オペラ『アラベラ』舞台編です。キャストは以下のとおり。
アラベラ(没落貴族の娘):巡音ルカ
ズデンカ(アラベラの妹 普段は男装させられている):初音ミク
マンドリカ(クロアチアの貴族):神威がくぽ
マテオ(軍人 アラベラの元彼):カイト
アデライーデ(姉妹の母):メイコ
ワルトナー伯爵(姉妹の父 退役軍人):氷山キヨテル
エレメール(アラベラの求婚者):レオン
ドミニク(同):アル
ラモラール(同):トニオ
フィアカーミリ(歌姫):プリマ
女占い師:ローラ
例によって話は『アラベラ』どおりに進行しますが、オペラの台詞や歌詞を全部書くとくどくなるため、適当にまとめたりはしょったりしてある上に、書き手の趣味でアレンジしたところがあります。
第一幕がミク視点、第二幕ががくぽ視点、第三幕がルカ視点になります。
第一幕
『アラベラ』第一幕の舞台となるのは、ワルトナー伯爵一家が暮らしているホテルの一室。この伯爵家は父親のテオドールがギャンブルで財産をすってしまってすっからかん。屋敷も何もか失ってホテル暮らしをしているんだけど、父親はギャンブルをやめないから、借金まみれでこのホテルもそのうち追い出されそうな雰囲気。
で、この家にはアラベラとズデンカという二人の娘がいる。アラベラを演じているのがルカお姉ちゃん。ズデンカを演じているのはこのわたし、初音ミク。でも、姉妹二人を社交界デビューさせる余裕がないということで、わたしの演じるズデンカは男装させられて男の子ということになっている。……はあ。今回はウィーンの社交界が舞台のオペラだから、女性陣は大体みんな綺麗なドレスなのに、わたしは男装。ああ、わたしもドレスが着たかったなあ。ルカお姉ちゃんの今回のドレス、すっごく素敵なの。
お金に困っているので、両親のワルトナー伯爵夫妻は、美人と評判の姉のアラベラをお金持ちと結婚させて財政難を乗り切ろうと画策している。アラベラには三人の伯爵が熱をあげていて、メイコお姉ちゃん演じるお母さんはこのうちの誰かと娘を結婚させようと必死。一方、アラベラにはもう一人熱をあげている人がいて、それがカイトお兄ちゃん演じる軍人のマテオ。二人は以前つきあっていたんだけど、マテオはお金がないので両親は彼を嫌がっている。わたしの演じるズデンカはそんなマテオが好きなんだけど、マテオはズデンカを男の子だと思っているので、恋愛相談を持ちかけてくる。わたしが言うのもなんだけど、ズデンカって可哀そう。
幕があがると、メイコお姉ちゃんは占い師を呼んで、この先の運勢を占ってもらっている。普段のメイコお姉ちゃんのイメージは真逆だけど、そういう設定なのよね。占い師はローラさん。わたしはひたすら書類の整理。……請求書ばっかり。
「じゃあ、本当に運が向くの?」
「間違いありませんわ、奥様!」
「あの子ったらプライドが高くて困ってるの。なかなか結婚を決めてくれなくって。うちの人はあいかわらず博打に明け暮れてるし……このままじゃ私たちお先真っ暗だわ」
実際のメイコお姉ちゃんだったら、こんな亭主は蹴りだしちゃうだろうなあ。これがお芝居の面白いところかも。
「花婿は遠方より来たると出ています」
「遠方ねえ……エレメール伯爵のことかしら?」
ローラさんはカードを見て、それから困った顔になった。
「あら……間に割り込もうとしている人がいますわ。多分軍人です。それに……まあ、奥様、この家にはもう一人娘さんが?」
ローラさんにあれこれ訊かれて、メイコお姉ちゃんは渋々家の中の問題を話す。要するに、わたしを男の子として育てているという話だ。ローラさんは、わたしが原因でルカお姉ちゃんの縁談が潰れるから、わたしとルカお姉ちゃんを引き離せ、と言っている。
メイコお姉ちゃんは「私の部屋で占いの続きを」と言って、ローラさんと舞台を出て行く。わたしは舞台の中央に行って、独白タイム。
「どうしよう……もしかしたら、この街を出て行かなくちゃならなくなるかもしれない。そうなったら、もうマテオの姿を見ることもできないんだわ!」
わたしはお母さんの部屋のドアに耳を当てる。
「お母さんが、マテオを出入り禁止にしようって言ってるわ。そんなことをされたら、あの人、きっと自殺しちゃう。それにお姉ちゃんだって、マテオがどんなにお姉ちゃんのことが好きなのかわかってるはずなのに……」
幾らなんでも振られたぐらいで自殺しないと思うけど……。それにしても……ズデンカという子は、きっとマテオのことがすごく好きだけど、お姉ちゃんのことも大好きなのね。
「神様、わたしたちを追い出さないで! お父さんが賭けに勝つとか、遺産が入るとか、なんでもいいから……それにお姉ちゃんが、マテオを選んでくれたら! そうしたらマテオは幸せになれるわ! もしそうなってくれるのなら、わたしは犠牲になってもいい。一生男の子のまま、それでもいい……」
なんだかすっかりズデンカの気持ちに浸ってしまったわたし。神様は不公平だ。そこへドアを叩く音がする。駆け寄って開けると、ドアの向こうにいるのはカイトお兄ちゃん。軍人なので軍服を着ている。
「マテオ!」
「君か。今一人かい?」
