奈々が、変わった。
ある日を境に、変わってしまった。
「せーらっ!」
「な、奈々…重いわ…あと苦しい」
「世良はかわいいなぁ…かわいいかわいい可愛すぎるよおおお!」
「とりあえず私を離して話を聞いてちょうだい。窒息するわ…」
世良と呼ばれたあの娘。
あの娘と登校した日あたりから、奈々は別人のように変わったように思う。
以前の彼女は、ただひたすらに混沌とした渦に囚われているような人間に見えていた。
けれど、今は違う。
どう違うのか、それはまだよくは分かっていない。
それでも今の奈々は私が知っている奈々とは違うと断言できた。
今の彼女は私が嫌いな人種だ。
私は一度堕ちた人間は、ずっとその場でもがいているべきだと思っている。
その姿はとても醜く、とても人間らしい。
それ故に儚く、美しい。
いつ消えてしまうか分からない灯火のようだ。
そんな人間の生きる様が、私はどうしようもなく好きなのだ。
どこか危うく、壊れかけている人間が。
不完全かどうかすら判断されない程に欠陥だらけで、かろうじて人間の形を保っているようなあやふやな生き物に、私は自然と惹かれてしまうのだ。
奈々には、人目惚れだった。
外観の美しさは勿論。
そしてその蠱惑的な瞳の奥に渦巻く暗く不可解な意思。
周囲には絶対にその意思を認知させないように徹底的に自分自身の心を鉄壁の鎧で覆い、あたかも普通の学校生活をひたすら楽しんでいる学年中の人気者を演じ切るその姿は、私の理想像そのもので私は一瞬で彼女に恋をしてしまっていた。
彼女の瞳の奥にあるもの。彼女自身が自分を騙し、閉じ込めている感情。
それは見れば見るほどに真っ黒に渦巻いていて、それにいつ押しつぶされるのかという瀬戸際な日々を送る彼女はどこからどう見ても堕ち続けている人間そのもので、素敵だった。
人間は醜い。
それをどこまで周囲に察知させず日々を過ごすかによって人間は単体の価値というものを周りから得ることが出来るのだ。
彼女の価値は計り知れないほど高く、素晴らしいものだった。
それなのに。
『奈々といるあの子ってあのおさげメガネだった子でしょ。大分印象変わったよね~』
『つか変わり過ぎの域だよね。おさげとかやめたの初めて見たときあまりに別人すぎてびっくりした』
『奈々は親しみやすい美人だけどあの子はなんか近寄り難い高級物件みたいな感じの美人だよね』
『分かるかも。ずっとぼーっと見てたくなる美人だよね。話しかけないで自然体のままにして観賞用~みたいな。』
『あはは!なにそれー』
……………………。
私の理想像であった奈々をぶち壊したあろう白銀の髪の少女を見る。
以前彼女とは喫茶店で言葉を交わした。
彼女は私の理想とは正反対でハッキリ言って大嫌いな人種だった。
そんなやつが奈々の近くにいるというだけでも腹立たしいことなのに、彼女は私の愛していた奈々を私が嫌いな人種に変えてしまった。
本当に最悪なやつだ。
私は今、彼女が殺したいほどに憎い。
きっとこれは自分の好きな人を殺されたような、そんな気分なのだろう。
奈々も奈々だ。
どうしてあんな女に近づいたんだ。
奈々とは正反対で、あの女の瞳は穢れも何も知らないような色をしていた。
無知で、そのくせ周りに警戒心丸出しなあんな人間、滑稽で仕方ない。
周りを何も知らないようなやつが、何故周りを警戒する必要があるの。
私にとってその行動は不快でしかない。
自分は何もしていないのに異常なまでに警戒されるのは誰だっていい気分ではないはずだ。
それになにより、何も分からないくせ警戒する…怖がっている、というその行動はとても滑稽にも思う。
簡単に言えば貴方は何があるか分からないから地面を歩かないの?とかそういうものだ。
彼女の行動は私に言わせてみればとても馬鹿馬鹿しい。
彼女がメガネにおさげというダサさ全開で滑稽の鑑といえるほどに滑稽なままであろうとしていたのならまだ好感が持てた。
しかし彼女は奈々と登校した日を境にそれをやめ、今では貴峰の花扱いされている。
そのせいで私にとって彼女は余計に気に入らない存在になっていた。
そしてそんな女に、私が見る限り一番親しい存在であるだろう奈々も。
私には、嫌悪の象徴として目に映るようになっていった。
「……狂ってるわ。」
あの白銀の髪の女子生徒も。奈々も。
今の、私も。
愛情は簡単に憎しみに変わるとは聞いていたけれど、こうもその通りだとその事実にすら腹が立ってしまう。
注目の的になっている奈々たちに背を向ける。
「う、おっと!」
「……っ!?」
振り向きざまに、誰かにぶつかり尻餅をついてしまう。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
目の前に綺麗な大きい手が差し出される。
視線を上げると、そこには見知った青髪の男子生徒が立っていた。
「佳絃さん…」
私がぽつりとその名前を口にすると彼は本当に注意しなければ気づかない程度に何かに嫌悪するように目を細めた。
「あ…申し訳ありません」
不快な思いをさせたのかと思い謝罪する。
すると彼は差し伸べていた手で私の腕を掴み私を立ちあがらせた。
「別に謝るようなことしてないでしょ。」
そういって彼は私の顔を一瞥すると私に背を向けて去って行った。
今の態度からして、佳絃さんは実は女性嫌いなのだろうかと私はうっすら思った。
佳絃さんが向かった方へ一度視線を向ける。
彼は奈々たちに用事が会ったようだった。
仲がよさそうににこやかに会話をしている。
そこに周りの女子生徒がここぞとばかりに佳絃さんに近づこうと、奈々たちと話しているところに割り込んで話しかけたりとあの手この手で必死にアピールをし始めた。
奈々の傍にいる白銀の髪の女子生徒は突然のことに驚いているようだった。
奈々は周囲の女子生徒を軽く睨み、白銀の髪の女生徒を自分の方へ軽く引き寄せた。
佳絃さんは一度二人に目配せをした後、女子生徒達に困ったようにというよりは嫌そうに眉間にしわを寄せ、その場から離れようとしていた。
やはり彼は、女嫌いなのだろう。
奈々たちと仲が良いというのは彼の中では特例中の特例で、本来なら視界に映すのも嫌なくらいに女嫌いなのではないだろうか。
いや、佳絃さんの中の特例は恐らくあの白銀の髪の女生徒だけだろう。
少なくとも私が見た限りで奈々が佳絃さんと親しくしているように見えたことは一度もない。
喫茶店のときもそうだ。
彼は白銀の髪の女生徒の方だけ、ずっとにこやかに見つめていた。
奈々の後ろで、佳絃さんを心配そうに見ている白銀の髪の少女を見る。
「…世良さん。貴方…本当に目障りだわ。」
誰にも聞こえないように私は以前も彼女に向かって言ったことを、小さく小さく呟いた。
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