朝、目を覚まして窓のカーテンを開けると、外の景色に自分とは違う視線があることに気づいた。向かいの建物の窓に映る私の部屋のシルエットに、まるで別の誰かが住んでいるような錯覚を覚えたのだ。自分の生活の断片が、知らぬうちに外の世界で小さな物語を生み出していることに気づく瞬間が、日常には潜んでいる。
窓の外の光の角度で、自分の机の影が微妙に変化し、植物の葉の影も揺れる。そこに映るもう一人の自分は、普段の私は気づかない姿をしている。朝の慌ただしさやメールの通知、SNSの更新に追われている私とは別に、静かに部屋を眺め、考え、存在している「自分」がいるかのようだ。その視線は、誰も見ていないはずの物語を、確かに紡いでいるように感じられた。
考えてみると、私たちは日常の中で見えない「もう一人」に囲まれて生きているのかもしれない。窓越しに映る自分の影、歩道の反射に映る通行人の影、カフェのテーブルに落ちる光の筋。誰もが気づかない小さな世界で、自分の存在が微妙に変化し、また別の誰かの目に届いているのだ。この連鎖の中で、私たちの物語は予想もしない形で展開していく。
そして面白いのは、その「もう一人」の存在に気づいた瞬間、日常の見え方が一変することだ。朝食のトーストも、机の上のペンも、ただの物ではなく、物語の登場人物のように感じられる。カップ一つ、影一つでさえも、私の創造力を刺激する舞台装置になる。日常は変わらず流れているのに、視点を少しずらすだけで世界は未知の物語で満たされるのだ。
この感覚は、音楽やイラスト、文章を創作する上でも応用できる。些細な光景や影、目に見えない存在感を意識することで、作品に独特の奥行きや魅力を加えることができる。誰も気づかない日常の瞬間が、作品の核になる。窓の向こうのもう一人は、私にそう教えてくれた。
目の前の世界は単なる現実ではなく、無限の物語を潜ませた舞台なのだと、改めて感じた朝だった。今日も私は、このもう一人の視線に少しだけ意識を傾けながら、日常を新しい物語で満たしていく。
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