ただ色を重ねれば辿り着けるのだと。
ただ色で塗り潰せば変われるのだと。
私は、そう信じていた。
<私的空想パレット・4>
かたん、という音と共に、絵筆が机の上に置かれた。
「…君はもう来ないと思ったんだけど」
彼は、理解できないと言うように金髪を揺らしながら静かに口を開く。
そこに微かに混ぜ込まれたのは、困惑の色?あんまり微量なものだから判断できない。
ただ、やっぱり感情の起伏を伺わせないその声に、私はぱちくりと目を見開いた。
来ないと思った?どうして。
「えっと、それは…」
「…怒ってたみたいだったし」
先手を打つように、強引に割り込む言葉。
…あれ、やっぱり少し動揺しているのかな。
そう考えると、なんかちょっと…可愛い、って思えるかもしれない。自分の考えに内心苦笑しながら、私はその言葉を否定する。
「怒っては、ないよ」
あれは怒ったんじゃない。単に狼狽しただけ。
その理由だって分かっているけど、進んでそれを掘り起こす気にはならない。
代わりに私は、全然違う話題を口に出した。
「…そういえば、君って私についてどれくらい知ってるの?」
返事は簡潔だった。
「殆どゼロ」
つまり、自発的に何か調べるような事はしてないんだろう。
少し拍子抜けしたような、でも予想通りの答えだった。これで逆にプロフィールとかを事細かく調べられていたらそっちの方が嫌かもしれない。少なくとも、怖い。
それきり何を話す訳でもなく黙っていると、不意に彼が思い出したように首を傾げた。
てっきりこれで会話が終わるものだと思っていた私は、驚いて固まってしまう。
「因みに君は、僕の名前とか知ってる?」
「え?…ええと」
強張った手を軽く握る。
掌が汗ばんでいるのが良く分かって、何だか情けなくなった。
ああ、どうしよう、軽いパニックになりそう。私って本当に緊張に弱いタイプなんだな。
頭の中がホワイトアウトしそうなのを懸命に押さえ込んで検索をかけてみる。
名前、何だっけ。前に聞いたことがある。
下の名前は、レン。で、上は…
…う、上は…
あっ、確か、そう、うん、か、か…
「…かなみねれん、くん?」
「はい残念」
人前でなければ頭を抱えていたと思う。
うわああ、間違えた!?あれ、かわみね…かやみね?駄目だ、全然思い出せない!
思わぬところで記憶力の無さが露呈してしまった。本人を目の前に名前を間違えるなんて、なんという失態!
まさか面白がっている訳ではないんだろうけど、私を見ている彼の眼が痛い。ような気がする。
み、見ないで…見ないでください…!
そこでふと、私はあることに気付いた。
「…あの」
「?」
筆に手を延ばしかけていた彼は動きを止めて私を見る。
「じゃあ君は、私の名前知ってる?」
―――うっ。
そんな声が聞こえるような顔付きで、彼は固まる。
うん、覚えてないんだろうとは思ってたよ。知らなくてもおかしくない。
でも一体何なの、その「そう来るとは予想外だった」みたいな顔は!直前に私に話を振った張本人なのに、なんで自分に還元して考えないんだろう。
数秒固まってから、彼は伺うような口調で言った。
「君の名前は、リン、だっけ」
「うん、そうだけど…苗字は?」
「知らない。一度位は聞いたことがあるかもしれないけど、忘れた」
私と似たようなものだな、と思う。
実際会っているときには他の人がいないから「君」と「私」で通じてしまうから覚える必要なんて今まで無かったし。
「…あれ、じゃあ、なんで名前は知ってるの?」
確か名乗った覚えもないし、と首を傾げると、彼は一つ溜め息を吐いて改めて絵筆を掴む。
「君の友達は、君をフルネームで呼びはしないだろ」
ああ、なるほど。
私は納得して頷く。
つまり私の友達の会話や世間話を聞いて、そこで名前は覚えたって事なのかな。
確かに私は誰かに呼ばれる時は大体が名前呼びだから、苗字はわざわざ調べないと分からないかもしれない。
そこで調べないとは…うーん、受動的。けど、そういうのって嫌いじゃない。
