5 現在:1日目夜
脱衣場から外に出ると、湯気の向こうに圧巻の情景が待ち受けていた。
「ホントだ。きれー……」
「でしょ?」
ちょっと自慢げな未来の言葉も、あんまり耳に入らない。
家族風呂は檜風呂で、小ぢんまりしているとはいえ、二、三人くらいならゆったり入れる大きさだ。上から楓の木も葉を繁らせていて、すごく雰囲気がいい。
そして、その外の光景だ。
楓の向こうの眼下には、市街地の明かりがまたたいている。夜景というと“宝石をちりばめたみたい”なんていう、よくある表現があるけれど、この夜景を見てしまったらその言葉をくだらない、なんてバカにするのは難しい。
遠くまで続く明かりの途切れた先は別府湾か。別府湾には、こんな遅い時間でも船舶の明かりがチラチラと見える。
そして振り仰いだ夜空には、これでもかって言うくらいの満天の星。
吸い込まれそうなほどの深淵と、星や建物の明かり。都会の夜とは全く違う眼前の光景は、まるで別世界を垣間見ているんじゃないかとさえ錯覚してしまいそうなほど。
……これなら勧めたくなるのもわかるわ。
「今日は雲も無かったからねー。いつもより星空がキレイ」
「へぇー。……じゃ、運がよかったんだ」
「そーねー。曇りとか雨だとやっぱり星は見えないし、遠くも見えないもん」
縁に腰かけて脚を湯船にひたす。それだけでもう、ため息が出ちゃうくらいには気持ちいい。
「で――」
振り返って未来を見る。彼女はその華奢な身体をバスタオルで隠していた。
「――未来はいつまでそれつけてるつもりかしら」
「……う。だって、メグってばスタイルいいまんまなんだもん。メグみたいに大きくなってくれたらよかったのに」
「そーゆーのはいいから。早くそのつるつるすべすべもちもちのお肌をあたしに見せなさいー!」
「ちょっと、メグ!」
近寄ってきた未来に手を伸ばし、あたしは抵抗される前にバスタオルを奪う。
「ひゃうぅぅ……」
「ほれほれ。あーいいお肌だわ」
「や、やめてメグ。くすぐった……あ、あははははっ!」
実は、未来はかなりのくすぐったがりだ。一緒にお風呂に入ったこともあるから、あたしはよく知ってる。
そうやってひとしきりふざけあったあと――あたしが未来を堪能しただけ、とも言えるけど――あたしたちは湯船に浸かってぼんやりと外を眺めていた。
「――で、その最高のボディを独り占めしてる海斗さんとはどうなの?」
「なにその言い方ー。しばらくはあんな人知りませーん」
未来はあたしに背を向けると、檜の縁にあごを乗せて、足をパタパタさせる。首筋から肩甲骨、背中からお尻までのラインに目が奪われて仕方ない。
「え。喧嘩中なの?」
「ケンカというか……うーん。まぁ、ケンカかなぁ」
「けん怠期? まさか海斗さんが浮気したとかじゃないでしょ?」
「違う違う! そんなんじゃないってば。でも……その方がまだマシだったかなぁ」
その深いため息に、あたしはぎょっとする。
「え……なにそれ。そんなにヤバイことやらかしたの?」
ここに着いてから、あたしは海斗さんの姿を一度も見ていない。さすがに見た目が変わりすぎて気づかなかったってことはないと思うんだけど。
それにしても……あの、あそこまで海斗さんにベタ惚れだった未来がここまで言うって……。
激太りとか?
