それは黄色の髪の民を見かけなくなり、黒い髪の民を中心に栄えている島国に来たあたりだろうか。
共に旅をしている緑の髪の少女が、私のフードをちょいと指にかけた。
「何?グーミリア」
「…エルルカ、あれ」
グーミリアが指で示した先には、湿地帯と感じられる、特有の地面からの鈍い光。
そして、黄色い軸を中心に白いドレスをまとった花の群生。
「カラーね。私たちのよく見るカラーと違って、小ぶりな感じだけど」
視力がいいとは知っていたが、よく見えたものだ。
私にはまだ白と黄色の点でしかない。
「少し前、もらった。…エルルカの、娘って」
グーミリアの一言で、私の心は一瞬にして旅立ちの地ルシフェニアに飛ばされてしまった。
あれはミカエラとグーミリアを弟子にした後で、2人をどうにか人としての常識を叩き込んで一息していた頃かしら。
いえ、グーミリアがそばにいたから、初めて王宮に連れて行った時だわ。
「弟子をとった割にはなかなか紹介してくれない」
なんてぼやかれて、仕方なく日程を調整したのよね。
王宮の自室にたどり着くかどうかのところで、彼が来たのよ。
真っ赤な鎧と同じくらい顔を赤くして、息を切らせて。
あの様子は、かなり急いでたわね。一騎当千、『三英雄』の一人だっていうのに、大事件でも起きたような顔してたわ。
「エ、エルルカ!
…っと、その娘さんにって思ってたんだがな。どうにもイイのが見つからなくて焦ってぶっこ抜いちまったよ」
そして私の前…を華麗に通り抜けて、彼はずいとグーミリアに腕を伸ばした。
その手には、1本の真っ白なカラー。
走っていたのがよくわかる証拠に、内側には黄色い軸からの花粉がついているし、切り口は歪んで乾燥が始っている。
「あのねえ。
何度も言うけど、グーミリアは弟子なの。レオンハルトの所みたいに養子じゃないのよ」
「分かってはいるんだがな。
やっぱり俺やマリアムが子供を持ってて、2人して「エルルカは子供を持たないのか?」なんて言い続けた身としてはな。
やっぱり、俺には『エルルカの娘』なんだよ」
「馬鹿じゃないの?」
「おうとも。親バカ結構。
この間プレゼントした服がなー。これがまたジェルメイヌに似合ってて可愛いんだよ。
…小さい時は父親らしいことしてやれなかったからな。やっぱり、1回でも親らしい機会があれば、してやりたくてな。
それが、マリアムの娘でも、エルルカの娘でも」
「…。」
「エルルカの娘…、まあ、弟子なんだが。なってくれてありがとう。グーミリア」
屈託のない笑顔でレオンハルトに言われてしまい、黙り込むしかなかった。
これが、あの戦場で『人じゃない』と言われた男と同一だということが嘘のようにさえ感じる。
どこで、どう間違ったのやら。
あからさまにため息を漏らす私をよそに、差し出されたカラーを見たグーミリアはつぶやいた。
「なぜ、…この花を?」
淡々とはしていたが、ちゃんと意見…関心を持っている尋ね方をしていた。
レオンハルトは「うーん」と少しの間を置いて、グーミリアが緑の髪の少女であるということと共に、どんでもないことを言ってのけた。
「花の形がな、年がら年中着続けっぱなしのエルルカのフードに似てるからな」
「洗濯ぐらいしてるわよ!」
たまにしかしていないけど。
その言葉は飲み込んだ。
本当にあれはひどいわ。
初対面のグーミリアの前で私のことを薄汚れた師匠呼ばわりしたようなものだったわ。
けれど、
イラっとした私を見て、グーミリアはふふっと珍しく目尻を下げた。
「あの頃は、にぎやか。…今は、エルルカ、さみしい?」
「…。」
「大丈夫。今は…私も、エルルカも、泥まみれ」
グーミリアの言うとおり、長い旅で私たちのフードは汚れてしまってるけど。
野宿して汚れないほうがおかしいのよ。
言いたいことはグーミリアにもレオンハルトにも色々あるけれど、言わなきゃいけないことが1つあるのはわかるわ。
私はグーミリアのフードごと頭を撫でて宣言した。
「楽しかったわよ。そして、これからも楽しくないと困るわ。
グーミリアには私の退屈しのぎに付き合ってもらうんだから」
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