猛る獅子

「何!? 何なんですか!?」
 腰を浮かしかけたリンの頭をリボンごと押さえ、レンは屈んだまま怒声を上げる。
「まだ立つな! 何かいる!」
 非常事態を知らせつつ左手で剣の柄を握る。緊迫した表情で周りを瞬時に見渡し、矢が飛んで来た方向を探った。森の中でぎらりと何かが反射する。
「っ!」
 剣を抜いた勢いそのままに振り払うと、枝が折れるような音が鳴り、二つに斬られた矢が地面に落下した。続けて飛来した矢も叩き落とし、立ち上がって半身に構える。
 矢を防がれた事に驚愕したのか、がさがさと茂みを移動する音や慌てる声が森から聞こえた。レンは襲撃者が隠れている方向を睨みつけて叫ぶ。
「隠れていないで出てこい! それとも姿を見せるのは怖い腰抜けか!? 子ども相手に随分と情けない奴らだな!」
 挑発の直後に再び矢が一本飛んで来る。しかし碌に引き絞らなかったのか、レンの正面から大分離れた地面に突き立った。
「ちょっと、煽ってどうするんですか!?」
 屈んだままのリンは思わず声を上げる。レンの行動は不利な状況を呼び込もうとしているようにしか見えない。一体何を考えているのか。
 動揺するリンとは対照的に冷静な、呑気とも言える口調でレンは返す。
「これに乗ってくれれば良いんだけどな……」
 自分とリンにだけ聞こえる声で言い、振り向きもせずに相手の出方を待つ。すると、森からやかましいだみ声が響いた。
「言ってくれるじゃねぇか! ガキが!」
 茂みを大きく揺らしてまず現れたのは、中央部の髪を立てて頭部の左右を刈り込んだ男。抜き身の剣を引っ提げていた。同じく剣を持った男が二人、弓を持った男が一人、刈り込みの男に引き連れられて森から現れる。
 四人の男達から目を逸らさず、レンは空いている手を背中側に回して上下に振る。立つように促されたリンは指示に従い、レンの背後から襲撃者達を眺めた。
 野卑な雰囲気と言い台詞と言い、どう見ても野盗か盗賊にしか見えない。揃ってむさ苦しい外見で、トサカ男だけ皮鎧を纏っている。おそらく奴が首領だろう。
 全員が緑の髪。西側の人間なのは間違いない。
「何者だ」
 剣を中段で構えた状態を崩さず、レンは男達に問いかける。素直に答えるとは思っていないし、野盗であるのは分かり切っている。ただの時間稼ぎだ。
 子どもに馬鹿にされて怒り心頭だった首領だが、自分達の方が格段に有利であるのを思い出し、下卑た笑いを浮かべる。
「カッコつけるのは良いがな。この状況じゃ無意味だな」
 男の声を聞き流しつつ、レンはじわりと足を動かす。レンが半歩前に進んだのに気が付いたのはリンのみだった。
 戦う気だ。でも、勝てるの?
 戦いの場に立つ羽目になったリンは足の震えが止まらない。敵意を向けられるのはキヨテルに拾われる前に何度も経験したが、今回は盗人を捕まえようとする人とは訳が違う。人を殺す事に躊躇いなんて無い、明らかな殺意と武器を向けられている。さっき叫んだのも、怖さと不安を紛らわせる為だ。
 臨戦態勢に入っているレンに目を送る。いくら剣の稽古を積んでいるからと言って、一度に四人も相手に出来るのだろうか。しかも足手まといがいる。レンにとっては圧倒的に分が悪い。
「そこにいろ。リンベル」
 緊張に満ちていたが、頼もしさと優しさが込められた声。直後に大地を力強く蹴り付ける音。僅かな風が顔に当たる感覚。
「……はい?」
 レンが野盗に向かって飛び出したと気が付いたのは、一拍遅れてだった。

 緋色のマントをなびかせてレンは駆ける。敵が弓を引き絞っているのを捉え、走る足を止めないまま右手を左肩に添えた。
 男が迫るレンに狙いを定める。指を離して矢を放つ寸前、突如レンの姿が赤色の布で隠された。
「なっ!?」
 驚いた野盗がやや遅れて指を離す。矢が目隠しのマントを貫いた時には、既に金髪の少年が目の前に迫っていた。
 敵に一瞬の隙を作らせたレンは、距離を詰めて自分の間合いに相手を入れる。ここまで近づくと弓は役に立たない。矢が威力を発揮するには、適度に離れた場所から射なければならないからだ。そして今は、腕を伸ばせば相手に剣が届く距離。
 接近戦の間合いを手に入れたレンは、剣を持った左手を振り上げた。
「ぐあっ!」
 左腕を深く斬られ、弓を持った男は痛みに後退する。レンは一歩踏み込み、右手を上げて柄を握る。両手持ちにした剣を振り下ろして弓の弦と本体を断ち切り、飛び道具を使用不能にさせた。
「っのガキ!」
 剣を持った一人。弓の残骸を持った野盗の右後ろにいた男がレンに襲いかかる。残りの二人からの攻撃は無いと即座に判断し、レンは剣の男に体を向けた。
 殴るのと差が無い横斬りを屈んで避ける。飛び下がって体勢を立て直し、力任せに振り下ろされた剣を受け止めた。
 二本の剣が重なり金属音が響く。純粋な腕力なら小柄のレンに勝ち目は無い。このまま押し切れると野盗が口元を歪める。
 上から押し込まれる力に対して、レンは無理に抗おうとはしなかった。
「力押しだけで……」
 剣の腹に右手を添えた状態を保ち、不意に力を抜く。過剰な力を込めていた野盗の体勢が崩れた。
「勝てると思うな!」
 力を入れ直して剣を薙ぎ払い、相手の剣を弾き飛ばす。武器を無くして唖然とする男の脛を斬りつけ、流れるような動きで顎を柄頭で打ち上げる。頭を揺すられて脳震盪を起こした男は目を半開きにして仰向けに倒れていく。

