2 8年前:10月22日

 あたしは、隣で眠る未来の髪をすく。
 しばらくお風呂にも入っていなかったみたいで、ついさっきあたしと一緒に入ったのが一週間ぶりくらいだったらしい。その一回くらいじゃ髪質は全然戻ってなくて、あたしが羨ましくてたまらなかったサラサラツヤツヤのストレートだったはずのそれは、今すいてみるとその痛み具合を改めて思い知らされる。
 大まかな事情は、未来本人と、海斗さんから聞いた。
 この前の学園祭直前に出会った、大学生の海斗さんに未来は一目惚れしたのだ。
 それ自体はあたしも知っている。挙動不審だった未来を問い詰めて、直接聞き出したからだ。本人の知らないところで隠れファンを量産していた未来に憧れの男性ができたなんて、高校内じゃ一大ニュースだった。
 あたしも海斗さんと話をしたけれど……まぁ、少しどうかと思ったことはあったけれど、確かに誠実そうな人だった。とはいえ、未来は奥手だから時間かかるだろうとも思っていた。まさかたった数日で付き合いだすなんて、あたしも想像していなかった。
 けれど、海斗さんと付き合い始めて一週間くらいたった頃に、両親に発覚。それだけならなんてことないはずだったのに、未来のパパさんとママさんは、付き合うだけで大反対だったらしい。
 それに耐えられなかった未来は、家出した。
 未来は、家出してから海斗さんのところに転がり込んだわけだけれど、そのままでいられるはずもなかった。
 未来は家出した翌日には家に連れ戻され、激怒したパパさんに外出禁止を言い渡され、学校にも来なくなってしまった。
 その間にあたしはここを離れなきゃいけなくなったという海斗さんと話をして、この日、二人の間を取り持つためにここにやってきたのだ。
「未来……」
 泣きつかれて眠ってしまった未来は、無防備な、あどけない表情をしている。
『引き返そう。この先に居場所はない』
「……?」
『……自分がなにしたかわかってないの?』
「……」
 “彼女”の声が、低く囁く。
 それは、あたしの隣にいる未来には聞こえない。その声が響くのは、あたしの心の中だけだ。
 ひどく冷静で、ひどく冷たい“彼女”の声。
『自分の望みに、終止符を打ったのよ?』
「望み?」
 知らず、声が出ていた。
『この子は、未来は別の男のものになる。それなのに貴女――あたしは、その男の手助けになるようなことしかしてない』
「でも……それが未来のためじゃない」
 そのあたし自身の言葉が、“彼女”が暗に提示した事実を認めてしまっていたことに、この時は気づかなかった。
『この子のことより、自分のことを心配しなさいよ。大事にすべきなのは、他人じゃなくて自分でしょ』
 ……やめて。
 ぎゅっと唇を引き結んで、声を無視しようとする。けれど、そんなの無理だ。これは、これはどうしようもないくらいにあたしの本心を代弁しているのだから。
 眠る未来を――眠るシンデレラを見て、あたしは泣きそうになる。
『貴女の気持ちなんて言うまでもないわ。その気持ちがあったからこうやって、彼女のためを思ってやったんでしょ。でも、海斗さんがいなくなった今、本当にやるべきだったのはこれじゃなかった。わかってるでしょ?』
 やめて。
 あたしの……あたしの本心に寄り添いすぎる“彼女”の声を、かき消して。お願い、未来。
 あたしがこの誘惑の声に耐えられるうちに。
 髪をすいていた指先で、未来のほほをなでる。
 目を覚まして「メグ、どうしたの?」と言ってほしい。……いや、このまま目を覚まさないで、泣きそうなあたしに気づかないでいてほしい。
 ……未来の家庭環境は知っている。けれど彼女には、あたしの家庭環境を話したことはない。
 あたしからすれば、未来の家庭ですら喉から手が出るほど欲しくてたまらなかったものだと知ったら、未来はなんと思うだろう。
 ……言えない。
 あたし自身のことなんて、未来には話せない。少なくとも……今は。
 あたしのことを話してしまえば、未来は……いい子すぎるから、必要以上にあたしのことをかわいそうだなんて思うだろう。
 あたしが欲しいのは憐れみじゃない。あたしが未来からもらいたいのは、憐れみじゃなくて――。
 そう。
 きっと。きっと――。
 ――愛、だったんだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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私とジュリエット  2  ※二次創作

第2話

「ロミオとシンデレラ」第10章直後、愛視点になります。

第1話とこの第2話でなんとなく察した方もいらっしゃるとは思いますが、いわゆる性的少数者と呼ばれる方々についての描写があります。苦手な方はご注意ください。

とはいえ……耽美とか言われるような内容は私にはハイレベルすぎるので、どちらかと言えばそれによる苦悩とかにウェイトが傾いていますが。
……相変わらず自己内省型の話になってしまっているのは、我ながらワンパターンのような気も。

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投稿日:2017/08/30 00:16:37

文字数:1,780文字

カテゴリ:小説

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