「桜散りて、狐は嗤ふ」
春――満開の桜が咲き誇る山里。
そこには「人の記憶と寿命を喰らう魔物が住んでいる」と言い伝えがあった。
体調の悪そうな男は美しい桜を見に来ていた。
他にも理由はあったはずだが、どうも朧気だ。
桜の下で出会ったのは、一人の少女。
白い肌に、どこか人ならざる気配。
彼女は笑う――けれどその笑みは、どこか冷たい。
「初めまして」
彼女はそう言う。
やがて明らかになる真実。
彼女は人ではない。
長い時を生きる“狐”。
男は思い出す。
かつてこの地で、確かに彼女と過ごした時間。交わした約束を。
――だが、それはすでに「喰われた後の記憶」だった。
彼の記憶は何度も奪われ、
何度もここへ引き寄せられていた。
「また来たんだね。」
狐は小声で嗤う。
それは嘲笑か、喜びか、それとも――
桜が散る。
ひらひらと舞う花びらは、まるで記憶の欠片。
主人公の意識は次第に薄れていく。
そして、また嗤う。
桜がすべて散ったとき、
男はまた“忘れる”。
狐だけが覚えている。
何度繰り返しても。
そしてまた春が来る。
彼が来る。明らかに弱っていた。
「…どうして、また来たの?」
問いかける声は、少しだけ震える。
彼は首を傾げる。
「…桜が綺麗だったから。でも――」
一歩、近づく。
「何か理由があった気がする」
狐は嗤う。
乾いた、諦めた笑い。
「もう、来ない方がいい」
記憶と寿命を喰らうのは、桜の呪いだった。
彼女は“餌”。
来た人間を案内するために、そこに在る存在。
桜の花が散るとき、彼女と過ごした時間はすべて奪われ、
美しい桜の記憶だけが残る。
一度だけ交わした約束も喰われていた。
桜が散る。
その瞬間、男の記憶はまた奪われる。
彼は一人で、山を下りていった。
そして、次の春。
弱った体で、再び山を訪れる。
桜の下。
少女は、変わらずそこにいる。
「初めまして」
主人公は、少しだけ間を置いて頷く。
「うん、初めまして」
なぜか、少しだけ優しい声だった。
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