第九章 陰謀 パート6

 天嶮ザルツブルグ。
 後の世に出会いの町ザルツブルグという肩書で呼ばれることになる、温泉が名物であるその町にグミが活動拠点を置いてから既に二週間程度の時間が経過していた。すぐに黄の国へと侵入しなかった理由は二つ。一つは情報収集、もう一つはメイコに反旗を翻させるための戦略を練るためであった。カイト王に急かされる様に青の国の王宮を飛び出してきたはいいが、無策のままで黄の国の王宮に乗り込むほど浅い思考の持ち主ではない。己を知り、敵を知れば百戦危うからず、という故事を思い起こしながらグミが手掛けたものはメイコに関する情報収集であった。カイト王からは青の国の情報網を好きに使用して良いと言う許可が下りているから、メイコの経歴と人柄を把握するのにはそれほどの時間はかからなかった。ただ、話を聞く限り相当出来た人物である、という結論に至ったグミはそこでもう一度思案することになったのである。
 簡単な誘い文句で反乱を起こす人物ではないわ。
 それがグミの結論であった。そうして冷静にメイコと言う人物を考察してゆくと、逆に疑問と興味を覚える。なぜメイコが緑の国の虐殺に加担したのか。そして、なぜメイコが軍を引退したのか。その本当の理由はおそらく、今用意されている情報の中には存在しない。青の国の情報部は間違いなくミルドガルド大陸一優秀であることはグミには良く理解できてはいたものの、それでも掴み切れない情報もあるのだろう、と考えてからグミはさて、どうするか、と考えた。反乱さえ起こすことが出来れば他にグミがやらなければならないことはない。青の国の正規軍と挟み打ちの格好になる黄の国は瞬時に滅亡することになるだろうから。その為には、もう少し情報が欲しいわ、とグミは考えた。同時に右頭の端に片頭痛を覚える。ずっと思考を繰り広げていると何故か片頭痛を起こす癖はグミが生まれてからの持病のようなものだった。健康上問題がある様な痛みではないが、脳が疲労している一つのシグナルとしてグミは捕えていた。少し、休憩しよう。そう考えたグミは今宿舎としている温泉宿の一室から廊下に出ると宿の玄関へと向かい、そのまま外に向かって歩き出した。高地に位置するザルツブルグは平地よりも冬の訪れが早い。早くも北風が吹き始めたザルツブルグの狭苦しい町中を歩きながら、グミは行きつけとなっている食堂へと向かって歩き出した。ザルツブルグの中央に位置する、ザルツブルグで一番大きな食堂の扉を開けようとグミがドアノブに向かって手を伸ばした時、見知らぬ他人の手に触れた。どうやら同じタイミングで手を伸ばしてしまったようである。
 「これは、失礼致しました。」
 その場にいたのは、見知らぬ男性であった。傭兵なのか、立派な体格をした剣士である。
 「こちらこそ。」
 グミはそう言って一歩下がった。割と良い男ね、とグミは考えながらその男性にドアノブを譲る。その男性はまるで騎士の様に礼儀正しく一礼をすると、扉を開き、グミに向かってそう言った。
 「レディ、どうぞ、お先に。」
 慇懃にそう言われればグミとしても悪い気はしない。
 「ありがとう。」
 少し鼻が高くなるような気分を感じながらグミが食堂へと入室した時、その男性に向かって背後から声がかけられた。別の男性の声色である。
 「アレク隊長、関所を通過するにはもうしばらくかかりそうです。」
 「そうか。上手くいくといいが。」
 アレク。その名はグミも耳にしたことがあった。黄の国精鋭の赤騎士団現隊長であり、緑の国との戦争では王宮に一番乗りを果たした歴戦の騎士。なにより、メイコに一番近い人物。この男ならメイコについてもっと深い情報を持ち合わせているかもしれない。まさか、そんな偶然が、とは思いながらも、グミは思わずアレクに向き直ると、こう告げた。
 「もしや、赤騎士団隊長のアレク殿でいらっしゃいますでしょうか。」
 グミがそう告げた時、アレクは少し驚いたように目を見開いてから、こう言った。
 「よくご存じでいらっしゃいますね。貴殿は?」
 一瞬、緊迫した空気が流れる。何かを警戒しているのだろう、と判断したグミはアレクに向かってこう言った。
 「私は緑の国の魔術師グミ。最も、今は青の国の食客ですが。とある事情があり、こうしてザルツブルグで活動しております。」
