ここからは大地が丸く見える。
高度五万フィート。それはもはや、地上からでは想像もできない、地球の姿を垣間見ることができる。
それは今まで目にしてきたどんなものよりも、蒼く澄んでいる。
綺麗だと、思った。
でも、こんな綺麗な星の中で、何十億という人々が、日々醜い争いでお互いを傷つけていると知っているから、なんて皮肉なんだろうと思わずため息が出る。
どうして・・・・・・人は戦わなくちゃいけないのかな・・・・・・。
望んでやっていることなのかな・・・・・・。
なら、どうしてそんなことを望むのかな・・・・・。
いいことなんて一つもないのに・・・・・・。
Soarのメインブリッジから、下界を見下ろしながら、ふとそんなことを考えていた。
この機に搭乗して雪峰に向かう途中、軍の全無線チャンネルに、クリプトン・フューチャー・ウェポンズ社長にして実験部隊の総司令官、そして僕の実兄である網走智貴が本格的な反抗名声を行った。
彼らの要求は、コンツェルン形態をとる格クリプトン子会社の親会社である、クリプトン本社の解体。そして、日本全国の陸海空軍から、一切の武装解除の要請だった。
もし要求に応じることができなければ、彼らはクリプトン本社の所在地であり、僕の故郷である水面都に対し核を発射すると脅迫してきた。
更に、恐らく本社の地価研究所から奪取したと思われる、クリプトン製の新型生物兵器、「UTAU」を所有しているという。彼らがそれをどのように使用し、どのような被害をもたらすかは不明なままでも、もっとも避けるべき事態を招くことは明白だ。
かといって、それを恐れて彼らの要求を飲み込むわけにも行かなかい。
クリプトン本社が解体されれば、各子会社は指揮を失い、業務の活動を維持することは難しくなるばかりではなく、重要なのが今この日本の心臓部がクリプトンであること。
小規模国家を上回るほどの財力を持つクリプトンは、、二十年前の隕石襲来による西日本消滅の際にも、株の大暴を起こした企業と、同様に被害を被った国民を膨大な支援金で援助し、その翌年には、日本の財政は元のように安定していった。
その後のクリプトンは力を失った政府に変わり、政治に対して強大な発言力を持つようになった。これは公の事実でもある。
このクリプトンがなくなれば、クリプトン子会社どころか日本政府までもが指揮者を失い、やがて衰退していくだろう。
とんでもないことだと思った。
軍の武装解除は許せても、クリプトンの消滅は、日本の消滅を暗示しているに等しいのだから。
だが、網走智貴はこう付け足した。
クリプトン消滅後、子会社の指揮は当ウェポンズが執り行い、クリプトン同様の活動を行う、と。
日本の軍備は一切、我々ウェポンズが開発する無人兵器に入れ替え、全ての行動はピアシステムにて管理する、と。
もしかすると、彼らの要求を呑めば無用な戦闘は避けられたのかもしれない。
日本の首都に核を打撃ち込まれたり、生物兵器をばら撒かれたりするよりも、素直に従っていけば、やがて武力なしで交渉できるときが繰るのではないか、と思えてしょうがない。
だが、日本政府と防衛省、そしてクリプトン社長は、会議室満場一致でそのことを拒んだ。
そして命令した。
今現在、システムの影響を受けていない全ての戦力に、ウェポンズ実験部隊の制圧を命じる、と。
彼らは、戦いを、血を好んだ。それともただのせっかちなのか。現状に混乱して、判断を誤っただけなのか。
とにかく、その命令によって僕達が作戦における戦力となり、クリプトンの新型空中艦と、ピアシステムそのものをダウンさせるという皮肉の策を用いて彼らと対立することとなった。
また・・・・・・戦うんだ。
戦わなければならないのか・・・・・・。
僕達は、もう十分に戦ったはずだ。
あの時も・・・・・・あの時も・・・・・・・。
ひと時の平和が訪れたのもつかの間だった。僕達はまた、ここにいる。戦場に。
何故だろう。
僕達は軍用じゃない。
戦うために生まれたわけじゃない。
一人の少年と、一人の少女。
たったそれだけなんだ。
なのに、どうしてこうも戦わなくちゃいけないのかな・・・・・・・。
「よう。網走博士。なにたそがれてんですか。」
突然背後から陽気な声を掛けらて振り向くと、クロギンさんが笑みを浮かべて立っていた。
どうしてこんなときに笑っていられるか・・・・・・僕には理解できないが、そんな人には、こちらのことも理解できそうにない。
「戦いには・・・・・・・疲れました・・・・・・。」
視線を蒼い大地に戻し、呟いた。
「こんなところには、一秒も居たくありません・・・・・・。」
「どーして?」
その呟きに帰ってきたのは、無神経な問い。
人を嫌うことはめったにないけど、もう少し配慮がほしい。
「この作戦には、ミクも参加するんです。」
「ミクって・・・・・・あのツイテンールのコ?」
