UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」

 その10「夏休み・盆踊り・告白、ちょっぴり文化祭」

 田舎のおばあちゃんは、近くの神社にお参りに行った帰りに、石段を踏み外して転び、顔を切るけがをしていた。
 出血の量がすごくて、救急車を呼ぶほどだったのだけど、傷だけで済んでほどなく退院できた。
 久しぶりに会ったおばあちゃんは、なんだか縮んで見えた。
 おじさんはあいかわらず豪快で、おいしいお肉をいっぱい食べさせてくれて、帰りの車にいっぱいになるくらいのいろいろな野菜を分けてくれた。

         ○

 8月の最後の土曜は町内の盆踊り大会の日だった。
 ネルちゃんとは連絡がつかなかったので、クラスの女の子たちと待ち合わせて盆踊りに参加した。
 集まったメンバーを見て少しほっとした。みんな、浴衣を着ていた。わたしだけじゃなくてよかった。
 でも、集まって話すのは、受験勉強のことばかりで、予備校の補習を受けた話や、学習塾の合宿で山の中に行った話が多かった。
 わたしは受験勉強というほど必死に勉強していたわけではなかった。休み前の模試の結果を反省して勉強したぐらいで、あとは夏休みの宿題をこなすことに集中していた。本格的な受験勉強は9月からと思っていた。
 そんな話を、綿あめやかき氷を食べながら話していたとき、男の子が話しかけてきた。
「会長」と声をかけてきたのは、同じく生徒会の書記の長藤君だった。
 夕暮れ時だったからではないだろうけど、長藤君の顔は真っ赤になっていた。
 察しのいい子は小さく「あっ」と声を出した。
 ひそひそ話がわたしのまわりでわたし抜きで始まった。
「大事な話が、その、ある、ん、ので、…」
 いつもと違い長藤君は言葉に詰まっていた。視線もあちこちをちらちら見て、落ち着かない。書記の仕事をこなしているときは、堂々としていて、物静かな感じだったが、目の前にいるのは別人に思えるほどだった。
 今にして思えば、わたしはそれほど鈍感だったのだ。
「いいわよ」
 話したいことがあるが、ここでは言えない、それは伝わった。
 わたしはその内容は全く気にしてはいなかった。男の子がわたしに話しかけてくるのは、勉強のことか、生徒会のことが圧倒的だったからだ。
 だから、長藤君の話も、きっと生徒会のことだと思っていた。
 しばらく、長藤君に付いて歩くと、盆踊りの会場からはそんなに離れていない、小さな児童公園に着いた。
「話って、なあに?」
 長藤君ののどがごくりと鳴った。
「会長、いや、紫苑さんは、もう高校決めたの?」
「んー、まだだけど」
「受験勉強は、どうしてる? 塾とか行ってる?」
「とりあえず、一人で。わからないことがあったら兄さんに聞いてる」
 長藤君が言葉に詰まってしまった。
 しばらく無言の長藤君は、視線をあちこちに移して言葉を探しているようだった。
 やっと口を開いた顔は前にもまして、真っ赤になっていた。
「僕は、生徒会役員を引き受けたのは、内申書をよくしようと思ってたんだけど…」
 おそらく正直な気持ちだと思うけど、任期はまだ半分あるのに、ちょっとがっかりした。
「僕は、少しでも、長く、紫苑さんの傍にいたいと思ったんだ」
 少し、長藤君の声が大きくなったような気がした。
「紫苑さん、好きです。付き合ってください!」
 わたしは、長藤君の言葉を理解するのに、時間がかかった。
 耳から入った言葉が、迷路の中で行ったり来たりを繰り返し、出口に着いて外に出るまで、かなりの時間がかかった。
〔男の子に告白された!〕
 意味が分かって、わたしはネルちゃんを探した。どうしてこんな大事な時に親友は傍にいないんだろう。
 でも、ネルちゃんの顔が浮かんだら、少し落ち着いた。正直言って、恥ずかしくて、逃げ出したいけど、きっと目の前の長藤君だって恥ずかしいんだと思う。
「長藤君」
 目の前の長藤君は、体をびっくっと震わせた。
 長藤君はサッカー部だから少しは男らしく堂々としていてほしかった。でも、わたしも、落ち着いて話ができているか、自信はなかった。
「その、何て言っていいか、わからないけど、…」
 わたしも目がうろうろしていた。
「まず、ありがとう」
 途端に長藤君の顔がゆるんだ。その表情が子犬がなついてくるのに似ていてちょっとかわいかった。
「でも、すぐに『OK』じゃ、ないわよ」
 長藤君の顔がまた、緊張した。
「11月の任期まで、お互い、生徒会役員なんだから、最後まで、全力を尽くしましょう。そのあとでなら、返事ができると思うわ」
 少し考え込んで長藤君も答えた。
「それは、ひょっとして、可能性はゼロじゃないけど、僕は今以上にがんばらないといけないってこと?」