 「グミ殿・・?」
 アレクは呟くようにそう告げると、何かを思い出す様に暫くの間沈黙した。やがて、得心したかのように軽く手を叩いた後に、アレクはこう告げた。
 「緑の国の魔道士殿。お噂は耳にしております。ルカ殿に匹敵する魔力の持ち主とか。先だっては我が黄の国の横暴、誠に申し訳ありませんでした。」
 その言葉に妙な誠意を感じたグミは何か拍子抜けするような気分に陥った。まさかこの場で先だっての戦争に関する謝罪の言葉を耳にするとは考えていなかったのである。一体、アレクに何があったのだろうか。グミがその点に興味を持った次の瞬間に、グミは言葉を述べていた。
 「アレク殿、宜しければご一緒に食事でもいかがでしょうか。」
 その言葉に対してアレクは、冷静にこう告げた。
 「この様な美女からのお誘いをお断りする理由はありませんね。勿論、ご一緒させて頂きます。」
 どうやら女性の扱いも完璧らしい、とグミは考えながらアレクに向かって笑顔を見せると、そのまま食堂へと入室した。給仕に訪れたウェイターに向かって、三人分の席を用意させる。アレクと、そしてその後から入室した若い男性の分を計算に入れたのである。席が用意されたのはそれから数分後のことであった。密談をするには個室が一番だと考えたのである。見知らぬ男性と個室に籠ることは、普通の女性なら警戒するところだろうが、グミにはその様な発想がない。男女問わず、大抵の人間はグミの魔力の前には無力だと十分に認識していたためであった。
 席に着くと、グミは暫くの間雑談を楽しむことにした。突然本題に入っても警戒されるだけだろう、程度の知識はグミにもある。それは向かい合って座るアレクも同様であっただろう。とりあえず改めての自己紹介を済ませ、先程アレクに声をかけた若い騎士がシルバという名前だと確認したグミは、アレクとシルバに向かってこう告げた。
 「ザルツブルグは初めて?」
 それに対し、アレクが代表して答える。
 「私は以前、一度だけ。シルバは初めてです。」
 「なら、お勧めの料理があるわ。」
 「それでは、注文はお任せ致します。」
 流石に二週間も一つの箇所に居座り続けていると町の特産も分かって来る。アレクの言葉に従ってグミが注文を済ませ、さて何の話をしようかとグミが思案した時に話を切り出したのはアレクであった。ただ、アレクも核心を突くような会話をすぐにするつもりはないらしい。訊ねて来たのはザルツブルグの特産や、お勧めの温泉など、観光に関することであった。それに対して、グミはこの二週間で手に入れた知識を披露しながら会話を続けてゆく。その無駄とも思える会話は全ての料理が提供された後、料理皿が綺麗に平らげられるまで続いた。そろそろ、警戒心も溶けている頃だろう、と判断したグミが話を切り出そうと思った瞬間に、声を出したのはまたしてもアレクである。どうも、ペースが狂う。グミは思わずそう考えた。アレクは相当の知恵者ではないだろうか、とグミが感じたのはこの瞬間であった。そのアレクの言葉はこの様な内容である。
 「しかし、グミ殿はどうしてザルツブルグに。」
 どうしようか、とグミは僅かに考えた。もう正しく目的を伝えてもいいかもしれない。しかし、彼らがザルツブルグを訪れた理由が明確にならない限り、こちらから本心を告げるのは危険だと考えたグミは、少し婉曲にこう言い返した。
 「青の国のカイト王の直々の指令で訪れているのです。」
 グミがそう告げた時、アレクは喜色に満ちた声でこう言った。
 「それは丁度良かった。実は我々は青の国へと亡命するつもりだったのです。」
 その言葉はグミが全く予想していない言葉であった。赤騎士団現隊長が亡命を希望しているという事態は俄かに信じられる話ではなかったのである。どう返答したらいいのだろう、と考えたグミに向かって、アレクは更に言葉を続けた。
 「警戒は不要です、グミ殿。我々はリン女王が命令を下した民からの略奪を良しとせず、王宮を脱出してきたのです。もう民に苦痛を与えることは、こりごりですから。」
 その瞳は嘘を言っているようにはとても思えない。カイト王ならばもう少し深読みしただろうその言葉に、グミは素直に頷いた。幼すぎる欠点が、今回は長所となったのである。アレクにならば、計画の全てを伝えることが出来る、と判断したグミは少し興奮しながら口を開いた。