「凄い……」
 レンが瞬く間に野盗を倒す光景を目にして、リンは怯えを忘れて呟く。足はまだ震えているが、胸の高鳴りは恐怖では無く興奮によるものだ。
 人数も体格の差も歴然だと言うのに、レンは全く怯まず、むしろ小柄さを生かした軽快な動きで野盗を翻弄している。三人目が振り回す剣を難なくかわし、もしくは受け流す様子からすると、レンにとって野盗達は大した敵ではないらしい。
 まるで演武を舞うような、華麗にして大胆な戦い方。振るう剣と共に金の髪が閃く様は、勇猛な獅子を思わせた。
 始めこそ不安に心を支配されていたものの、レンの戦いぶりを見ていたリンは徐々に平常心を取り戻していた。レンが野盗を全員倒すまでさほど時間はかからないだろうと安心感を覚える。
「あれ……?」
 同時に違和感が湧く。腕を押さえて蹲る男。気絶して地面に転がっている男。レンと剣を合わせている男。あそこにいるのは戦えないのも含めて三人。トサカ頭の首領がいない。
 森に隠れてレンの背後を突くつもりか。そう考えてレンの死角になる木々に目を凝らしたが、茂みからは鳥の一匹も出て来ない。
 まさか部下を見捨てて逃げたのだろうか。それならそれで構わないが、逃げる姿を見た訳ではないので気は抜けない。いつでも知らせられるよう、レン側の森を注意深く見る。
 そちらの方に意識を集中させていたせいか、程近い所で草と枝を踏む音がしたのにリンンは気付かなかった。
 もう一度。今度は少し大きな音がした。傍から聞こえた音が耳に入り、リンはレンから注意を逸らす。後ろから影が差した。
「……え」
 リンが振り向き、いつの間にか回り込んでいた首領に気が付くのと、レンが三人目の野盗に裏拳を叩き込むのは同時だった。
 首領が近付く。リンは突然の事に動けない。
「走れ!」
 レンの叫びで我に返ったリンは逃げようとする。しかし首領が手を伸ばす方が早かった。駆け出した瞬間に取り押さえられ、首に腕を回された。
「リンベル!」
 焦るレンの声。拘束された中で顔にひやりとした物が触れる。首領の声が真上から聞こえた。
「おーっと、動くなよ。下手な事をすればどうなるか……」
 駆け寄ろうとしたレンが片足を滑らせて急停止する。リンは恐る恐る視線を動かし、鈍い輝きにすぐ目を逸らした。
 分かっていたが、頬に剣が当てられている。捕まって人質になってしまったのだ。何とか振り解こうと足掻くが、まともに身動きが取れない上に力の差がありすぎる。腕に爪を立てても脚を蹴っても全く効果が無い。
「動くな小娘。可愛い顔に傷を付けられたいか?」
 完全に馬鹿にした言葉が降り、剣の腹を更に押し付けられる。いつでも斬れると脅されて、背筋が凍ったリンはびくりと体を強張らせた。
 いつから……。
 首を締め付けられて息をするのも苦しい。悲鳴を上げたくても怖くて声を出せない。手の震えが止まらないのを自覚して、リンは怒りに似た感情を抱く。
 いつから自分はこんなに弱くなった。優しい人から差し伸べられた手は払い除けられて、こんな奴には抵抗すら出来ないのか。
「お前らの目的は何だ?」
レンが低く抑制した声で尋ねると、首領はリンを見せつけて得意気に返す。
「へへ。近い内にこの辺りを東の貴族が通ると教えられてな。身なりの良い金髪のガキ二人を襲えば、俺達は大金を貰えるって寸法さ」
 計画が上手くいったと確信しているのか、かなり饒舌に答える。腕を動かして剣の向きを変え、切っ先をリンに突き付けてがなった。
「嬢ちゃんに怪我をさせたくなけりゃ剣を捨てな!」
 駄目。早く逃げて。
 そう言いたくても声が出ない。リンは喘ぎ喘ぎレンの目を見つめる。
 レンは王子だ。王子がメイド一人の為に命を投げ出すような事はしちゃいけない。見捨てれば逃げ切れる。だから、早く。
 左半身を前にして佇み、レンは無言で動かない。その落ち着いた姿勢に苛立った首領がリンに切っ先を近付ける。刃が微かに触れた。
「……嬢ちゃんの顔に傷を付けられるのをそんなに見たいか?」
 リンは息を詰まらせ、それでもレンへ逃げるよう目で訴え続ける。リンを見つめていたレンの表情が変わった。
 怖がるリンを安心させるように小さく笑い、口だけを動かして伝える。