「お母さんが自分の部屋にいるよ」
「アラベラは?」
「取り巻きと一緒に出かけてる」
わたしにお姉ちゃんのことをあれこれと訊くカイトお兄ちゃん。お姉ちゃんが昨日も取り巻きと一緒で、自分宛ての伝言も手紙もなかったって訊くと、絶望の表情になる。……賭けてもいいけど、カイトお兄ちゃんは、ルカお姉ちゃんじゃなくて、メイコお姉ちゃんのことを想像しながら台詞を言ってると思うな。
「もう僕とアラベラの仲は終わりなんだ! 最近は出会っても気のない視線を向けるばかりで、僕のことなんてもう忘れたって言わんばかりだし!」
絶望しきった表情のまま、そう言うカイトお兄ちゃん。さっき「自殺しないと思う」なんて思ったばかりだけど、前言撤回。もしメイコお姉ちゃんに見捨てられたら、カイトお兄ちゃんは絶対自殺しちゃうわ。
「そんなことない! 姉さんが好きなのは君だよ! 僕にはわかるんだ!」
マテオを自殺させまいとそんな台詞を言うズデンカ。つまりわたし。
「お姉さんが、君にそう言ったのかい?」
「姉さんは気持ちを口に出さない人だから……でもわかるんだよ。三日前だって、ほら、君に手紙を書いたじゃないか」
実はこの「マテオに宛てたアラベラのラブレター」を書いているのは妹のズデンカなのだ。マテオを絶望させないために。そういうことするから話がややこしくなるんだと思うけど。でも、そんなことをやっちゃうズデンカの気持ちもわからなくはないし……。
「あの手紙はあんなに情熱にあふれていたのに、実際に会うと冷たいんだ……僕はアラベラの気持ちがわからない」
そりゃそうよ。だって、書いているのは妹の方だもの。そんなことを考えているわたしの横で、マテオはアラベラへの愛の台詞を延々と歌っている。……残酷な話だわ。
「今日か明日にでも、君への姉さんの手紙を届けるよ」
要するに新しいのを書くってこと。ズデンカが。
「今日中に頼む。僕が信じられるのは君だけなんだよ。でも、もし、君すら信じることができなくなったら……」
不安になったわたしはマテオにどうするのか訊く。なんでも失恋したら、その辛さを忘れるために戦地へ向かうのだそうだ。で、それでもダメなら自殺する気でいるらしい。ズデンカの懸念は当たってたわけ。
「そんなのダメだよ!」
「忘れないでくれ。僕を救えるのは君だけだ」
カイトお兄ちゃんは帰ってしまった。ショックを受けたわたしはもう一度独白タイム。
「マテオ……マテオを助けなくちゃ! でも、でも、わたしのことは誰が助けてくれるの!? マテオを想う手紙なら幾らでも書けるのよ。だってわたしの本心なんだもの。言葉はどんどん出てくるわ。でも、そんなの何の役にも立たないの。必要なのは、お姉ちゃんにマテオこそが自分の運命の人だと思わせる言葉。でもそんな言葉、どうやったらみつかるのよ!?」
ズデンカは混乱しているみたい。そこに、ルカお姉ちゃん演じるアラベラが帰ってきた。帽子とコートを脱いでハンガーにかけると、テーブルの上のバラの花束を手に取る。
「綺麗なバラね。誰からかしら?」
「……マテオよ」
うわ、ルカお姉ちゃんたらバラをゴミ箱に入れちゃったわ。台本には投げるって書いてあるだけじゃなかったっけ。わたしはバラを取り出して、花瓶に生け直す。
「いつもそうするのね、お姉ちゃん。マテオからのお花なのに……」
ちなみにこの部屋には、他にもアラベラへのプレゼント(例の三人の求婚者からの)があふれている。お姉ちゃんはどれも興味なさそう。わたしはお姉ちゃんに選ぶべきはマテオだと言うけれど、お姉ちゃんは取り巻きの方がマシとかひどいことを言い出す。
「お姉ちゃん、ひどいこと言わないで。マテオは心からお姉ちゃんを愛しているのよ」
「あの人ではダメなのよ。力が足りないの」
「一度は好きだったじゃない」
「そんなの昔の話よ」
「止めて! お姉ちゃんにそんなこと言われたら、マテオは自殺しちゃうわ」
「振られたぐらいで男は自殺しないわよ」
普通はね。でも、マテオはやるわ。カイトお兄ちゃんもリアルでやりそうで怖い……。
「マテオは本当に死んじゃうもん!」
「あらあら、どうしたの? もしかしてマテオが好きなんじゃない?」
わたしは横を向く。
「友達だもの……」
ルカお姉ちゃんはため息をついた。
「ズデンカ。あなたは女の子に戻らなくちゃだめよ」
「女の子になんて戻らないわ。お姉ちゃんみたいになりたくない」
「こんな茶番を続けるのはあなたのためにならないわ」
「わたしを想うんなら、マテオの気持ちを踏みにじるのをやめて!」
「あの人は私にふさわしくないの」
ここでわたしとルカお姉ちゃんはそれぞれ自分の心情を歌い上げる。ルカお姉ちゃんは自分の気持ちがわからないけれど、もし運命の人に出会ったら、もう迷わずその人と一緒になるわ、と。わたしは、お姉ちゃんのことがよくわからないけれど、お姉ちゃんが大好きだから幸せになってほしい。そのためなら自分が不幸になっても構わないの、と。綺麗な曲なんだけど、歌ってるとなんだか淋しくなってくる。
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