処刑台の前には、多くの見物人が黒い波となって押し寄せていた。
 『処刑』とは、重税などでこれと言った娯楽を楽しむ余裕も無かった庶民たちにとって、一つの気晴らしでもあった。両手首をならで縛られた状態で、メイコは処刑台の前に進み出た。処刑台の上には大きな十字架が立っていて、メイコはそれが自分をくくりつけるための十字架であることを知っていた。
 そして、この十字架にくくりつけられた後、足元に火をつけられて、たちまち火はメイコの細く滑らかな肌を飲み込んでいくのだ…。
 何も言わず、メイコは十字架に向かって静かに歩く。民衆からは心無い言葉が、メイコに向けて放たれた。
「王子に助けられたくせに、王子を殺そうとしたんだそうだ」
「死んで当然だ」
「王子につけていって税金で贅沢三昧していたんだ」
 違う、そんなつもりで彼に近づいたのではない、そして、今も彼を愛する気持ちは変わらない…そう、叫び倒してやりたかった。けれど、心の中の何かが言う。
『王子に刃を向けたお前は罪人。
 許されるべきじゃない。
 それに、もう後戻りは出来ない。
 死んで楽になれ…』
 そうだ、このまま進み、逝くのだ。
 何も語らず、何も言わず、私が愛に生きたことを誰も知らず、神と私以外のものは私を軽蔑するだろう。それでもいい。神がもし、私を見てくださっていたならば、私を楽しい世界へと連れて行ってくださるのだろうから…。
「その処刑、ちょっと待ったっ!!」
 まだ少し幼い少女の声が処刑広場に響き渡った。
 一番驚いたのはメイコで、思わずにらみつけるように振り向いて、その声の主を凝視した。風に揺れる緑色のツインテール、若草色のワンピース、絹のような素肌と息が上がって呼吸をするたびに上下する肩。
「あ、アリス…」
「めーちゃん、ちょっと待って!」
「は…?」
 ずんずんと進み出て、驚いた様子のメイコの手をつかみ、同じく驚いた様子の兵士たちを一人に一回ずつビンタをすると、メイコの手にかけられた縄を解いて断頭台のど真ん中に出た。
 追いかけようとする兵士を振り返り、一睨みして、民衆に向き直った。
「ちょ、ちょっと、アリス」
「めーちゃん、嘘は訂正しなきゃダメだよ」
「嘘なんて、何も…」
「はいはい、めーちゃん、此処に立って」
「え、あ、ちょっと、アリスってば…」
 困っているメイコを無理やり動かして、アリスは腹に力を入れて叫ぶ。
「――本当のことが知りたくありませんかっ?」
 次第に辺りがざわつきだす。
 あわてて兵士が飛びかかろうとするのを制する役目を請け負っていたのは、メイコの「メイトは関係ない」という言葉のおかげで解放されていた、メイトだった。刀の切っ先を兵士に向け、一歩たりとも動けないような威圧感を放つメイトは、勇ましい戦場の騎士そのものだった。
 それを確認して、アリスは続ける。
「どうですかっ?」
 すると、民衆のざわめきの中から声が飛び出す。
「聞きたい!」
 にっと笑ってアリスは満足げにいった。
「じゃあ、お聞かせいたしましょう!」
「ちょ、アリス、アリスってば!」
「何、めーちゃん?いいとこなのにぃ」
「何を話そうとしているの?これから私の処刑が始まって…」
 きゅっとメイコを抱きしめ、最後まで言わせない。
「そこまで。後はアリスに任せてね♪」
「ちょ…カイトまで、何のつもりよ?」
 にこにこと笑っているだけで、カイトは答えない。ただ、ホットするような笑顔を見せているだけ。
 ついていけていないのはメイコだけで、周りではどんどんと話が進んでいく。
 
