フットのメンバーたちがマネ監主催の反省会をすっ飛ばしてでも早く帰りたかったのにも理由があった。この辺りは七年前に開通した首都圏新都市鉄道の常総新線の白木キャンパスステーション開業に伴い出来た新興の学生街で、その駅ビルにはショッピングセンターラ・ラパークが入っており、若者向けの店が多数出店していることから、放課となった彼女たちは誰に言われる訳でもなくそちらに向かう。ゆかり自身は特別に行きたい気分ではなかったが、心咲の付き合いで同行した。
キャンパス群を通り越し、ショッピングセンターの大型立体駐車場が見えてくると、それに沿って店舗入り口を目指す。角を曲がって数百メートル先には高架橋を走る常総新線のキャンパス駅が顔をのぞかせた。その通りに彼女たちの目指す店舗入り口があった。
彼女たちのお目当ては既に決めていた。衣料品、雑貨小物の店など、時間があればゆっくりと回ってみたい店ばかりだが、黒いジャージ姿の二人は店舗内を突き進む。すると魚の生臭さやら総菜の芳ばしい臭いやらが入り混じった空気に変わる。そこは生鮮食品売り場だ。その一画にあるアイスクリームショップのショーケースの前に彼女たちは立ちはだかった。
「やっぱアイスだよねー」
ケース内の色とりどりのアイスを、腰を折り食い入るように見つめる心咲は心底楽しそうだった。ゆかりは隣で見ていてなんだか微笑ましくなる。
「暖かくなってくると食べたくなるよね」
ゆかりもノリノリで返事をする。本当は自分もしっかりとフレーバーを選びたかったが、そこまで夢中にある心咲に水を差しては悪いと、少々遠慮していた。
「ゆかりさんはどの味が好み?」
今にもよだれが垂れてくるのではないかと心配になる心咲の緩みっぷりを心配しつつ答えた。
「断然ラムレーズン。あの匂いもクセになるけど、それを集めて固めたような味がたまらなく好き」
せっかく他のアイスも食べたいと思っていたのだが、その質問のお陰でまたラムレーズンが食べたくなってしまった。
「私はイチゴ系のアイスだなあ。スタンダードでも種類が多いからいつも迷うんだけど、期間限定に出てくるとそっちも食べたくなる」
「いいよね。期間限定」
「我慢できない時はダブルする時もあるよ」
「え?そんなに食べるの?」
既に夕方四時を回ろうとしていた。夕飯を前にその量では、ゆかりは完食する自信など無かった。
「うーん・・・。今日はいいかな。でも夏なら余裕かも。汗で流れ出て行きそうだし」
理屈は分からないが、心咲がアイスも好きと言うのは良く分かった。ここまでの会話の中で、食べるのが好きで特に甘味に目が無いと話していたが、ここまで目が無くなる様を見せつけられるともはや感服するしかない。
数分ほどショーケースの前で悩んでいたが、ゆかりはやはりラムレーズンを、心咲はラブストラックチーズケーキを選んだ。
「あれ?イチゴじゃないの?」
散々イチゴ好きを主張しておいて別の物に飛び付かれると、自分だけ取り残されたかのような気持ちになった。
「ふふふ。主も甘いな。これイチゴのチーズケーキアイスなんだよね」
「おお!さすがイチゴホリック」
注文をすると、手際の良い店員がアイスをこさえてくれた。コーンに乗った魅惑の甘味。心奪われる絶対的なそれを手に客席に付くと、我先にアイスにかぶりついたのはゆかりだった。
「いただきまーす」
小さな口でかぶりつと、ミルキーでありながらも強いラムレーズンの風味が広がった。いつもと変わらぬ味に安心感を覚えながらも欲求が満たされて行く。ラムレーズンの風味と共に全身に沁み渡るようで、この選択に間違いが無かったと確信するのだった。心咲も自分のアイスを既に食べ始めていたが、ゆかりの愉悦に溢れる顔に見とれていた。
「ラムレーズンそんなに好き?」
「好き♪」
「一口食べさせて。ゆかりさんの幸せそうな顔みてたら私も食べたくなっちゃった」
自分の食べる分が減ってしまうのに少し気が引けたが、心咲のささやかなお願いくらい聞かなければ仕方が無い。ゆかりはアイスを差し出すと、心咲はそのままかぶりついた。同時に彼女の手からもアイスが出てきたので、そのままかぶりついた。ゆかりは一口かじっただけなのに衝撃を受けた。ラムレーズンでまったりとしていた味覚には、正に晴天の霹靂であった。
「なにこれ・・・結構酸っぱいね。けど色々入ってる具のお陰で物凄く賑やか」
「でしょ?面白いよね、このアイス」
「うん。アメリカ人なんかが好きそうな」
