隣に住む花城さんは成績はトップクラスで、背が高くて、びっくりするような美人だ。
 一言で言うと完璧な人間。それなのに。
 玄関を開けると今日も花城さんが僕を出迎えた。
「おはよう、漣君。一緒に登校しましょ?」
 毎日これだ。完璧な花城さんがどうして僕になんか執着するのか分からない。僕は背も高くないし、成績も中の下だ。僕なんかが彼女にふさわしいわけがないし、第一こんな完璧な彼女と一緒に歩いているのを見られたら周りからなんて言われるか分からない。
「ごめん」
 だから今日も僕は走って花城さんから逃げ出した。毎朝走って登校するせいでマラソンの成績だけはちょっと上がったのが少し悔しい。振り返ると花城さんが小さくため息をついて歩き始めるのが見えた。

 隣に住む漣君は本当にかわいい。目はくりくりで小動物みたいで、つい抱きしめたくなる。
 でもそれだけじゃないのを私は知っている。幼い頃、いじめっこにいじめられて泣いている私の前に颯爽と現れてくれたのが漣君だ。結局漣君もいじめられて泣いてしまったけれど、それ以来彼は私のヒーローだった。
 といっても漣君は覚えてないみたいだけど。
 だから私はそれ以来ずっと漣君にアプローチし続けている。小学校でも中学校でも、高校生になっても。
 だからこうして毎朝迎えに行くのに、中学生になったころから一緒に登校するのを断られるようになってしまった。今日も漣君に逃げられてしまったから、私はため息をついて一人で学校に向かった。
 学校で下駄箱を開くとまたラブレターが入っていた。私が欲しいのはこれじゃないのに。私はまたため息をつくとそのラブレターを無造作に鞄に放り入れた。

 今日も玄関のドアを開けると花城さんが待っていた。
「漣君、一緒に」
「ごめん」
 僕はいつもの通り走り出そうとしたけれど、今日はちょっとの差で上着を掴まれてしまった。花城さんに顔を覗き込まれて僕はつい目をそらしてしまう。
「どうして私と登校してくれないの?」
 花城さんがちょっと怒ったように言った。だから焦った僕は思わず本音で答えてしまった。
「き、君が完璧だから」
「完璧?」
「う、うん」
「あっそう」
 今日の花城さんは不思議とあっさりと引き下がった。花城さんが僕を置いて歩き始めたから、花城さんが歩く少し後ろを僕も遅れて歩いていく。花城さんの肩は思ったより小さかった。
 そしてその日以来花城さんは玄関前に迎えに来なくなった。僕はしばらくの間平穏だけどどこか物足りない毎朝を迎えることになった。
 そんなある日の夜、とうとう母さんにまで聞かれてしまった。
「喧嘩してるの?」
「別に、そういうわけじゃないけど」
「でも毎日来てたのにね」
「どうでもいいでしょ、放っておいてよ」
「どうでもよくないわよ。大事な幼馴染じゃない。あ、そうだ」
 そう言って母さんはラップに包まれた皿を指さした。
「花城さんの家、今日は両親が不在らしいの。これ持っていってあげて。ついでにゆっくり話してきなさいな」
 こうなった時の母さんは僕の話なんか聞いてくれない。僕はむりやり皿を持たされて、数メートル先の花城さんの家のインターフォンを押した。
「花城さん、僕だけど」
 僕の声を聞いた花城さんは黙ったまま玄関を開けた。
「何?」
 いつもと違う冷たい反応に僕は少しどきどきしてしまう。それでも僕は自分の役割を果たすため花城さんに皿を差し出した。
「これ、母さんが」
 花城さんが黙ったまま僕が手に持った皿を眺めた。僕は勇気を振り絞って言った。
「少し、話していいかな」
 少しの間沈黙が流れた。それから花城さんが玄関に僕を招き入れた。
「いいよ、入って」
 それから僕は花城さんの部屋に通された。彼女の部屋に入ったのはいつ以来だろう。子供の時は二人の家を行ったり来たりして遊んでいたのに。
「お茶入れてきてあげる」
 一人部屋に残されて、良くないとは分かっていたけど僕はついきょろきょろとあたりを見回してしまった。いつの間にかとても女の子らしい部屋になっていて、僕は気が付けば自然と正座をしていた。
「お待たせ」
 そうしているうちに花城さんがお茶を持って帰ってきた。机の上にお茶を置いて向き合う。それでもしばらくは沈黙が続いた。
「話って何?」
 先に口を開いたのは花城さんだった。
「いや、その、特別話すことがあるわけじゃなかったんだけど」
「そう」
 今日の花城さんはやっぱりどこかおかしい。僕がおどおどと花城さんの様子をうかがっているとまた花城さんが口を開いた。
「ねえ」
「はい」
 花城さんが僕のことを睨むみたいにして言う。
「漣君は私のことが嫌いなの?」
「そ、そういうわけじゃ」
 最後は小さい声になってしまった。
「ないんだけど」
「私、そんなに完璧にみえるかな」
「え?だって君は頭もいいし、綺麗だし」
「完璧だからダメなの?」
「えっと」
「私は完璧じゃないよ。失敗もするし」
 そこまで言った途端花城さんの目に涙があふれ始めた。
「恋愛で悩んだりするよ」
 突然の花城さんの涙に僕は頭が真っ白になってしまった。そんな僕を差し置いて花城さんが言葉を続ける。
「漣君は私のこと嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ」
 僕は慌てて言う。
「じゃあ好き?」
「えっと、君は大事な幼馴染で、そんな風に考えたことが無くて」
「今考えて」
「えっと、そういわれると」
 僕は迷いながら答えた。
「好き、かも」
 その瞬間花城さんが笑った。
「なあんだ」
 さっきまでの涙が嘘みたいに花城さんは元気に続けた。
「じゃあいいよね」
 そして花城さんは制服のボタンをはずしはじめた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」
「私のこと好きなんでしょ」
「え、う、うん」
「じゃあ飛び込んでおいでよ」
 そう言って花城さんが僕のブレザーに手をかけた。花城さんのはだけた胸が密着する。それから、僕は、端的に言うと花城さんに襲われた。

 すべてが終わった後ベッドに横たわったまま花城さんが聞いた。
「ねえ、漣君。私のこと好き?」
「ハイ」
「明日から一緒に登校しようね」
 花城さんがにっこり笑う。全部花城さんの手の上で転がされたみたいな気がするけど、なぜか悪い気はしなかった。
「ハイ」
 僕が答えると花城さんはまたにっこり笑って、それから僕のおでこにキスをした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

ワタシヲスコレ

たかはっP様の『ワタシヲスコレ』をノベライズさせていただきました。

君が完璧だから、今日も僕はごめんって言って逃げる。そのはずだったのに。

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▼ノベライズ元の楽曲▼

『ワタシヲスコレ』

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=b7MbEblAA28&feature=youtu.be

ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm36707351
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投稿日:2020/08/08 20:13:07

文字数:2,632文字

カテゴリ:小説

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