 ほうっとした。
 息が詰まるようなアリスの話術に引き込まれ、五分ほど。民衆の殆どはアリスの巧みな話の世界に入り込んでしまって、アリスの声以外には何も聞こえず、しんと静まり返っていた。
 最後まで話すと、アリスは深呼吸をして一度頭を下げ、メイコを前に押し出した。海のそこの世界からの使者を、歓迎するような拍手が沸き立った。
 今、アリスが話したのは、メイトから聞いたメイコが此処にくるに至ったすべてであった。感動を誘う。
「こんな彼女を処刑していいものでしょうか!」
「言い訳が無い!」
「間違っている!」
 驚きしか読み取れないような表情のメイコを軽く押し出すようにして、アリスは微笑んだ。
「…後は、あなただけよ、カイト」
「…うん」
 そして、カイトも前に進み出て、
「彼女は、俺の一番大切な人です。…めーちゃん、指輪、もらってくれるかな?」
 どこからか取り出した指輪を見て、メイコは言葉を失った。
 いつか、おばあさんが言っていた。
『――人間と言うものは、愛の契りを交わし、指輪を交換して協会と言うところで結婚をするんだよ』
 そんな言葉を思い出したのだ。…まさか?
「だめ、かな?」
「…交換する指輪が無いわ」
「じゃあ、出世払いで」
 微笑み、カイトはメイコの小さな手をとってその薬指に指輪をつけてやって、メイコを抱き寄せ、民衆たちに見せ付けるようにした。
「ここに新王女の誕生を祝そうじゃないか!」
「おお――っ!!」
 その日は、国を挙げての大パーティーの始まりとなった…。

 …ふっと目を覚ますと、そこはメイコの部屋だった。
 しかし、過去のほうではなく、元の世界のほうである。
「大丈夫?アリス」
 心配そうにメイコがアリスの顔を覗き込んだ。
「あ、もう大丈夫」
「そう?気分が悪いならゆっくりしていくといいわ」
「ううん、大丈夫だって。…あれ、カイトは?」
「アリスが来たって、メイトに伝えにいったわ」
 いって、メイコは笑った。自然で柔らかで、やさしい、きっとこれが本来のメイコの笑顔なのだろう。何となく、アリスは安心を覚えた。
「…ごめん、メイトに会いたいのは山々なんだけど、これから人探し(兎探し?)をしなくちゃいけないの」
「誰を探しているの?」
「黒兎さん」
「ああ、それなら、あの離れ小島が見えるでしょう?あそこに黒い兎がいるって聞いたわ」
「本当?ありがとう、めーちゃん。行ってみる!」
「役に立てたのなら光栄だわ。いってらっしゃい、アリス」
 微笑んで、メイコはアリスを送り出した。
 笑顔で答え、アリスはメイコに手を振って何度も振り返りながら走っていった…。

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  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

Fairy tale 30

こんばんは、リオンです。
記念すべき三十回ですね。
一ヶ月分この話が続いてるんですよ。
カイメイ編終わりました!思いのほか長くかかってびっくりです。
次からは、黒兎編です。
黒兎は一体誰なんでしょうねぇ。

閲覧数:206

投稿日:2010/03/20 22:57:25

文字数:2,588文字

カテゴリ:小説

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  • 流華

    流華

    ご意見・ご感想

    30回おめでとうございます!

    めーちゃん、よかったです!!
    いつまでも幸せでいてほしいですね♪
    でも、アリスもめーくん待ってあげてよ………。いろいろかわいそうじゃないか……………。

    黒兎さんは誰ですかね……。楽しみです!!

    2010/03/20 23:45:16

    • リオン

      リオン

      三十回ありがとうございます(何

      めーちゃんもハッピーエンドになりましたね♪
      多分あの二人は幸せに暮らすと思いますよ。めーくんがお酒を飲むたびに喧嘩になりそうですが。
      アリスはめーくん嫌いなんですかね(汗

      黒兎さんはさりげなく検討中ですー。

      2010/03/21 07:17:00

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