「ひゃくえん」
百円と言ったら、小学1年生には大金だ。というか、がちゃ坊のお小遣いは毎週七十円である。この間もらったばかりだけど、とそっとお財布の中身を覗いてみたがやっぱり七十円しか入っていない。
 百円、ないとカーネーションは買えないのだろうか。どうしよう。おろおろと泣きだしそうな様子で眉をハの字にしているがちゃ坊に、店の店主は何かを察したらしく、じゃあ五十円で良いよ。と苦笑いを浮かべながら言ってきた。
「ちょーっと小さくなるけど、五十円な。」
そう言って、手早く店の主人はカーネーションが活けられているバケツから一本、他のよりも一回り小さな花のものを抜き出した。ぱちんと手際よく茎を切り葉っぱを外し、くるりと透明のセロハンに包んで花と同じ色の赤いリボンをかけた。
「はいどうぞ。」
そう言って小さなちいさな花束をがちゃ坊に差し出した。
 一度はあきらめかけたカーネーションを手に入れる事が出来た喜びに、目を輝かせながらがちゃ坊は一輪だけの花束を受け取った。泣き出しそうな顔から反転、笑顔を浮かべて、ありがとう、とがちゃ坊が礼を言いながら五十円を店主に渡すと、店主も嬉しそうな笑みを浮かべて、どういたしまして。と言ってくれた。
 喜びで足もとがふわふわと軽くなりながら店を出て。数歩進んでから、はたとがちゃ坊は気が付いた。

 三人分なのに、ひとつしかお花を買っていない。

 あ。と、小さく声を上げて慌ててくるりと踵を返して花屋に戻りかけたがちゃ坊だったが、駄目だ、とすぐにその足を止めた。
 だめだ、いっこで五十円だったのだから、あと百円ないと、三個にならない。だけど今自分が持っているおかねはあと二十円。
 喜びでいっぱいだったはずの心が急激にしぼんでいく。現実の理不尽さに、がちゃ坊は泣き出しそうだった。あと八十円がないのが腹立たしかった。今までお小遣いを使ってきた物事全てを後悔したくなった。
 イナセ屋の紐あめもチョコバットもさくらもちも、ソーダガムも、あの時我慢してれば八十円、お財布にあったのに。あと、そう、ガチャガチャもそうだ。一回二十円のガチャガチャ。本当は3日に一回の約束なのだけど、この間内緒で3日連続やってしまったのだ。ああ、あの時の自分に戻りたい。
 悔やんでも過去に戻ってやり直す事など出来ないけれど。それでもがちゃ坊は後悔を止める事は出来なかった。どうやってもあと二つ分の花を買えない事が、くやしくて悲しくて悲しくて。
 でも男の子だから、と泣き出さないようにきゅうと唇をかみしめて、それでも買ったばかりの花は無くさないようにそっとポケットにしまって。がちゃ坊はずんずんと早足で商店街を通り抜けた。ただひたすら涙で滲んだ目で、自分の汚れた運動靴の爪先だけを見つめて前へ進んだ。

 そして、気が付くと、いつの間にか見知らぬ道をがちゃ坊は歩いていた。

 あれ、ここどこだ?
 ふと、自分の歩いている道がアスファルトの舗装された道ではなく、石畳の路であることに気が付いたがちゃ坊は、そこでようやく足を止めた。周囲を見回そうとしたのだが、いつの間に出てきたのか白い靄が辺り一面を覆っていて、ほんの少し先も良く見る事が出来ない。
 いつの間にこんなところに来ちゃったんだろう?
 真っ白い光景に泣きたい気持ちも忘れて、がちゃ坊はきょとんと首を傾げた。石畳の路なんてうちの近くにはなかった筈。ここはどこですか。と誰かに訊きたいのだけど、やっぱりいつの間にか周囲から人の気配も消えてしまっていて、ただ白い靄が全てを覆い隠すように広がっているばかりだった。
 しんと静かに。次に向かってみんなでお休みしているような、そんな気配が辺りを包んでいた。
 
 どうしよう、ぼく迷子になってしまったみたいだ。とがちゃ坊はようやく気が付いた。

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母の日のぼうけん・2

閲覧数:82

投稿日:2011/05/08 00:25:13

文字数:1,580文字

カテゴリ:小説

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