ベリーの酸味がゆかりの舌を刺激したが、アイスの中にはチョコレートリボンを始め、チーズケーキの欠片が味や歯ごたえを変質させる。今まで知っている味しか口にしなかったからこそ、この味に驚くばかりであった。それでも手元にあるラムレーズンが彼女を呼んでいるように思えて来て再び口にする。ゆかりが平静を取り戻すにはさして時間は掛からなかった。
「ああ・・・やっぱりラムレーズンだわ」
「期間限定なんだから、たまには冒険しないと」
心咲は溜息を吐きながら頭の固いゆかりに呆れた調子で言った。
「でも自分の原点って味が無いと、冒険しててもどこに帰れば良いのかわからなくなっちゃうよ」
アイスを食べながら、ゆかりを部活の助っ人として派遣先のスケジュールを確認していた。フットサル同好会に入ってからのゆかりの活躍はあっという間に広がり、噂を聞き付け心咲に助っ人依頼が舞い込むようになっていた。ゆかりを勧誘した経緯や彼女自身お人好しという性格が災いし、マネージャーとして日程管理し始めるハメとなってしまった。広げた自分のスケジュール帳にゆかりの予定も書き込むようになっている。二人が出会ってからまだ二カ月しか経っていなかったが、こんなに仲が良いのはこの関係があったからだった。
「春休みだし、部活自体も休みだからそこまで忙しくないけど、明日はテニス部でテニスコートに九時集合で午前中だけの練習。明後日は午後一時からサッカー部で夕方四時まで」
「何するかは聞いてないの?」
「うん。その日によって予定が変わるからはっきりとは言ってもらえなかった。テニスはサービスショットを返す練習するみたい。サッカーはキーパーと一対一でPK戦の練習だって。これならうちらの内容とあんまり変わらないからちょうどいいね」
「いやいや。玉の大きさが違うでしょ。それにしてもずいぶんと予定が入ったけど、あんまり他の部に顔出してると、早良くんに怒られそうだね」
「そうだね。さっきはごめんね。ちゃんと庇ってあげられなくて」
つばさのお陰で難は逃れたものの、管理者として心咲は酷く申し訳なさそうに言う。
「ああ。別に気にしてないからいいけど」
それはゆかりの素直な感想だった。だがそれ以上に気がかりな事があった。
「ところであの二人ってデキてるの?」
うら若き乙女にはこちらの方が問題だった。ましてや会内の素性など全く分からないからこそ興味津津だった。
「どうなんだろう。周りは憶測で付き合ってるって話してるけど、本人たちは幼なじみだから仲が良いだけで、それ以上は無いって言ってたよ」
ゆかりは驚きはしたが、同時にすっきりと腑に落ちた。確かに仲が良いとは思ってはいたが、幼少期から付き合いがあったのであれば通りで仲が良いはずだ。
「あそこまで仲が良いと付き合っているって思う以外無くなっちゃうよ」
部内では助っ人という立場で半ば外部の人間と変わらない。興味があってもそこまで首を突っ込めた義理ではなかったからこそ、心咲には本心をぶつけたかった。
「でもあれじゃあ・・・新しく彼女ができたらその子が大変になりそう」
「え!なんで?」
ゆかりの勘繰りに心咲はいやに高い反応を示した。
「なんでって。幼なじみでも彼の周りに女がいるっていうのは、恋人にとっては気が気じゃないでしょ?そう思わない」
「うーん・・・私は良いと思うけど」
煽りたててくるゆかりに対して、一切の動揺を見せず我が道を行く様は、部内にて先輩からトーテムポールとあだ名されるほどの安定感があった。
「彼を一人の女だけで縛るのは、独占欲が強いみたいで嫌かも」
「ほほぉ。早良くんを縛りたくないと申すか」
「えええっ!なんでそうなるかなぁ」
心咲は困惑して見せたが、ぎこちなさを隠せずにいた。彼女が大智に想いを寄せているのはゆかりだけではなく、部内の一部の人間を除いて大体分かっていた。
「心咲ちゃん、すっとぼけ方が古い。それにしょっちゅう早良くんに目が行くのも知ってるんだから」
部活の時は大概一緒にいるからこそ、よく彼女を観察していたのだった。
「いや、私は別にそんな・・・。それに知っての通り幼なじみの二人は仲が良いから、本当は付き合ってるんだよ」
「だから私に入り込む余地が無いから見ているだけと申すのか!」
「あああ・・・」
心咲は頭を抱え顔を伏した。手の届かない壁を前に手を伸ばしているだけで満足をしていたが、無理矢理手を届かせようとするおせっかいな助っ人のせいで心がかき乱されていた。
「ハードルは高いけど、高いからこそ挑んでいくべきじゃない?私も応援するから!」
その言葉は心咲にとても甘美だった。今まで築き上げてきた壁がとろけるように無くなっていったのだ。
