「てか明日の体育まじ憂鬱なんだけど」
「なんでこの歳になって校庭をぐるぐる走らなきゃなんないわけ」
「ねー。リンはどうせまたサボって見学でしょ」
 日曜日の今日も私たちはやることもなくマックでだらだらと過ごしている。いつもならこのままみんなと夜まで街をふらつくところだけど。
「あ、私そろそろ行かなきゃ」
「ええ、何かあるの?」
「美化委員の清掃行事」
 私がそう言った途端きゃあきゃあ笑い声が響いた。
「リンが?」
「掃除?」
 止まない笑い声に私は顔をしかめる。
「なんで笑うのよ」
「だってリンが学校の掃除だよ」
「しかも日曜日に」
「うるさいわね。一回くらい参加しないと何言われるか分からないでしょ」
「なんで美化委員なんかなったのよ」
「休んでる間に勝手に決められてたの」
「うわー、自業自得」
「それじゃ、美化委員さんには私たちの学校をしっかり綺麗にしてもらわなきゃね」
 再び笑い始めるみんなを置いて私はしかめっ面のままマックを後にした。

「ああ、来てくれたんだ。良かった」
 学校の門につくと委員長の先輩がゴミばさみを右手に持ったままにこやかに笑った。
「え?」
「今日は皆用事があるらしくて、参加者は僕と君だけなんだ」
 それなら来なきゃよかった。私は眉をぎゅっと寄せたけど先輩は気にする様子もない。
「さあ、このあたりから始めよう」
 先輩の元気さにもう逃げられる気がしなくて、私はしぶしぶゴミばさみを持って門のあたりを歩き始めた。だらだらと枯葉や空き缶を拾って、ふと見上げると誰も見ていないのに先輩はせっせとゴミを拾い集めている。私はばれないようにほんの少し肩をすくめた。
 私たちは門を抜けて校舎の周りをぐるりと回り、最後に校庭までやってきた。こんなにいい天気の日に私はいったい何をやってるんだろう。いい加減飽きてきた私は鉄棒の前で先輩に話しかけた。
「先輩は真面目ですよね」
「そんなことないよ。それにきちんと清掃委員に参加する君だって真面目じゃないか」
 そういうわけじゃないんだけど。そう考えていると先輩に顔を覗き込まれた。
「ほら、また不機嫌な顔をする」
「え?」
「どうしていつも不機嫌な顔をしてるの?笑ってた方がきっとかわいいのに」
 急にそんなことを言われたから、私は言葉に困ってつい誰にも言ったことの無い本当のことを話してしまった。
「…先輩、逆上がりってできますか?」
「え?できるけど?どうしたの、急に」
「私逆上がりができなくて、残されて。それでもできなくて、それ以来なんとなく落ちこぼれになっちゃったんです」
 先輩が真面目な顔で私を見る。それから元気よく言った。
「じゃあ今練習しよう」
「へ?」
「さあさあ、早く」
 先輩に背中を押されて私はあっという間に鉄棒の前に立たされてしまった。
「タイミングと、後はどれだけ体を鉄棒に近づけられるかの問題なんだ」
 ほら、という言葉で思わず私は足を撥ねさせて鉄棒にお腹を近づけた。それでも重たい体は全然鉄棒の周りを回らない。
「惜しい」
 全然惜しくなかったと思うけれど、先輩は悔しそうな顔で言った。
「もう少しだよ。足をあげたあと、思いっきり体を逆さまにするんだ。さあ、もう一回」
 先輩に励まされて私はもう一度チャレンジした。今度はさっきより少しだけ足が上に上がる。
「もう一度」
 砂埃があがるくらいに足を蹴り上げて、あ、と思う間に太ももが鉄棒をとらえた。そのままくるりと体が回る。青空の下でセーラー服がはためいた。
「できたっ」
 思わず私は叫んで先輩の顔を見た。先輩はそれまでの真面目な顔とは違って、顔全体をくしゃっとさせるような大きな笑顔を私に向けていた。
「ほら、笑った顔の方がずっといい」
 急に頬が熱くなって、私はつい顔を俯けた。そんな私に向かって先輩が続ける。
「これで落ちこぼれなんかじゃないね」
 私にそんなことを言ってくれる人は初めてだった。もっと、もっと先輩と話していたい。私は思わず言葉をつまらせながら言った。
「じゃ、じゃあ、先輩、勉強教えてください。本当に落ちこぼれじゃなくなるように」
 先輩は少し驚いた顔をしたけれど、それからやっぱり笑って頷いた。
「いいよ。僕で良ければ」