「ええ・・・・・・彼女は戦うために生まれたわけじゃない・・・・・・なのに、何時の間にか戦うための体になっていて、戦場にいる。それがいやなんです。」
すると彼は、ふーんとうなった。
「もしかして・・・・・・五年前に、ホームズで新型の少女型アンドロイドを開発したのは博士?」
彼がそのことを知っていたことに、僕は少し驚いた。
「はい・・・・・・。」
「なるほど・・・・・・成り行きは知らんけど、まぁ、要は自分にとって大切な人が戦うことに耐えられないわけだ。」
まるで大したことじゃないような言い方。
こういう人は悩みが少なそうで、ある意味うらやましい。
「これで最後にしてほしい・・・・・・今度こそ、二人で平和な生活に戻りたい。」
「・・・・・・。」
「それに、もう一つ不安なことがあるんです。」
「え?」
「博士!クロギン君!席に付いてください。」
今度は神田少佐の声が僕とクロギンさんに呼びかけた。
階段状のブリッジには、それぞれオぺレーター用の席がある。
まるで戦闘機のコックピットのように計器類に囲まれた座席に僕とクロギンさんが座ると、その二つの中央の指揮官席に神田少佐が、最前席の操舵席にセリカが座っている。
「少佐。全員がドローンの搭乗を済ませました。いつでも発射可能です。」
とても十三歳の少女とは思えない声がブリッジに響いた。
「目標への距離は?」
少佐も、まるで部下に対するような口調だ。
それは彼女を信頼しているからこそだろう。
「残り三百キロです。」
「百キロ以内に接近次第、カウントダウンを開始せよ。」
「了解しました。推定到達時刻は残り、五分です。」
「さぁ~て、始まるぞぉ~~。」
クロギンさんが満面の笑みを浮かべる。
ミク達がウェポンズの施設に潜入する方法、それはこの艦に搭載されている、約五百発の空対地ミサイルと、それに紛らわせてミサイル型カプセル、ドローンに搭乗させて、施設に向けて一斉射撃を敢行するという、余りにも大胆な方法だ。
ミク達のカプセルは施設上空百メートルで空中分解し、背中のパラシュートが開くようになっている。
他五百発のミサイルは、基地の対空システムに集中放火するようセットされている。
いくらなんでもミサイルと一緒に発射するなんて危険すぎると思ったけど、もはやそれしか良い案はなく、他に案を思いついている余裕もなかった。
「網走博士、ミクさんから通信です。」
ミクから?何だろう・・・・・・。
「繋いで。」
『博貴・・・・・・それとみんな・・・・・・こんな時にごめん、少し聞いてほしいことがあるんだ・・・・・・。』
スピーカーから、妙に落ち着いた感じのミクの声が響いた。
『もう気づいているかもしれないけど、実は、わたしはみんなに隠していることがあるんだ・・・・・・だけど、今はそれを言いたくない。言ったら、みんなわたしのことを嫌うかもしれないから・・・・・・この戦いが終わったら、全部みんなに話すって、約束する。それだけ、伝えておきたかった。』
僕は座席にあるインカムを手に取り、マイクを口元に寄せた。
「ミク・・・・・・僕にはもう、ミクが何かを隠していたりなんて、どうでもいいんだよ。」
『ひろ・・・・・・き・・・・・・。』
「僕はただ、ミクに無事に帰ってきてほしい。それだけで、僕には十分。」
『あ・・・・・・。』
「ミク・・・・・・僕こそ、君に謝らなくちゃならない。君をこんなことに巻き込んでしまって・・・・・・僕がもっとしっかりしていれば、君をまたこんなことに巻き込まずにすんだんだ・・・・・・!!」
そう告げる僕は、いつの間にか視界は霞んで、瞼から熱い雫が流れ出していた。
『博貴・・・・・・自分をせめちゃだめだ。大丈夫・・・・・・わたしは、絶対に帰ってくる。そしたら、今度こそ絶対自由になろう。』
「ああ・・・・・・そうだね・・・・・・。」
『それと、もう一つ・・・・・・・。』
「なんだい?」
『また・・・・・・つよく・・・・・・抱きしめて。』
「・・・・・・うん・・・・・・約束する!」
僕の言葉を最後に、ミクからの通信が途絶えた。
ミクの力強い言葉・・・・・・。
どんな状況でも、決して屈することのない心。泣き虫の僕とは大違いだ。
ミクのような力強さが、希望を導くものだと僕は信じてる。
「目標まで、残り百キロ。カウントダウンを開始します。」
僕も、強くならなくちゃ。ミクのように強い意志を持てば、希望が見えるんだ。
「ランチャーのハッチ開放!ターゲットを捕捉!」
そうだ・・・・・・これも、この先どんな苦難があろうと、そのなものは、ただの段差だと、乗り越えていけばいい。
「ミサイル発射、十秒前!」
そうすれば、また二人で、たくさんの幸せと、自由をつかめるから。
「・・・・・・五・・・・・・四・・・・・・三・・・・・・!」
また二人で・・・・・・笑い合えるから。
ねぇ?ミク。
「ミサイル、全弾発射!」
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