「・・・誰にも言わないでよ?」
会員の九割が認知しているので、今更言いふらしてもそれは言った事にはなるのだろうか。ふとしようもない事を思いながら、ゆかりは力強くうなずいた。
「もちろん。だからこそまずは早良くんに告白するしかないでしょう」
恋愛経験も無いくせに世話を焼きたがるのはもはやゆかりの性分としか言いようが無かった。手が届かないと知りながらも、あがいている姿を見過ごす事が出来なかった。
「でもいきなり告白って、ちょっと引かれない?」
「心咲ちゃん、早良くんはあなたを見てないんだよ。だからまずは彼に意識をさせなきゃ。それに桐間さんの幼なじみってアドバンテージはどうにも埋まらないんだよ」
心咲はこの恋愛において相当思い詰めているようだった。ゆかりの恋愛変遷に関わらず、食い入るように話を聞き続けている。
「それに想いを伝えてからが本番。こちらを向いてもらってからもアピールを続けること。だって心咲ちゃん可愛いんだもん。私が付き会いたいくらいだよ」
と軽い気持ちで言ってはみたが、言われた本人は顔を赤くして坐っている椅子ごとたじろいだ。
「ゆかりさん、いくらなんでも女の子同士はダメだよ!」
「ちぇっ。フラれちゃった」
唇の先を尖らせて冗談っぽく言ってみた。
「ちょっと!恋愛相談している人の前でフラられたとか言わないでよ」
肩を落として大きくため息をつくと、ゆかりは手を伸ばして心咲の手をがっしりと掴んだ。
「じゃあ付き合っちゃう?」
「おい・・・」
二人は目が合うと、なんだかおかしくてくすくすと笑い始めた。
その後二人はいつものように別れ、ゆかりは助っ人部員として予定通り日程をこなしていた。数日後フット同好会の練習に参加した時、どういうわけか雰囲気がおかしい事に気が付いた。周りの会員たちもそうだが、特に変だったのが心咲だった。
【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん! THE PHANSY #2【二次小説】
1.蹴球少女は助っ人部員 後編
本作は私が投稿した小説怪盗ゆかりんの前日譚にあたる作品で、
主人公が怪盗になる経緯を描いた物となります。
前後編の同時投稿は難しい。
送信エラーで入力したデータが吹っ飛んでしまった為、
これが二度目の作業です・・・orz
妥協しなかった結果がこれだよ!
先日ご本家様の新作動画打ち上げ会(ニコ生)の末席にてこっそり参加させていただきました。
作品に触れていただき嬉しい限りです。
この場を借りて御礼申し上げます。
作品に対する感想などを頂けると嬉しいです。
2.悩める少女の恋愛相談 前編
http://piapro.jp/t/rmSQ
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※※ 原作情報 ※※
原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893
作詞・作曲:nami13th(親方P)
イラスト:宵月秦
動画:キマシタワーP
ご本家様のゆかりんシリーズが絶賛公開中!
【IA 結月ゆかり】探偵★IAちゃん VS 怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風MV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23234903
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【※※ 注意 ※※】
当作品は動画「怪盗☆ゆかりん!」を原作とする二次小説作品です。
ご本家様とは関係ありませんので、制作者様への直接の問い合わせ、動画へのコメントはおやめ下さい。
著者が恥か死してしまいます。
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みけねこ。
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こんにちは。たがーるさんのゆかりんをまた読めるのが嬉しくニヤニヤしております、MIKECATです。
ブログの方を拝見させていただきました。
この続きはブログの方に書かれている経緯を踏まえながら読ませていただきます。
感想は最終話の後で書かせていただきます。
2014/04/12 18:13:11