 少し長藤君は緊張が解けたようだった。やや引きつっていたけど、照れ隠しのような笑ってごまかそうとするところが見えた気がした。
「そうね」
 わたしはちゃんと笑顔を作っているだろうか。引きつっていないだろうか。鏡がないから、わからない。
「長藤君、正直なのはいいけど、生徒会役員を引き受けた動機が不純だね」
 わたしは視線をずらした。ちょうど、遠くで花火が打ちあがる音がした。
「だから、今は、マイナス。プラスになるようにがんばってね」
 わたしは立ち上がって歩き出した。
 特に長藤君は声をかけなかったから、そんなものなのかな、と思って歩き続けた。
 盆踊り会場に戻ったが、集まった友達はバラバラになっていた。
 そのうちの一人の子が声をかけてきた。同じクラスの相原さんだった。
「よっ、会長」
 水泳部所属の活発な子で、ショートカットに日焼けがトレードマークだった。
 にっと笑った相原さんの口の中に歯が光って見えた。
「長藤君、なんの用だった?」
 期待に満ちた目で見られているのがわかった。でも、期待には応えられない。
「ん、夏休み、終わったら、水泳大会だから、企画書書いてください、だって」
 思ってることが顔に出やすい相原さんは、がっかりした表情を浮かべた。
「なーんだ、てっきり、長藤君、告白するのかと思ってたのに」
 相原さんは人に言いふらしたり冷やかしたりするタイプではなかったけど、ここは長藤君のために、ごまかした方がいいと思った。
「生徒会長なんてやってると、先生に贔屓されてるとか、先生にべったりで生徒の味方じゃないとか、偏見で見られるから、もてるわけないじゃない…」
「またまた、ご謙遜? 会長は、割とかわいいって、人気あるのよ」
「えー、本当?」
「ほんと、ほんと。うちの下級生じゃ、人気高い方だよ」
「おだてても、部費が増えるわけじゃないからね」
「へへー、ばれたか…。でも、人気があるのは本当だよ」
「はい、ありがと…。え?」
 言いかけた私の手をぐいと引っ張る人がいた。
 見ると、ネルちゃんだった。
「ネ、ネル?」
「ちょっと、話があるの? いい?」
 真剣なまなざしだった。
 わたしは相原さんに手を振った。
「相原さん、またね」
「うん、また、学校でね」
 ネルちゃんはわたしの手を引っ張ってぐいぐいと進んだ。盆踊りの人混みをかき分けて進んでいた。相原さんの姿はあっという間に見えなくなった。
 振り返ってみると、ネルちゃんの顔は真剣そのものだった。怒っているようにも見えた。
「ネル。どこ、行くの?」
 人気がなくなったところで、ネルちゃんが手を離して立ち止まった。
「どうして…」
 一瞬、ネルちゃんが寂しそうな顔をした。
 すぐにいつもの強気な顔に変わった。
「実技試験、来なかったの?」
 ネルちゃんは怒っているようには見えなかった。
「田舎のおばあちゃんが急に入院しちゃって、…。ネルこそ、練習、どうして来なかったの?」
「ポスター、破いたこと、謝りたくて、…。別のボーカロイドのお手伝いをすることになっちゃって…。それはいいのよ」
 ネルちゃんはポケットから封筒を取り出した。
「見て」
 ネルちゃんから渡された封筒はすでに封が切ってあった。
「いいの?」
 ネルちゃんは頷いた。
 封筒の中には一枚の紙が入っていた。
 綺麗に折り畳まれた紙を開くと、大きな「合格通知」の文字が飛び込んできた。一番最後の行に目をやると、UTAU学園高等部の文字があった。
「わぉ、ネルちゃん、おめでとう!」
 思っていたことが口からすっと自然に滑り出た。たとえは変だけど、コピー機がコピーした紙を吐き出すような感じだった。
「まだ、筆記試験と、面接が残ってるから、終わりじゃないのよ」
 少し照れがあるのか、ネルちゃんは視線を逸らして地面に落とした。
「ヨワにはちゃんと謝らないといけないと、思って…」
 ネルちゃんの言葉はいつも突然だ。おめでたいことなのに、なにを謝る必要があるんだろう。
「いつも、ヨワに付いていく、って言ってたけど、…」
 ネルちゃんが頭を下げた。
「わたしは、UTAU学園に行きたいの。だから、ヨワが行きたくないのならそれでもいい。別々の道を歩くことになるけど、それでもいいって、思ったの」
 ネルちゃんは顔を上げた。目が少し赤かった。
「でも、できたら、一緒に行きたい」
「うん、わかった」
 わたしはネルちゃんの手を握った。
「じゃあ、これからも、いろいろ教えてくれる?」
 ネルちゃんが力を込めて握り返してきた。
「うん」
 ネルちゃんの視線が強かった。
 でも、ネルちゃんが感じているほど、この時のわたしはUTAU学園に意義を感じていなかった。

