『緊急要員は至急、Sハンガーに向かえ・・・・・・繰り返す、緊急要員はSハンガーにて待機、ハデスの着艦に備えよ。着艦完了次第、急ぎ格納せよ・・・・・・。』
鋼鉄に包まれた広大な空間では、放送の声が、耳に痛いほどよく聞こえる。
もうすぐ、あの親子が帰ってくる頃だ。
『ハデス着艦完了・・・・・・リフト降下。』
ハンガーの内周通路から、広大な格納庫が見渡せる。
整備クルー達がせわしなく動き回り、二人の帰還に備えている。
そのとき、一定のテンポを持つサイレンが鳴り響き、最後の甲高い音が鳴ると、ハンガーの中央にあるエレベーターから、戦闘機とは明らかに違う、巨大な鉄の塊、クリプトン製二足歩行戦車、通称ハデスが鎮座した姿で降下した。
クルー達がそれに群がる中、落ち着いた足取りで頭部に位置するコックピットに歩みを進める。
その巨体から動力の途絶える音がすると、頭上でコックピットのハッチが解き放たれた。
「やあ。やっぱりだめだったかな?」
最初にコックピットから這い上がった彼女に、そう言葉を投げかける。
赤、というよりは紅色に近い瞳と、見事なドリル状のツインテール。
身長も合間って、外見からすれば普通の少女に見えるかもしれない。
だが実際は、体の九十パーセントが人外のもので構成された合成獣、キメラ。しかも実年齢は今年で三十二歳。
元は身内のない女死刑囚だったが、執行の間際でクリプトン・フューチャーメディカルズとの契約でその身を売り渡し、人体実験の被献体となった。
確か数十という失敗の中、様々な劇薬、そして寄生虫UTAUの注入に耐えられたのは彼女だけだった。
その後彼女はウェポンズの実験部隊に配備されたのだ。生物兵器として。
僕と同時に。
「ふん。彼らの頭は私より固そうだからな・・・・・・。」
そう答え、彼女はコックピットから舞い降りた。
「キミのやり方、少々荒すぎるよ・・・・・・もっと丁寧に、親切に、とは行かないの?」
「我々は完全に敵視されている・・・・・・勧誘など無駄なことだ。」
刃物のような鋭い視線が、こちらに向けられる。
鎮められたように低く落ち着いた物腰の喋り方は、とても外見からは創造できない。
さすが熟女だ。そう仰る姿にも貫禄がある。
「お母さん!!」
コックピットからそう声がすると、彼女と同じような紅色の髪をした、外見的には青年ほどの男性が飛び降りた。
「なんであいつらを逃がしたのさ?」
「しょうがないだろうテッド・・・・・・ボスからの命令だ。」
その姿こそは間違いなく青年だが、この人はまだ、生後一年も経っていない。
彼は約半年前、この彼女の胎内から出産された純粋なキメラだ。
水面基地事件のあとの出来事であるから知る由もないが、彼女は一度クリプトンに呼び戻され、生殖器の卵子に遺伝子操作によって製造された人工精子を埋め込む人工授精の実験を受けていた。
実験は成功、胎児は僅か三ヶ月で出産の準備が整い、そして無事に彼を出産することができたようだ。
キメラだけに成長も早く、僅か五ヶ月で成人男子程度の身体、そして精神を身につけることができた。
彼もその後、母親に続き部隊に配備されたという。
話では前々から聞いていたが、出会ったのは、この蜂起が初めてだ。
「ああっ、テッド・・・・・・ここ・・・・・・。」
つい先ほどまで鋭くと尖っていた彼女の目つきが急に緩み、彼の胸にある血痕にやさしく触れた。
どうも息子と接するときだけは、口調も態度もまるで別人のようだ。
それは息子も同じのようで、今荒げていた声はすっかり大人しく、従順な声に変わり果てている。
「大したことないよ。お母さん。こんなのすぐに治る。」
「でも、弾が体の中にあるだろう・・・・・・抜き取ってやる。」