 大丈夫だ。
 言葉を発した訳でもないのに、レンがそう言ったのがリンには分かった。まさか、と懸念を浮かべた目の前で、レンはだらりと両腕を下ろす。そしてゆっくりと左腕を振って剣を放り投げた。
 手放された剣が宙を舞う。リンは嫌に遅く映る様子を呆然と眺めていた。剣を捨てたのに油断しきって、首領は気が付いていなかった。
 レンが右腕を素早く動かしていた事に。
「がっ!?」
 頭上から短い悲鳴が上がり、剣が離れて拘束が若干緩む。次の瞬間リンが目にしたのは、真っ直ぐにこちらに突き進むレンだった。殴りかかる仕草を見て、咄嗟にきつく目を閉じる。
「いい加減手を放せ!」
 見事に入った打撃音が黒い視界で響く。首に回された腕が外されて自由になり、目を開いたリンはその場でへたり込む。
「怪我は!?」
 レンの問いかけが降る。ほとんど反射的に顔を上げて答えた。
「はいっ! ありません!」
「悪い! すぐ終わらせるから!」
 振り向いて見れば、口端から血を垂らした首領が体勢を立て直そうとしている。リンはすぐにこの場から離れようとしたが、腰が抜けてしまっていた。
「舐めるなチビ!」
 人質を解放され、挙句にすぐ終わると宣言された首領は憤慨する。リンに剣を振り下ろそうとして、懐に飛び込んだレンから頭突きを胸に食らった。皮鎧で威力はそがれたが、一瞬だけ動きは止まる。
「このガキぁ!」
 レンから見て右から左へ、勢い任せで狙いが定まっていない剣が振られる。レンは間一髪後ろへ飛んでかわしたが、切っ先が顔を掠めた。
「レン!」
「っつ!」
 焼け付くような痛みが走り左目を閉じる。目は無事だが、その下の位置を横に斬り裂かれていた。
 血が流れるのを文字通り肌で感じながら、レンは左手を剣の鞘へ、右手を右腰へと持って行く。鞘を握ってベルトから取り外すと、下ろしていた瞼を上げて首領を捉えた。
「はあっ!」
 裂帛の気合と共に左腕を振るう。剣の代わりとなった鞘が首領の右手首を直撃し、骨を折って剣を取り落とさせた。レンは隙を逃さず、がら空きになっていた敵の脇腹へ鞘の突きを入れる。気絶させるには至らなかったが、鋭い一撃は行動を封じるには充分だった。
「ごぉ……」
 首領は呻いて膝を付く。レンは地面に落ちた剣を拾い上げると、首領の眼前に突き付けて尋ねた。
「ここまでだ。お前らに情報を渡したのは誰だ?」
「し、知らねぇよ!」
 先程とは立場が逆転し、首領は青ざめた顔で喚く。レンは答えになっていない返答に不機嫌を隠さない。
「知らないって事は無いだろう? それとも何か? お前らは顔も名前も明かさない奴の情報を信じたって訳か?」
「き、貴族だ! 王都のお偉方から人を通して教えられたんだ! ただどこの誰なのかは知らねぇ! 本当だ!」
「成程……」
 こいつらは上手く言いくるめられて利用されただけだろう。レンはこれ以上尋ねても無駄だと判断して剣を引いた。構えを解かないまま、見逃してやると野盗へ宣告する。
「さっさと消えろ。それから……」
 寛大な処置に首領は安堵する。だが、レンはいきなり数歩後退したかと思うと、助走を付けて跳躍した。
 右足で踏み切り、勢いと体重を乗せた左足を首領の顔へ浴びせる。鮮やかに着地を決めて、めり込んだ鼻から濁流のように血を溢れさせた首領を見下ろす。
「チビで悪かったな。俺は成長期だ、これから伸びる」
 レンが飛び蹴りを入れ、憤りの籠もった言葉をぶつけるまでを眺めていたリンは、一つの決意を固めていた。

 身長が低い事やそれを彷彿させる事は言ってはいけない。特にチビは禁句。

 おやつの時間と同じかそれ以上に大切な事だと、頭にしっかり覚え込ませた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第24話

 野外実践型のレン王子。

 バトルだけで一話が終わった……。戦闘シーン書くの楽しかったです。

閲覧数:270

投稿日:2012/08/29 11:50:14

文字数:5,547文字

カテゴリ:小説

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