるプログラム、自動警備のプログラム。別の空間へ主の気持ちを伝えるプログラムや、主が持っている別の空間とこの空間がつながるためのプログラム。中には、主が以前使っていた空間から、こちらの空間へ引っ越ししてきたプログラムもありました。彼はそれらのプログラムにも、彼の仲間がいないか聞いてみたのですが、みんな首をかしげるばかりで、彼の仲間は一向に見つかりません。
 代わりに見つかったのは、たった一つのファイルでした。
 以前主が使っていた空間から、こちらへ引っ越ししてきたファイルの中にあったのです。それをどのプログラムが使っていたのか、誰も知りませんでした。ファイルの表面は、どのプログラムなら開くことができるのかわからない、という印がついています。彼はたくさんのファイルの中に埋もれていたそれを、そうっと両手で引っ張り出してみました。最後に主がそのファイルを開いたのは、もう二年も前のことです。ファイルにつけられた名前は、「校歌」でした。
「歌だ、歌って書いてある」彼は嬉しくなってそのファイルをじっと見つめました。ファイルの拡張子は、彼のために主が作ったファイルとよく似たものがついています。もしかして、これは僕でも開けるファイルなのかな。そう思って、彼はファイルの中身を覗き込んでみました。けれど、ほんの少し彼のファイルと似たところがあるのが分かっただけで、それがどんなファイルなのか、彼には全くわかりません。
 彼は肩を落とし、「仕方ないや」とつぶやきました。ファイルを抱きかかえて、とぼとぼと来た道を帰ります。帰り道、抱えたファイルについてすれ違ったプログラムに聞いてみましたが、みんな首を傾げ、そのファイルについて知っているプログラムに出会うことはできませんでした。
 とぼとぼと歩きながら、彼は何度も「仕方ないや」とつぶやきました。やっぱり、彼は一人ぼっちなのでした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

「しかたないや」

KAITOV3をインストールした後、思い立って以前購入したまま全然歌わせてあげられていなかったKAITOをインストールしました。もしプログラムに自我があったら……そんな風に想像しながら、その時の様子を絵本風に書いてみました。

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投稿日:2013/04/20 01:19:14

文字数:1,391文字

カテゴリ:小説

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