そう言うと彼女は、見ているこちらが悩ましくなってくるほど愛おしく、そして蟲惑的な手つきで彼の着ている制服のボタンを外しに掛かり、露となった地肌に深く埋もれている銃弾を見つけた。
「少し痛むぞ・・・・・・。」
「あ・・・・・・ああ。」
彼女の爪の先が糸のように細く伸びると、肋骨にまで突き刺さった弾丸を挟み、簡単に抜き取った。
「ああ、血が出てしまう・・・・・・・。」
その次に彼女は、傷口から流れる血を自らの口で啜り、出血が収まるまでそれを続けた。
その仕草はもはや官能的で、口淫でもしてるつもりかと言いたくなってしまう。
「さあ、これでいい。傷などはすぐに塞がる・・・・・・。」
彼女がそういいながらハンカチを取り出し丁寧に傷口を拭うと、既に出血はしていなかった。
「ありがとう・・・・・・お母さん・・・・・・。」
「テッド・・・・・・。」
いつの間にか頬が高潮してしまった二人の視線が重なれば、次の瞬間には愛おしく抱擁しあっている。
まったく、元々の性格なのか、それとも自分の息子に対してからなのかは不明だがこの二人はこういった行為に全くの羞恥心がないのは困りものだ。
整備員の何人かが時折視線を送ってくるというか、目の前に僕という人物がいながら、だ。
というか、僕はこの中睦まじ過ぎるキメラ親子の親近相姦弾丸摘出プレイを見にわざわざ出向いたのではない。
「えーっと、テトさん。テッドさん。もうその辺でよろしいでしょうか?ブリッジにてボスがお待ちだし。世紀の名演説を見せるために、お二人さんを呼ぶようにご命令を受けたんでね。」
僕の一言で、二人はすぐに反応し、現実に引き戻された。
「そうか・・・・・・テッド。行くぞ。」
「うん。」
「お着替えは更衣室に用意してあるよ。」
その言葉で二人の背中を見送りながら僕はブリッジへと足を進めた。
巨大な艦内を歩き数分、ブリッジに到着すると、オペレーター達が並んでいるウィンドウの向こう側には、湾曲した地形が広がっていた。既に成層圏まで上昇したのだろうか。
「よう。どうだったあの二人は。」
艦長の座席から、制服を着た茶髪の青年が声をかけてきた。
「やっぱりだめでしたね。どうもあの二人は忍耐に欠けています。あの二人は殺意をむき出しすぎて。」
「ハッ・・・・・・だろうな。そんなことなら、無理にこちら側に引き込む必要もなかろうに。もしろ、今後の障害にもなえるからな。レーダーを見てみると、奴らは丁度の下にいる。ここからならミサイル掃射で一発だな。」
「メイトさん。そんなこと言ったら、ボスに怒られますよ。」
「ふーん・・・・・・チクるつもり?」
彼は艦長の座席から立ち上がると、僕の隣に並んだ。
ウェポンズの工作員アンドロイドだったこの人は、数ヶ月前まではクリプトン直属の民間総合メディアセンター、ピアプロでボーカロイドのプロデュースを行う、マスターに扮して本社の情報収集を行っていた。
あの時は確か、和出明介と名乗っていた。
水面基地事件で自爆し新しい体を手に入れてすぐに、この人と同じ命を受け、そして共に情報収集を行い、今回の蜂起のための、計画を立てていたのだ。
生活を共にしていた時期もあり、すぐに意気投合することができた。
奇妙な友情関係がある、と言ったところだろう。
『二人とも、先に来ていたか・・・・・・。』
背後から、マスク越しの合成音声が聞こえた。
後ろのドアが開き、パワードスーツに身を包んだボスの姿が現れた。
この方こそこの蜂起の首謀者、網走智貴。
現クリプトン・フューチャー・ウェポンズの社長にして、僕達の生みの親。
そして、新しき世代の相続者。
