北の山の入り口に近付くのも、ロックにとっては初めてのことだった。
村に来たその日に夜鳴きの花について触れた余所者のロックに向けられる視線は、決して良い物ではなかったからだ。
郊外の過疎化が目立つ昨今、大都市から離れた地域へやってくる若者はそれだけで奇異の目を向けられる。
師であるレオンに必要以上の迷惑はかけぬよう、今まで出来る限り目立つ行動は避けていたのだ。
そして辿り着いたその場所を見たロックは思わず絶句した。

「これは…。ここまでするものなのか…」

北の山の入り口は固く閉ざされていた。
道の両端に建てられた無骨な鉄の柱。柱の間には金網が張られており、更にそこへ木の板が何重にも括り付けられている。
何やら朽ちた紙が打ち付けられていると思えばそれは破られた聖書。
それらの上に赤い塗料で文字が書き殴られている。
―――来るな、入るな、と。

「怯え方が尋常じゃないとは思っていたけど…想像以上だな」

十年程前、世界各地で起きていた紛争の混乱がこの村の近くまで迫ったことがある。
この開かずの門が作られたのも、ちょうどその時なのかもしれない。
いつ争いの火の手に巻き込まれるか分からぬ日々。
この扉は、人々の恐怖そのものの様に見えた。
そして同時に、その恐怖は亡霊や化け物よりも余程恐ろしい物の様に思えた。
混ざり淀んだ恐怖は渦を巻いて全てを飲み込んでいく気がする。

「…とりあえず、この向こうに行きたいのだけれど」

あの歌声の主がいるのはこの先だ。
柱と金網は道の幅よりも広く張られ、それが途切れた先は沢に向かって急な斜面になっており安全とは言い難い。
金網には有刺鉄線も巻かれているため登ることも困難だ。

「どこか、隙間は…」

と、木の板に触れた瞬間、一枚が音を立てた。
金網と板を支えている針金が、風雨にさらされて腐食し始めているらしい。
ロックはそっとその一枚に手をかけて引っ張ってみる。
ばきり、と音が鳴った。






板が外れた部分へ、どうにか体を滑り込ませることが出来た。
その先にあった道には白い石が敷き詰められており、以前はここにも人の行き交いがあったことが分かる。
昇り始めた朝日の光の助けもあって足元も明るい。お陰で想像よりも容易く森の中を進んでいくことが出来る。

(そういえば、あれから歌は聞こえないな)

あの歌が聞こえたのは、村の中で聞いたあの一度きりだ。
そんな頼りない手掛かりによってここまで来てしまった。
期待が生んだ空耳だと思っても良い物なのに。

(でも、誰かがいる気がする)

その誰かが呼んでいる気がする。
それは妙な確信だった。
とにかく自分を呼ぶ存在に会わなくてはいけない。
もう一度、坂を登る足に力を入れる。
歩を進めていくうちに道の前が明るくなってきた。

「…湖だ」

開けたそこにぽつんと置かれた小さな湖を見て、ロックは思わず歩みを止める。
辺りを見渡すとあの夜鳴きの花がいくつも咲いていた。
そして、その花と湖の先にひっそりと建つ館を見付けた。
大きな時計のついた館は苔や蔦にびっしりと囲まれている。相当昔に建てられたもののようだ。
だが人がいるのだとすれば、あそこが一番可能性が高い。
やや速足で館の元まで向かう。

「あ…、開いてる」

ちょうど人ひとりが通れるくらいに開いている扉。
覗き込むと、中は思ったよりも明るい。
正面を上がった所に付けられた大きな窓から、陽の光が優しく降り注いでいる。
その様子がとても神秘的で、ロックは引き寄せられるように館の中へと足を踏み入れた。

こつん、
「え?」

足に何かが当たる感触。
はたと目線を下げて、ロックは目を見開いた。
人が、倒れている。
自分の足に当たったのはうつ伏せになっているその人物の頭だった。

「お、おい!大丈夫か!」

慌てて揺り動かすが反応が無い。
体勢を変えようと抱きかかえて仰向けにさせる。
その瞬間、ロックは一瞬呼吸が止まった。
その人物の胸部にぽっかりと大きな穴が開いている。
銃で撃たれたというような穴ではない。
まるで、蓋が外れたように鎖骨から腹にかけて皮膚や筋肉にあたるものが何も見当たらなかった。
そしてその穴の中にあったのは内臓ではない。
無数の歯車と配線、回路に埋め尽くされていた。
だが、ロックが最も驚愕したのはそのことではない。

「どうして…俺と同じ顔をしているんだ…」

あの奇怪な体を持つ彼は、ロックと同じ顔をしていた。
光に照らされ眠るように目を瞑る彼を、ロックは何も言えぬまま見詰めていた。

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幕引く者のセレネイド Ⅱ

KAITOのオンザロックとスミレからイメージした妄想小話です。世界観はファンタジーっぽいですが、近未来です。こちらは第二話なので読んでない方は先に一話をお読みください。萌えの足りないお話ですが、よろしければどうぞ。今回、ようやくスミレの登場です。

閲覧数:77

投稿日:2013/11/24 08:54:15

文字数:1,889文字

カテゴリ:小説

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