         〇

 夏休みが終わった。
 水泳大会があって、そのあとは、文化祭とその準備に追われた。
 気が付いたらもう十月。UTAU学園の第二回実技試験はその文化祭の直後の日曜だった。
 二回の進路指導と、一回の三者面談があった。でも、UTAU学園のことは、あの日からお母さんとは話していない。
 ネルちゃんの言葉を信じなかったわけじゃない。
 少し子供っぽいかもしれないが、あれだけ「わたしについてくる」と言っていたネルちゃんが、いつの間にか自分の将来を決めていて、それがショックだった。
 だから、少しだけ、拗ねていたんだと思う。
 あるいは、ネルちゃんみたいに強くなれるきっかけが欲しいと思っていたんだと思う。
 わたしが優柔不断だったせいかわからないが、文化祭を台風が直撃した。
 文化祭は自動的に翌日の日曜日に延期された。
 日曜日は、嫌味なほど清々しく穏やかな晴天だった。
 文化祭は少なくとも、昨年よりは盛り上がったと思う。
 生徒会は、長藤君が家庭の事情で欠席した以外、特に問題なかった。後で聞いた話で、長藤君のご両親が離婚したことを知った。それなら仕方ないかも、と、わたしとネルちゃんは話した。
 最後の文化祭に、わたしとネルちゃんは少々アクロバティックなダンスを披露した。本来ならちゃんと先生達の審査を経てみんなに見てもらうのだが、生徒会長ということで大目に見てもらった。
 ダンスは、好評だった。そこにいるみんなが拍手を送ってくれた。本来なら、UTAU学園の実技審査のために練習してきたダンスだった。
 わたしはまたしてもUTAU学園の実技試験に行けなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

UV-WARS・ヨワ編#010「夏休み・盆踊り・告白、ちょっぴり文化祭」

構想だけは壮大な小説(もどき)の投稿を開始しました。
 シリーズ名を『UV-WARS』と言います。
 これは、「紫苑ヨワ」の物語。

 他に、「初音ミク」「重音テト」「歌幡メイジ」の物語があります。


 最近、「ボカロP」の物語も書き始めました。

 新年、あけましておめでとうございます。

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投稿日:2018/01/13 07:45:57

文字数:4,636文字

カテゴリ:小説

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