「ああ、ボス。軍と政府関連の全チャンネルに流れるように準備ができました。あとは、彼方の演説で、我々に弓を引く彼らを降伏させるのです。」
メイトさんがボスの前で敬礼し、状況を説明した。
『そのようだな。これでようやく、この国がクリプトンの束縛から抜け出せる・・・・・・。』
「ええ。軍を掌握すれば、この国は既に彼方のもの。あとは政府をも制圧すれば、すぐにでもクリプトンを叩き潰すことができるでしょう。」
『そうだ。クリプトンだ。あの忌々しい企業さえ、消し飛ばしてしまえば、もう何も、我々を縛るものはない。完全なる開放と自由が、そこにあるだろう。』
ボスがそう言い終えると、自動扉が開き、重音テトとテッドの二人が制服姿でブリッジに足を踏み入れた。
「ボス。今から軍と政府に降伏勧告をなさるおつもりのようだが。」
彼女のまっすぐとした、切れのいい口調がブリッジに響く。
『うむ。これでひとまずは我々がこの国を御することとなろう。』
「それは結構なことだが・・・・・・まだ肝心なものが残っている。」
するとボスは彼女のほうを向いた。
『デル達のことか・・・・・・。』
「いかにも。彼等こそ、今後我々の障害になりえる存在だろう。ボス。貴殿は彼等を仲間に迎え入れようと欲するが、もはやそれは不可能と言えよう。彼等は完全に我々を敵と見做している。それでもまだ、彼等を必要とするか。」
かなり大胆なその発言に、場が騒然としたが、ボスはなんら動じることはない。
『・・・・・・テトよ。どうもお前は神経質すぎるな・・・・・・まずは、今から行われる私の演説を聴くがいい・・・・・・それに、あの者達とは再び会えるのだろう?ならばそのとき、お前の判断で行動するがいい。』
「・・・・・・了解した。」
騒然とした空気が、見事に静まり返った。
この二人の会話は堅苦しい上に、言葉以外のもので意思の疎通を行っている。ただ眺めているだけでは、二人がどこでどう納得したかは分かりづらい。
「映像を中継する準備が整いました。」
オペレーターの一人がこちらに向けて告げた。
「さて、ボス。お時間のようです。どうぞ玉座へ。」
メイトさんがボスを艦長の席へ導き、ボスがその席に腰を下ろす。
「開始十秒前・・・八・・・七・・・。」
これで、国民を除き、日本中は震え上がるだろう。
直に国民達も、その事実を知らされることになるだろう。
だが、まだ彼等がいる。
僕達と敵対する、彼等が。
一見、もはや勝敗は決したように見えるが、実はそうではない。
まだまだ分からないのだ。
僕が味方についているのは、何もボスだけではないのだから・・・・・・。
「三・・・二・・・一・・・今!」
『ごきげんよう。この映像を見ている諸君。私はクリプトン・フューチャーウェポンズ社長、網走智貴だ。』
SUCCESSOR’s OF JIHAD第五十六話「降伏勧告」
重音ツインズは親子だという設定。
我ながら気に入ってる。
【ハデス】(架空)
2018年、日本防衛陸軍がクリプトンと極秘裏に開発した二足歩行戦車。
ピアニウム合金を用いた装甲、強力な火力、高度な姿勢制御システムと二足歩行による機動性を持つ最強の陸戦兵器である。
また、全長20メートルという巨体に似合わずかなり軽量で、約四機のヘリがあれば空輸が可能。
開発は陸軍であるが、運用はクリプトン・フューチャー・ウェポンズ実験部隊である。
現在は人間が搭乗するプロトタイプが一機存在するのみだが、Piaシステムとの連携で自立起動する無人型が開発中である。
ハデスのアイデア自体も試験的なものであり、今後は小型化、無人化、高性能化が推進される。
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