 「ならば、私の計画に参加して頂けませんか?」
 「計画、とは?」
 「黄の国のリン女王を打倒する。それがカイト王の望みです。」
 そのグミの言葉に、アレクは面白そうに瞳を細めた。聞く気があるらしい、と考えたグミは更に言葉を続ける。
 「黄の国のリン女王を打倒することで、黄の国の民衆を救うのです。その為に、私はザルツブルグで活動しておりました。」
 「具体的には?」
 「黄の国で反乱を誘発させます。その為に、メイコ殿とのコンタクトを取る必要があります。その反乱と同時に、青の国が黄の国へと侵攻するのです。」
 グミがそう告げた時、アレクは面白そうに微笑んだ。まるで、幼い子供の探検計画を面白がって聞く親の様に。そのアレクの態度に少し馬鹿にされている様な気分を感じたグミではあったが、直後のアレクの言葉に表情を一気に上気させることになる。
 「分かりました、グミ殿。私もその作戦に参加させて頂きましょう。」
 逃げ回るよりも、戦う方が性に合っている、とアレクは考えたのである。それに、理由はともあれ反乱にはメイコ隊長の力が必要だということだ。もう一度、メイコ隊長と肩を並べて戦うことが出来る。それはアレクにとってどうしようもないほどの魅力的な条件であった。青の国へと亡命するにあたって、唯一の懸念点がこれで解決する。そう考えてアレクはグミの粗いが、若さに溢れる計画に賛成することにしたのであった。
 そしてこのアレクとグミの出会いが今後のミルドガルド大陸の政変へと直結する事態となったのである。この功績をたたえ、後の世の人間はこう評価したのであった。
 即ち、出会いの町ザルツブルグ、と。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン50 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「第五十弾だよ!!」
満「うわ・・とうとうここまで来たか。」
みのり「物語に歯止めが利きませんw」
満「ということで折角逃げたアレクはすぐに黄の国へと戻ることになる。」
みのり「というか、グミと協力させるために逃がしたんだよね。」
満「それは裏話。」
みのり「あ、ごめん。」
満「ちなみに出会いの町と言っているが、別にアレクとグミが恋仲になることはない予定だ。」
みのり「出会い系サイトじゃないんだから・・。」
満「どちらかというと、三国志の『桃園の誓い』に似たニュアンスで使用しているからな。」
みのり「そうだね。アレクはメイコ一筋だもんね。」
満「ま、とりあえず次の投稿に期待してみてくれ。」
みのり「そうだね!宜しく☆」

閲覧数:275

投稿日:2010/05/02 19:47:36

文字数:4,312文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    グミちゃんがでてるという事で
    テンションが上がってます^^

    アレクさんは
    メイコさんが大好きなんですね、わかります←
    紗央も大好きでs((殴

    出会いの町ザルツブルグが出会いの町ザブングルに
    見えたなんて言えない・・

    2010/05/02 20:05:44

    • レイジ

      レイジ

      グミは大活躍です☆
      なんでか知らないけど凄く書きやすい・・。

      そしてアレクはボカロキャラを凌ぐ活躍ぶりを・・。
      これでいいのか!?

      お笑いコンビww
      ちなみにザルツブルグは実在する町ですよ^^;
      オーストリアにある街です。
      でもこの作品とは関係ありません。。。名前の響きがいいので登場してもらってるだけです^^;

      それでは次回もお願いします☆

      2010/05/02 20:22:08

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