と思ったが、全然違った。
「あの人、私にもお義母様にも内緒でFXなんかに手を出してたのよ」
「あー……」
そのセリフに、ただ眉間を押さえるしかない。
それだけで、先の言葉がある程度読めてしまう。
「銀行の人にうまいこと丸め込まれてたみたいでさー。大儲け狙って失敗して……手に終えなくなって、白状するしかなくなってから、やっと打ち明けてきたの」
「あーらら。……それ、平気なの?」
ふるふる、とあたしに背を向けたまま首を横に振る。
「ウチの半年の利益がパア」
「うげ」
金額まではさすがに詮索できないけど……それはかなり致命的なんじゃないだろうか。
浮気の方がマシ、と言いたくなる気持ちもわかる気がした。浮気なら、修羅場になったとしても大金が失われるわけじゃないし。
「もー。ひけらかすみたいになるから言いたくなかったのに、我慢できなかったわ。『私、ここに来るために経済学部で経営学と金融経済学を学んできたんだけど。大学で勉強しただけだけど、それでも私のほうが株式市場には詳しいと思うんだけど』って」
「……まー確かに、それはなんで相談しに来なかったのって言いたくなるわね」
海斗さんは大学を中退しちゃったわけだし、それがなくても、そもそもが物理学専攻だった。未来からしたら門外漢もいいとこだろう。
「去年の改修工事の返済もまだちょっと残ってたんだから……。庭園のとこ、またちょっと変える予定だったし、ロビーのカーペットも新調予定だったのに。……全部先伸ばし」
「……でも、それで済むってことは、経営自体は順調なの?」
「んー。とりあえずは、かな。やっぱり流行に左右されるから、ブームが過ぎたらぱったり客足途絶えたりするし……今はなんとかなってるけど、一ヶ月後は大赤字かもしれないし、難しいところね。って……え、なに?」
未来と話をしてる感じが全然しないなーなんて思ってたら、未来があたしの表情に気づいたらしい。
「いや、なんかちゃんと若女将やってんのねーって。おねーさん感心しちゃったの」
「なにそれ」
未来が笑う。
その笑顔がまぶしかった。
「でも、いろいろ口出せるようになったのは本当に最近なのよ」
「そうなの?」
「やっぱり皆、ずっとここで働いてきて私よりもここのことに詳しいって自負があるからね。私が『これを変えるべきだ』って言っても『これまでこのやり方でやってこれたんだから、変える必要なんかない』っていうのはよくある」
「ここで働き始めてまだ日も浅い小娘にダメ出しされるのが心外だったわけだ」
「その言い方は……まあでも、そんなに外れてはないのかな。いろいろあってお義母様が信頼してくれるようになったから、それでようやく、かな」
「ふうん」
『彼女は進んでるのに、貴女はなにも変わらないままね』
「……っ!」
不意打ちの“彼女”の声に、あたしの身体が強張る。
『未来のことが忘れられなくて、でも引きずってるなんて思わせたくなくて……みっともない』
「……っさいわよ」
「え? メグ、なにか言った?」
「っ! ……んーん。べ、別に」
声に出さないようにと思っていたのに、漏れていたらしい。
未来への言葉ではないのに、そう思われたらと思うと心臓が縮みそうだった。
『……弱虫。今さら海斗さんから奪おうっていう根性もないのに、こうやって会いにきて……』
「……」
やめて。
やめて。
やめてよ!
反論できなくて、あたしは言葉にできないのをごまかすために、口もとまで湯船に沈めた。
海斗さんに本気で嫉妬したのはいつのことだっただろう。
ああ……そうだ。
未来が両親と仲直りして、学校で幸せオーラを撒き散らしながら海斗さんからもらったケータイをいじってた頃。
“あたしの未来”をたった二週間足らずで奪っていった海斗さんに、あたしは猛烈に嫉妬した。
それはたぶん、未来への気持ちを自覚したからこそだ。
それよりも前、大学のベンチで御飯食べてるところを見た時や、イチャイチャしてるのを見た時は、実際のところそこまでじゃなかった。まだ未来への気持ちは友情だと思ってて……だから、嫉妬ではあったけど、それはあくまで友だちをとられたことに対する嫉妬だった。
けれど、この時からは違った。
奪われた、とはっきり意識してしまったのだ。
この、成就しないことがわかっているからこその息苦しさを思い出してしまうと、どうしようもない黒い感情が胸のなかに渦巻く。
湯船の中でこぽこぽと息を漏らしながら、この現実の息苦しさでその感情をごまかそうとする。
いっそのことこのまま窒息してしまえたら、なんてバカなことを考えながら。
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kurogaki
Hello there!! ^-^
I am new to piapro and I would gladly appreciate if you hit the subscribe button on my YouTube channel!
Thank you for supporting me...Introduction
ファントムP
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ぱっぱっぱー ぱっぱっぱぱー
ぱっぱっぱー ぱっぱっぱぱー
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