わたしが幾ら悩んでいても、朝はいつもどおりやってくる。憂鬱な気分で起きだしたわたしは、洗面所で顔を洗うと、部屋に戻って制服に着替えた。鏡を見ながら髪を梳いて、リボンを結ぶ。学校……行ったら、鏡音君に会うわよね。同じクラスだもの。
どうしてわたしは、鏡音君に迷惑ばかりかけ倒しているんだろう? 事の起こりにしたって、わたしが劇場で足をくじいたところを助けてもらったことだ。その後も貧血で倒れて保健室まで連れて行ってもらったり、昨日に至っては抱きついてしまったわけだし……。
昨日のことを思い出すと、また顔が赤くなるのがわかった。どうにかしなくちゃ……これ以上呆れられたくはないし。でも、どうすればいいんだろう。さっぱりわからない。……困った。
朝食の時間になったので、わたしは階下へと下りて行った。食堂に行くと、お母さんとルカ姉さんがいた。ルカ姉さんの方は朝食を食べている。お母さんはまだみたい。
「おはよう、お母さん。おはよう、ルカ姉さん」
「おはよう、リン。昨日はよく眠れた?」
「あ……うん」
お母さんの問いに曖昧に頷く。ルカ姉さんの方は「おはよう」とだけ言うと、すぐにまた食事に戻ってしまった。
「すぐに朝ごはんを持ってきてもらうから、座ってなさい」
わたしは自分の椅子に座った。お母さんがお手伝いさんに、わたしの分の朝食を持ってきてもらうように言っている。わたしは少し憂鬱な気分で、窓の外を見た。今日もいい天気みたい……なんだか、余計憂鬱になってきた。
お手伝いさんが朝ごはんを持って来てくれたので、わたしも食事を始めた。トーストとスクランブルエッグと野菜サラダ。何か話したい気もするけど、何を喋っていいのかがわからない。昨日のことを詳細に話すわけにはいかないし。だって、わたしが遊園地に遊びに行ったことはお母さんにしか話してないし、そのお母さんにしたって、わたしがミクちゃんと二人で遊びに行ったと思っているんだもの。もし何かの弾みで本当のことがお父さんの耳に入ったら、一体どんな恐ろしいことが起きるのかなんて想像もつかない。
食事を始めてしばらくすると、お父さんが食堂に入ってきた。……珍しいな。お父さん、いつもはもう少し遅くまで寝ているのに。……寝ていてくれた方が、ありがたいんだけど。
「……おはよう、今朝は早いのね」
お母さんが、お父さんにそう言っている。わたしもおはようとだけ声をかけた。
「目が覚めた。飯にしてくれ」
お父さんはそれだけ言うと、自分の椅子に腰を下ろして朝刊を読み始めた。お母さんはお手伝いさんに声をかけて、お父さんの分の朝食を持ってきてくれるように告げている。そのうちにお手伝いさんが朝食を持ってくると、お父さんは新聞を脇に置いて、食べながらルカ姉さんと話――多分、仕事に関することだろう――を始めた。わたしは顔をあげないようにして、食事を続けることにする。お父さんの注意は引きたくない。
「……で、どうなんだ」
「…………」
あれ、ルカ姉さんが返事してない? 珍しいな。
「リン、聞いているのか」
いきなりそう言われて、わたしは飛び上がりかけた。顔を上げると、お父さんがこっちを睨んでいる。
「……え?」
「聞いていなかったのか」
お父さんの声が一気に低くなった。仕事の話をしていたんじゃなかったの?
「ご、ごめんなさい。考え事をしていて……何だったの?」
……嘘だ。これは嘘。考え事をしていたんじゃない。何も考えていなかっただけ。
「全くお前は……人が話をしている時はちゃんと聞くもんだ。中間テストの結果はどうだったのかと訊いたんだ」
「……テストが返って来るのは今日から」
わたしは、下を向いてぼそぼそとそれだけを言った。多分、結果は普段とそんなに変わりない……と思う。下がったら嫌だな。外出禁止にされてしまう。上がった場合は……特に何もない。トップにでもなったらちょっとは違うのかな……。ううん、きっと一緒よね。ルカ姉さんと比べられるだけ。
「そうか。ちゃんと結果を報告するんだぞ」
わかってます。それに……いつも結果はちゃんと報告しているんだけどな。わたしが結果をごまかしたことなんて無いのに。
「お前はルカと比べると、小さい頃から不注意が多いしな」
確かにわたしはルカ姉さんのような、完璧な娘じゃない。でも……完璧じゃないと、いけないの? 完璧な子供しかいらないの? ……ハク姉さんもよく、同じことを言っていたっけ。
だからわかっている。言っても無駄ってことが。
「あなた、朝からそんな話しなくても……」
「……お前は黙ってろ」
口を挟みかけたお母さんを、お父さんはぴしゃっとさえぎってしまった。……いつもと同じ。
「……全く、母親のデキが影響しているのかもしれないな」
そんなに優秀な子供だけがほしかったのなら、ルカ姉さんのお母さんと離婚しなければ良かったじゃないの。わたしとハク姉さんの実のお母さん――どんな人だったのか知らないけど――と再婚して、わたしとハク姉さんを作っておいて、どうして今更そんなことを言い出すの? わたしたちなんて、作らなければ良かったじゃない。そうしたら……そうしたら……。
……どうして、わたしは朝からこんなことを考えているんだろう。胸の奥が苦しい。
食欲は失せてしまっていたけれど、残すわけにもいかない。また倒れたら困るし、お母さんを心配させてしまうし、それ以前にお父さんの前で残したらその場でお説教だ。朝食の残りを無理矢理食べると、わたしは席を立った。
「学校に行ってきます」
少し早いけど、このままお父さんと同じ席にいるのよりはましだ。学校に行くって言えば、お父さんだって引きとめはしないし。
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注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
リンの継母である、カエ(オリジナルキャラ)の視点で、第十一話【冷たくもなく、熱くもない】のサイドエピソードとなっています。
したがって、『ロミオとシンデレラ』を第十一話まで読み進めてから、読むことを推奨します。
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月曜...ロミオとシンデレラ 外伝その六【母の苦悩】
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