彼はキャンバスに向き直る。いつもの光景だけど、何故かその横顔に疲れが見える。
…どうかしたのかな。
少し不思議に思ってその姿を眺めていると、視線に気がついたのか何なのかは分からないけれど、彼は疲れた声で呟いた。
「こんなに喋ったの、久しぶり」
え。
記憶を手繰ってみる。
確かに彼と会話するのは今までずっと二言三言で、こんなに長く話をしたのは初めてかもしれない。
でも今の彼の言い方からすると、私以外の人ともあんまり喋らないみたいで…まあ確かに、教室とかで何か話題を振られたところで、殆ど反応しないだろうっていう想像は簡単に出来るタイプだけどさぁ。
だけど。
だけど、その長話の内容がこれって…
なんか、残念だ。
「…あのさ」
何だか急に隠し事をしているのが馬鹿らしくなった。
いや、隠し事って言えるほど大層なものでもない。ただ今まで外に漏らさないようにしてきた私の行動基準っていうだけなんだから。
別に聞きたいようなものでもないだろうけど、彼になら聞いて欲しいと思った。
きっと興味なんて示さない。むしろ気味悪がるかも。
だって、まだ会って一月位しか経ってないんだよ?しかもクラスメートでさえないから毎日会うわけでもないし、たまに会っても数分だけで、その間殆ど喋らない。
正に「知り合った人」。限りなく他人に近い知人。
「その…出来たら聞き流して」
―――だから、彼になら話せると思った。
「私には、従姉が一人いるの…」
思っていたより簡単に話は口を衝いて出た。
小さい頃からこっそりと、でも誰よりも尊敬していた優しいお姉ちゃん。お父さんやお母さんの言葉より、ミクちゃんの言葉の方が私にとってはよっぽど大きな意味を持っていたと思う。
とつとつと心をつづる。
静かな美術室と、黙ったままの彼。
窓から差し込む太陽の日差しが泣きたくなるほど優しくて、私はゆっくりと話を続けた。
その二つ年上の姿に私が見ていたのは―――眩しい、白。
汚れなんてどこにも無いような、暖かなその色。
その色に憧れて、憧れて、ずっとずっと憧れ続けて…生きてきた。
小さい頃には私はそうはなれないんだと思わなかったから、どうにか努力をしてきたつもりだった。
いろをな努力を重ねて。
新しい色を重ねて。
少しでも、あのうつくしい色に届くように。
「けど、…そうだね、いろんな色を混ぜすぎたのかもしれない」
だけど、現実は冷淡でシビアなものだった。
だって、あるとき私は、結論みたいなものに辿り着いてしまったから。
それまでの私は、あの純白に憧れて闇雲に色を重ね塗りしてきた。
重ねればいい。それで汚い色になれば、また重ねればいい。乾けば色は固定される。上っ面を剥いだその下の色合いなんて、気にしなくていい。
―――でも。
最終的に出来た色は―――何色でもなかった。
「結局全部混ざって、凄くもやもやした色になってたの。…だけど、もう元の色を取り出すことも出来ない。私、理想に近づきすらしなかったなぁ、って気付いちゃったんだ」
思い出す苦い記憶。何度繰り返してみても、その痛みは変わらない。
どうして私は届かないんだろう。
何を間違えたんだろう。
それに愕然とした時、私は前に出ていくだけの気概を失った。
「それでも諦め切れなくて、結局…自分がどんな子だったかも分からなくなって…」
声が尻すぼみになって、そのまま口をつぐむ。
合ってるの。
この前君の言ってた言葉は、合ってるの。
でも窮屈に感じたって、もうどうしていいのか分からない。
「…でも、やっぱり諦め切れないの。従姉みたいに綺麗な人になりたい、って、願ってしまう。…なれっこないのに。分かってるのに」
彼は黙って私の言葉を聞いていた。
何の相槌を打つこともなく、動くことさえなく、ただ静かに座って聞いていた。
絵を描くことさえ止めて、じっと私を見詰めていた。いつものような、静かな瞳で。
その日以降、美術室からは彼の姿が消えた。
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