ある時代の、ある場所に、一つの病院がありました。
戦争により土地は荒れ果て、蔓延する疫病。治癒する術は未だ見つかっておらず、その病に冒された者は皆、そこで一生を過ごす事になっていたのです。


そして、私もその内の一人。


他に誰もいない個室で、毎日ベッドの上。たまに来る看護師さんは、医療機器を少し調整したら戻っていく。
ママは小さい頃に同じ病気で亡くなってしまい、今私の家族はパパしかいない。でもパパも仕事が忙しいから、夜にちょっと顔を見せるだけ。そしてお決まりの『いつか良くなるよ』という一言を残して帰ってしまう。


一人は寂しいよ。誰でもいいからお話したいよ。


――――そうだ。


パパがこっちに来られないなら、私がそっちに行けばいい。
確か仕事場はそう遠くなかったはず。


私は体に取り付けられた管を外し、ベッドを降りた。


「――っ…!」


その途端、酷い目眩と吐き気に襲われる。


苦しい。……でも、ちゃんと立てる。


自分の足だけで歩くのなんて、何年振りだろう。その小さな喜びにクスッと笑みを零し、私は病院を抜け出した。



 ◇  ◇  ◇ 



パパの仕事場を見るのは初めてで、辿り着くと思わず息を呑んでしまった。


物々しい雰囲気。入り口には男の人が恐い顔をして立っている。


正直、あまり近付きたくない。


私は離れた所から外側を回ってみる事にした。


「人が沢山いる…」


老若男女、様々な人が数えきれないほど外に出ている。見たところ全員が一様に同じ服を来て、全員が一様に生気の無い目をしていた。


確か彼らはここの“囚人”で、疫病を治癒する方法を探す為、被験者になってもらっていると聞いた事がある。そしてその周囲にいるのが、彼らを見張る“看守”という人達だ。パパもその仕事をしているのだけど、どうやらここにはいないみたい。きっと中の方にいるのだろう。


そうだとしたら、会いに行くのは難しいかも。


そんな事を考えつつ、建物の裏側にまで行くと…………


「…………え……?」


最初は見間違いかと思った。


しかし近付いていくに連れ、その輪郭が明確になる。


濁りの無い透き通った瞳。
一本結いにした金色の髪。
袖から覗く腕は痣だらけで、とても痛々しい。


ゴーン……ゴーン……。


すると鐘の低い音が鳴り響き、その“少年”は慌てたように後ろを向いた。


このままあっちへ行ってしまうのだろうか。


そう思った時、彼が不意に振り返ってくれた。


私は微笑んで右手を軽く振る。


また会えますように。


そう祈りを込め、彼の背中を見届けた。



 ◇  ◇  ◇



病院に戻り、何事も無かったかのようにベッドの中へ入る。


「…………」


いつもならそれだけで眠気が襲ってくるはずなのに、今日は中々それがやってこない。


どうしてだろう。


胸の動悸が指先にまで響いてくる。
あの子の顔がずっと頭に浮かんでくる。


明日もまた、あそこへ行ってみようかな。


「ふふ……ふふふっ……」


気が付くと、私の心は貴方の事で一杯になっていた。



 ◇  ◇  ◇



次の日。
私は看護師さんが病室から出ると同時に、上半身を起こした。


ベッドから降りて靴を掃き、お気に入りの帽子を被る。一応ドアの外に人がいないか確認すると、あまり足音を立てないように病院を後にした。


「……はっ…はっ…」


少しでも早く会いたい。


気が急いたあまり、歩きが駆け足へと変わる。


しかし私の虚弱な体では、それが逆に災いした。


「……はっ…! はぁ…っ!」


息が乱れ、胸が苦しくなる。がくがくと震える両足は、もう歩く事さえままならない。


これじゃあ貴方に会えないよ……。


「……はぁ……はぁ……」


立ち止まり、息を整えるよう深呼吸を繰り返す。まだ足の震えは止まらないけど、さっきよりはだいぶ良い。私はゆっくりと一歩を踏み出した。


そうして小さく一歩ずつ、一歩ずつと歩を進めていく。


ようやく辿り着いた頃には、空が紅く染まっていた。


「……会いたかったな」


あの少年は見当たらない。


もしかしたら昨日の事はただの偶然だったのかもしれない。だって彼がいつもここに来ているとは限らないのだから。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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紙飛行機  ~PartⅠ~

囚人Pさんの『紙飛行機』を小説にさせていただきました。
これも少なからず妄想が入り交じっていますので悪しからずm(__)m

<リンク>
<a href="http://piapro.jp/t/eF3P">囚人P【鏡音リン】  紙飛行機 カラオケ</a>

閲覧数:185

投稿日:2011/11/29 21:01:58

文字数:1,820文字

カテゴリ:小説

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