小高い丘のその上に
 白い教会がひとつ、ある。

 小高い丘はなだらかで
 夏には黄色い、ひまわりが咲く。


    「ひまわり畑の、教会の、裏の」


 少年は、毎日その丘を駆け上る。
 白い教会では、黒い式服に身を包んだ
 やさしい神父が、待っている。

 穏やかな笑みを浮かべる、青年の神父はやさしくて
 みんな、説法を聞きたがるけど、
 少年は、知っている。

 少年は神を、信じていない。
 青年は神しか、信じていない。


 小高い丘を下ったところにある孤児院には、
 たくさんの子供たちがいる。
 みんな、ひとつの愛は失ったけれど、
 代わりになるものを捜し求めて、与えられている。


 少年は今日も、小高い丘を駆け上る。
 白い教会では黒衣の神父が、待っている。

 やさしい神父は、みんなに囲まれ、
 神の愛を、説き伝えている。
 少年はみんなの輪から少し離れたところで、
 肘をついて、その様を眺めている。

 そんな「誰かの言葉」ではなくて、
 少年は、神父の言葉が欲しい。
 けれど少年は、知っている。
 彼は人を、愛していない。


 小高い丘の教会は、
 陽の光を受けて、白く輝いて、
 今日も黒衣の、神父がひとり。
 ただやさしい笑みを浮かべて待っている、
 孤独な青年が、ひとり。

 ねぇ、愛ってなんなの。
 尋ねれば彼は、やさしい言葉で教えてくれる。
 聖書を片手に、平等に向けられた、
 神の愛を、語ってくれる。

 そのくちびるが騙る「愛」を
 少年は、感慨なく見つめている。
 彼の言葉は、からっぽだ。
 なぜならその言葉は、彼のものではないからだ。


 確かなものなど、この世になにひとつとして無くても
 少年は、青年の言葉が欲しい。
 誰かが過去に語った言葉ではなくて、
 彼の内側から紡がれた、
 ただひとつだけの、言葉が欲しい。 

 やさしい笑みが、覆い隠している。
 黒衣の下に、覆い隠している。
 あなたはどうして、自分の言葉を持たないの?
 少年は不思議で、仕方ない。
 愛に迷っているのは、あなたのはずなのに。


 夏にはひまわりが咲くよ、レン。
 この丘は黄色で、いっぱいになるよ。

 蒼い空の下、青年は微笑む。
 目の醒めるような黒衣で、微笑んでいる。

 その夏が来たら、どうなるの?
 少年は押しあがる不安を、抑え切れない。
 小高い丘を、風が撫でていく。
 ざわめくのは、教会の裏の、ひまわり畑。

 ―――どうもしないよ。
 黒衣の青年は、やさしく微笑む。
 青い瞳で冴え冴えと、来るべき夏を、待ち焦がれている。


 夏には小高い丘を、黄色い花が埋め尽くす。
 裏から侵食するように、
 白い教会の丘を、埋め尽くす。
 明るくってきれいだろう?
 そうあなたは云うけれど、
 違う。あなたは違うものを、待ち望んでいる。
 少年は知っている。なぜなら

 青年は自分をも、愛していない。


 今日も少年は、小高い丘を駆け上る。
 陽を受けて輝く、白い教会を目指して。
 その中で孤独に染まった、
 黒衣の神父、その人を目指して。

 ―――カイト!

 少年は神父を呼ぶ。手を繋ぐ。
 ひまわり畑が、幅を利かせないうちに。
 その黄色が黒を蝕んで、きれいな青までをも
 呑み込んでしまわない、うちに。


 小高い丘を、駆け下る。
 夏が来てしまう、その前に。
 神の家から、抜け出そうとする。
 「ことばの愛」が、空虚を孕んで
 彼の内側を、埋め尽くしてしまう前に。 

 ああ、それでも払われたら、
 きっともう、二度とこの手は繋げない。
 頭から、鮮やかな映像が浮かんでは離れないのだ。
 真夏の黄色いひまわり畑で
 太陽に蝕まれた黒衣が、横たわっている映像が。

 強い強い、光が容赦なく照らす。
 仰向けに転がった、黒衣の彼を。
 あなたの青い瞳は輝くけれど
 それは太陽がそうさせたからであって、
 あなたの内側からの光では、ない。 

 あなたはこの身ごと、浸蝕されたいと思っている。
 どういった虚しさが、あなたをそうさせたのかは知らないけれど
 あなたは人を、愛していない。
 あなたは自分を、愛していない。
 虚飾の言葉で包んでいたのだから、
 もしかしたら神さえも、愛していないのかもしれない。


 繋いでいたはずの手が、ふっと宙を掴む。
 失った感触に、少年はつんのめる。―――ああ。
 足元の草を、風がそよがせる。
 ざわざわと、音が背中を押してくる。・・・・・・ああ。

 もう少しで丘を、下りきるところだったのに。
 あと少しで、抜け出せるところだったのに。
 両手を膝につき、少年は上がる呼吸を整えきれない。
 手のひらに空は、掴めない。


 振り向いた先には。
 黄色くざわめく、ひまわり畑。
 小高い丘を埋め尽くす、
 明るく陽気な、ひまわり畑。

 でもその黄色は、底冷えするほどに、冷たい。



 真夏の輝くひまわり畑を、少年は目を眇めて見上げる。
 太陽を追い焦がれる、この花を
 誰が責めることが出来ようか。
 遠い先へ行ってしまった彼を、
 誰も責めることが出来ないのと、同様に。


 少年は、小高い丘を駆け上る。
 白い教会は、黄色を携えて、
 そこにはもう、黒衣の神父はいないけれど、
 今日もまた、駆け上る。


 ねぇ、あなたの瞳が見ていたもの、ひとつでも、
 僕に教えて欲しかった。


 教会は、白く輝いている。
 抱きかかえた黒衣を懐に包み隠し。
 明るく白く、輝いている。
 虚無に蝕まれた青い瞳をその慈悲深い手で、塞いで。






ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ひまわり畑の、教会の、裏の

ただひたすらに、広い空を見上げると不安になります。
きれいな風景も、きっと一緒。


ある特定の宗教を想起させる言葉が出てきますが、
一切関係ありません。
「それっぽいもの」と捉えて頂ければ幸いです。

閲覧数:264

投稿日:2010/11/03 00:06:55

文字数:2,349文字

カテゴリ:その他

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