 それから私は清掃行事が終わるたび喫茶店で勉強を教わることになった。
「マイナスとマイナスの掛け算は、よく言うけど泥棒がゴミを持って行ったって考えるといいんだ。ほら、泥棒もゴミも嫌なのに、合わさるとプラスになるだろ?」
 逆上がりと一緒で先輩の教え方は上手かった。勉強を教わるたびどんどん先輩に惹かれていく。だから三回目に勉強を教わった日、私は先輩に向かってぽつりと呟いた。
「もし本当に落ちこぼれじゃなくなったら先輩と同じ高校に行きたいな」
 だけど先輩は私の呟きを本気にしなかったみたいだった。
「駄目だよ、そんな風に冗談を言っちゃ。志望校は自分の本当に行きたいところにするものだよ」
 私はぷうっと頬を膨らませて、それからぶっきらぼうに言った。
「先輩ってどんな人が好みなんですか?」
「どうしたの急に?」
「先輩みたいに真面目な人はどんな人を好きになるのかなって思って」
 私がそう言うと先輩は顎に手をあててうなった。
「うーん、難しいけど、ひたむきに何かを頑張る人かな?」
 私とは全然違う人だ。私はもう一度頬を膨らませた。

「リン、放課後ドーナツ屋行こうよ」
 今日もみんなに誘われたけど、私は顔の前で両手を合わせた。
「ごめん、テストが近いから」
「え?勉強するの?」
「どうしたの、リン。最近付き合い悪いじゃん」
「志望校が決まったの」
「え?どこどこ?」
「●●高校」
「めっちゃ頭いいところじゃん」
「なになに、何があったのよ」
「さては好きな人ができたな。頭のいい人なんでしょ」
「わっかりやすーい」
 そう言ってみんなは笑い声をあげた。
「好きな人っていえばさ、再来週の夏祭り、みんな誰と行くの?」
「私は彼氏かな」
「いいなー、彼氏持ちの人は」
 それからみんなは私を置いて誰と誰が付き合い始めたか楽しそうに話し始めた。私は上の空でみんなの話を聞く。
 もしも先輩と夏祭りに行けたら。そんな妄想を膨らませたけど小さく頭を振った。この前だって志望校の話を冗談だと思われたのに、自分から夏祭りに誘うことなんてできるわけがない。私に今できるのは真面目に勉強を頑張ることだけだ。私は小さく頷くとみんなにもう一度謝って帰り支度を始めた。

「この形の式にはこの公式をあてはめるんですよね」
「うん、そうそう」
「これを計算すると…解けたっ」
「うん、正解」
 そう言うと先輩は私の顔を見て笑った。
「最近よく笑うようになったね」
「だって先輩が教えてくれるから」
「またそんな冗談を言って」
「…冗談じゃないのに」
 私が俯くと先輩も小さな声で言った。
「だって、本気だったら照れちゃうじゃないか」
「え?」
 何を言っていいか分からなくて、私は黙ったまま先輩の顔を見た。気のせいじゃなければ先輩の顔がほんの少し赤らんでいた。
「それじゃ僕も冗談じゃなく言うよ」
 そう言って先輩が続けた。
「今度の夏祭り、僕と一緒に行ってくれませんか?」
 その瞬間私の頬は火傷しそうなくらい熱くなってしまった。
「勉強を教えるたび、どんどん素直になる君に惹かれたんだ。もっと一緒に時間を過ごしたい」
「私も、私も一緒に行きたいです」
 私がそう言うと先輩があのくしゃっとさせた笑顔を見せた。
 喫茶店の開いた窓から風が吹き抜けてセーラー服がはためいた。あの日逆上がりに成功したときみたいに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

不機嫌な少女

alt-H様の『不機嫌な少女』をノベライズさせていただきました。

不機嫌な少女だった
先輩に出会うまでは

===================================
▼ノベライズ元の楽曲▼

『不機嫌な少女』

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=af7csGwmlI4

ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37239630
===================================

閲覧数:348

投稿日:2020/08/20 21:17:38

文字数:3,155文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました