!警告!

こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。




  ローリン@ガール 3


 目の前が明るくなってきた。そう考えながら、真人はゆっくりと目を開いた。緩慢な動作で身を起こす。周囲を見渡せば、昨日と変わることのない、がれきにまみれた一室。
 結局、ほとんど眠れなかった。きっと自分の目の下には黒いくまができているのだろう。そんなことを考えながら、のろのろと立ちあがった。
 コンクリートの上に敷かれた、固い畳。その上で、がれきをよけて、ぼろぼろのカーテンにくるまって寝ただけだから、全身、あちこちが痛い。固まった身体をほぐすように伸びやストレッチを繰り返し、真人はふうとため息をついた。そこで、ようやく気付く。周囲がやけに静かなことに。
(あの子……どこ行ったんだ?)
 昨日、この部屋を寝床として案内してくれた、小柄な少女の姿が見当たらない。たしか、少し離れた場所で、小さな身体をがれきに埋めるように丸めて眠っていたはずだ。朝方になって、真人がようやくまどろみ始めたころに、抜け出したのだろうか。彼女は今、この部屋にはいなかった。

 しかし、身体というのは正直なもので。少女の心配をしようかと回転し始めた真人の頭をよそに、静寂のなか、腹の虫が盛大に声を上げて抗議してきた。誰もいないはずなのに、思わず、腹部をさすって、苦い顔をする。そこでようやく、昨日は何も口に入れていなかったのを思い出す。
「……腹、へったな……」
 思い出したついでに、昨日の記憶がどっと頭のなかにあふれてきて、涙が出た。船がなくなった。自分は、この島から出るすべを失ったのだ。

 じわりと目頭ににじむものをどうにかやり過ごそうとしていたとき、ぺた、ぺた、と、コンクリートの上をはだしで走る音が聞こえてきた。小さいその音が近づいてきたな、と感じていれば、昨日の緑髪の少女が、部屋の戸口からひょっこりと顔をのぞかせた。
「おなか、へったの?」
 どうやら、腹の虫の抗議は少女にまで聞こえていたらしい。思わず赤面しながら、それでも真人は、こくりとうなずいた。そしてそこで、はっとする。
「そういえば君、ずっとここで住んでるって言ったけど……」
「うん、いつもこれたべるんだ。……はい、どうぞ」
 やせ細った手が差し出してきたのは、真人の片手に収まっても、小さすぎるくらいのさんま缶。ぎりぎりだが、賞味期限は切れていない。
「なんかね、倉庫があるの」
そう言って、少女はがれきの中から丈夫そうな木の棒を持ってきて、てこの原理で器用にさんま缶を開けた。やせ細った指に、缶詰のふたは固いらしい。真人はそんな彼女を見つめながら、自分もさんま缶を開けた。
 正直言って、缶詰の味など所詮、缶詰という程度。それにたったこれっぽっちでは、まだまだ若者の真人の胃袋は到底満足できない。さらにありがたくないことに箸やフォークもなく、ほこりで汚れた素手で食べるしか方法はなかった。うっかりしたら、ぽろりと文句が出てきそうな待遇だが、こんな小さな女の子の手前、素直に「いただきます」と、いただくことにした。
 どうも気が滅入る。少女も、黙々とさんま缶を開けている。会話もないまま、朝食の時間は過ぎて行った。

 真人の朝食はたったの三口半で終わった。それでも少しでもさんま缶を味わっていたくて、長い間、魚の身を噛みながら、真人はこれからのことを思った。これから、どうしよう。表山たちは無事なのか? 他のスタッフたちは? 本当に、ボートを奪ったのは、この島にもともといた浮浪者なのか? さまざまな考えがぐるぐる廻って、どうも抜け出しきれない。

 ぼんやりと考えにふけっていると、突然、少女はすっくと立ち上がった。綺麗に空になったさんま缶をコンクリートの上に置いたまま、その辺のがれきで指先をぐいっとぬぐい、小走りで部屋の外へ出る。
「えっ、どこ行くの?」
 反射的に、真人も立ちあがって、後を追った。なんとなく、一人でいるのは心細かったのだ。

 少女は無言で長い廊下を駆けていく。がれきの上を器用に走る彼女の後を、慣れない真人がついていく。本来ならば難なく追いつくはずの背中は少しずつ距離が開いていく。
 このままじわじわと引き離されてしまうのかと、半ば絶望的に思い始めたころ、ようやく、廊下の終わりが見えた。陽の光が差し込まない廊下の向こう。ビル群のなかにぽつんと開けた階段の踊り場だけに、まるでスポットライトを当てるように、太陽の光が降り注いでいる。その踊り場の隅に、少女はぽつりと立っていた。小さな少女はそのつぶらな瞳に、下まで長く、長く続いていく階段を映していた。

 がれきの山をなんとか抜け出し、やっと追いついた、と、真人が安堵の息をつこうとした、その時。今まで静かに立ちつくしていた少女の身体が、ふらりと傾いた。一瞬、ざっと血の気が引く。一気に、世界がスローモーションの映像のように、ゆっくり流れ始める。一切の音を閉ざした世界のなか、細い身体はゆっくりと倒れてゆく。
 動かない身体を叱咤して、真人は走った。間に合え、と、手を伸ばすも、それもむなしく。

 少女は勢いよく階段を転がり落ちた。昨日聞いたばかりの、鈍い連続音が、静寂の中をこだました。少女の身体はなんの抵抗もなく、永遠に続くのではないかというほど、途方もなく下へと延びる階段を転がり落ちていく。衝撃に弾み、何度も、固いコンクリートに身体を打ちつけながら。
 叫び声も上げられずに、真人はその姿を見つめるしかなかった。転げ落ちていく小さな姿が、ビルの谷底にのまれてゆく……。そこでようやく、はっとした。はやく、助けなければ。真っ青になりながら、息もうまく紡げず、まるで自分も転がり落ちるように、真人は階段を駆け下りた。少女が転がり落ちる音が、まだ遠くから聞こえてきている。

 急なコンクリートの階段を、ずいぶんと下りた。息も絶え絶えになりながら、真人がようやく少女に追いついたのは、小さな踊り場だった。
「だっ、大丈夫!?」
(骨とか折れてないだろうな……?)
 五階以上はある階段を転げ落ちたのだ、その可能性も低くはない。ぐったりと仰向けに倒れている少女の身体を確認しながら、真人は彼女の肩をゆすった。ぼんやりとした翡翠色の瞳が、真人を映す。
「歩け……ないか……、起き上がれる?」
 恐る恐る尋ねたが、少女は答えない。ただぼうっと彼を見上げるだけ。何度かまばたきしているから、意識もあるし、死んではいないのだと分かるが、こうも表情に変化がないと、一瞬、まさか……と思ってしまう。真人はごくりと唾をのんだ。
「えっと……大丈、夫?」
 結局、そんな馬鹿な問しかできない自分が悔しい。真人が怖々見守っているなか、少女はもう一度瞬きして、ゆっくりと身を起こした。
「っ……、」
 時折、痛そうに息を詰めたから、真人はあわててその背を支えてやった。少女が不思議そうに、こちらを見る。だが、何も言わない。なんと声をかけていいかもわからず、真人がその様子を見守っていれば、彼女はゆっくりと周囲を見渡した。ぐるっと、踊り場から見える範囲を一望してから、ふるりとひとつ、かぶりを振った。まるでなにか、思考を吹き飛ばすような動作。そうして彼の心配をよそに、のろのろと立ち上がり、またおもむろに、階段を上りはじめた。
「大丈夫……?」
 よろめきながら、一段、一段、ゆっくりと階段を上る少女に、真人は思わず声をかけた。やせ細った小柄な少女にしてみれば、この階段の一段でさえ、つらいもののはず。
「おぶるよ」
 そういって彼女の前に回り、目を見つめてみる。少女の瞳は痛みを耐えるように細められていたが、その奥には何の感情も浮かんでいなかった。しばしの間をあけてから、彼女はゆっくりと首を振る。
「だいじょうぶ」
 確認するように、静かに呟いた。
「あたしがしなくちゃだめなの」
「しなくちゃって、なにを?」
 意図がつかめず、聞き返す。けれど彼女は首を横に振るのみだった。
「あたしがしなくちゃ、意味がないの」
 ただうわごとのように繰り返し、まだ遠い階段の先を見上げる。まるでわけが分からなかったが、少女の、思いの外強い視線に、彼は何を言うこともできずに、ひとつひとつ、慎重に階段を上る彼女についていくことしかできなかった。

 長い時間を、沈黙のままに階段を上った。一時間以上、かかったのかもしれない。そう思うほどにゆっくりと、彼女は階段を上っていた。時にはふらつき、危なっかしくて見ていられず、真人は何度か手助けを申し出たが、そのすべてに、彼女は同じように首を横に振った。ただ返ってくる答えは、「あたしがする」のひとつだけ。一体、なにが彼女をそうさせているのか、真人にはまったく分からない。なにひとつ分からないから、彼は少女がゆっくりと階段を上っていくのを見守るままだった。

 そして、ようやく、もといた踊り場まで到着したという、その時。やっと終わった、と、真人が踊り場に腰掛ける。てっきり少女もそれに乗じて座り込むのかと、彼は思いこんでいた。
(だって、そういうもんだろ?)

 まさかこの少女がもう一度、真人の目の前で階段に向かうとは思わなかった。
 もしかして……そんな想像が脳裏をよぎると同時。彼女の身体がもう一度、ふらりと階段に向かって傾いた。今度は、ちゃんと反応する。彼はあわてて立ち上がり、延々と続く階段を、小さな身体が転げ落ちる前に、彼女を受け止めた。
「なにしてるの!?」
 思わず出たのがこの一言だった。彼女の視線が、迷うことなく階段を見下ろしたのを、見てしまったから。もしかしたら、さっき彼女が階段を転げ落ちたのは、事故じゃないのかも……そんな、“嫌な確信”が、彼の中に駆け巡ったから。
 どうか勘違いであってほしい……真人は祈るような思いで少女を見つめたが、返された視線は同じように色のないもので。そして彼女は、真人が望まなかった答えを口にした。
「やらなきゃ」

 一瞬、信じられなかった。彼がぼうぜんと見つめるなか、少女は弱弱しく、彼女の身体を支える腕を押しやろうとした。それに、もう一度、はっとする。
「――なにしてんだよ!」
 今度ははっきりと怒鳴った。間違いない。彼女はわざと、この階段を転げ落ちようとしている。きっと、昨日、転がり落ちてきた、あのときも。
「今度はけがじゃすまないかもしれないだろ! ……さっきも、痛かったんだろ!」
 しかし少女はまっすぐに真人を見つめ、首を横に振った。

「だめなの」
「何が!?」
「だめなの。やらなきゃ」
「なにをやるんだよ!」
 わけもわからず、真人は叫んだ。叱るように、それでいて、懇願するように、彼は叫ぶ。だが、その思いは彼女には届いていない。

「だめなの。思い出さなきゃ……やらなきゃ、思い出せないの」
「思い……出す……?」
 なにを、と問う前に。少女が渾身の力を込めて、真人を突き飛ばす。
「うわっ!」
 声を上げて、彼は踊り場に倒れこんだ。すぐ隣にビルがあるから、彼が階段の隙間からまっさかさま、なんてことはなかった。
 だが、突き飛ばした方である少女が向かうのは、当然、さっきと同じ、下へと延びる階段で。
 歯を食いしばると同時、ひゅうっと吸い込んだ息を止めて。彼女はまた、階段を転がり落ちた。鈍い、聞きたくない音が何度も響き渡る。
「嘘、だろ……」
 理解できない。血の気が引くのを感じながら、真人は階段の下を見下ろした。まだ、少女は転がり続けている。鈍い連続音はそれを知らしめるように、沈黙した島じゅうにこだまする。
「――なに考えてんだよ!」
 反射的に怒鳴り、また、階段を駆け下りた。音はもうやんでいる。きっとまた、あの踊り場に仰向けに倒れているのだろう。湧き上がる怒りが何に対してのものなのか、真人には分からなかった。

 今度は、真人が追いつくよりも、彼女のUターンの方が早かった。もうすぐ踊り場か、というところで、少女がよろめきながら階段を上ってくるのが見えた。真人は、今度は駆け寄ることができなかった。思わず、彼は階段を降りる足を止める。立ちすくんだ真人の脇を、少女は無言で通り過ぎた。少女の瞳は階段の先だけを見つめていた。
 階段を転がり落ちる彼女の眼には、真人は映っていなかった。

「……なんなんだよ」
 急に、目の前の少女が恐ろしくなった。どう考えても、普通じゃない。こんな、骨を折ってもおかしくない、へたをしたら、死んでもおかしくない行為を、延々と続けるなんて。まさか、彼女は今までずっと、そうやって、階段を転がり続けてきたというのか? そんなの、正気の沙汰じゃない。
「……なんなんだよ!」
 少女の姿の消えた階段で、真人は叫んだ。どうして、こんなことになってしまったのか。自分はただ、仕事の一環で、この島へ取材に来ただけだ。それも、ほんの取っ掛かりの段階。本来なら、これから、表山やベテランの先輩方に揉まれ、こき使われながら、作業や編集に何日もかけて、徹夜もして、カノジョを作る暇もないほど忙しく走り回って……そんな日常を送るはずだったのに。なぜ、こんな廃墟に閉じ込められなければいけないのか。

 ひとつ、深呼吸をし、真人は階段の先を見つめた。上ではなく、下を、じっと見る。
 表山たちを探そう。そう決意した。あんな死んだような目をした子供の言うことなど、信じられるわけがない。彼らはきっとこの島のどこかにいて、まだいらいらと自分を探しているはずだ。そして彼らと合流して、あの街へ帰るのだ。あんな少女など、知ったことか。自分だけでもいい。必ず、日常に戻ってやる。憮然とした表情で、真人は階段を降りはじめた。たしかこの先の踊り場。そこは昨日、真人が通った場所のはずだ。そこから逆戻りすれば、表山たちとはぐれた場所に戻れる。まだ近くにいるはずだ。彼らと、合流できるはずだ。
 歩き出した真人の背中から、またあの少女が奏でる、狂った音が聞こえてきた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ローリン@ガール 3

こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。

閲覧数:320

投稿日:2010/03/26 23:03:51

文字数:5,824文字

カテゴリ:小説

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