小国の王位継承者にして百年ぶりの第一世代歌姫(ディーヴァ)―――…。
歌姫の力が儚くなりつつある今、おそらく最も強い力を継承しているだろう姫君の到着に、国々の使者たちは首を長くして待ち続ける。
「……さて、どのような姫君なのやら」
頬杖をついて不敵な笑みを漏らす連中を見つめながら、カイトは静かに息をつく。
「………大丈夫か、ミク」
「は、はい」
傍らに座る少女の頭をそっと撫でながら、カイトは視線を滑らせる。何かを企んでいる連中の顔は、どう見ても穏やかに会合を進めるものではない気がする。若輩とはいえ、それをひしひしと感じるカイトにとって、ミクを連れてきたのは問題があったかという思考が脳裏を掠めた。
その理由は、彼女が第四世代を迎えた歌姫のひとりであることが要因だ。世間には街娘を見初めた王が娘を后に迎えたとしているが、実際は歌姫である彼女と出会って見初めたのが真実。
それを知られれば公務に連れ回すたびにミクの身が危ういと考えたカイトが偽証した事実は、場外では歌を歌わぬよう言い含めているとはいえ、気取られる可能性はあるため気が抜けない。
しかし、自分以外の歌姫を見てみたいというミクの強い要望もあり、懸念は消えないままに連れてきてしまった以上、なんとしても守り抜かなければという考えが浮上する。
さてどうしたものか、と考えに沈み始めかけたとき、キィッと鳴った音にはっとして、カイトは視線を扉の方へと向けた。
そこに立っていたのは―――…。
肩までの金糸の髪を編み上げることなく下ろしたままの、儚げな雰囲気を纏った少女の姿だった―――…。
無作法なまでの視線が痛い。だが、俯きそうな顔をぐっと上げたまま、レンは口を開いた。
「………皆様をお待たせしてしまったようで申し訳ありません。シェリアード王国国王代理として、会合の場に席を設けていただけたこと、心より感謝を述べさせていただきます」
姉の奔放さの中に埋もれながらも、ふとしたときに垣間見える王女としての気高さを思い起こし、ついでに先程まで共にいた次女たちの丁寧な言葉遣いや作法を併せてなんとかやろうと腹を括れば、後は勢いで乗り切れるものだ。
「………ほう、これはこれは……」
「愛らしい姫君ですな、まったく」
―――視線が、痛い。
不躾なまでの視線を浴びながら、姉の尊厳を穢してはなるまいと顔を上げているものの、今にも崩れ落ちてしまいそうな足が、情けないほどにドレスの下で震え続けている。
よろよろとした足取りを気取られぬよう、ゆっくりとした足取りで扉から左側にある一番手前に空いた席へと向かう。連れ立って来た侍女のソニカが、そっと椅子を引いてくれたのにふわりと笑みかけて、レンは黙然とそこに座った。
かくして開かれた会合で、レンは小国ゆえにあまり口をはさむことを遠慮していたが、連ねられていく議論にだんだんと苛立ちが募るのを止められずにいた。
「………ふむ、やはりどこも厳しいようですね。第五世代目の歌姫はまだ生まれていませんか」
残念そうな口ぶりでそう零す連中に、怒鳴りつけたい気持ちが沸き上がる。だが、簡単につぶせるような小国が、この場にいる大勢の大国を相手に口を挟めばどうなるのか、姉があの部屋に持ってくる本の知識を詰め込んだ頭では、容易に想像がついた。
『歌姫』としては、こんな議論すぐにでも止めさせたい。だが、姉に成り代わっている今、此処で事を荒立てて正体がバレてしまえばどうなるだろうかという懸念が、レンの心の叫びを牽制する。
「………ですが、シェリアードは恵まれていますね。姫君が第一世代として生まれたために、この先の歌姫問題は私たちと違って随分と楽になりそうだ」
ふっと使者のひとりが零した言葉が、レンに心臓を鷲掴みにされたような錯覚を齎した。嫌な予感が胸中を駆け抜け、レンは視線を彷徨わせる。
「………え…?」
「ところで姫君、我が国はあなたを第三王子の伴侶として国に迎えたいと思っているのですが、ご返答を頂けませんかな? そちらに文をいくらかよこしたのですが、まったく返答がないもので」
そこまで聞いたところで、レンは顔を蒼白にさせて身を震わせた。
―――――俺は……いや、リンは。……会合という国々の議会に代表として呼ばれたわけじゃない。
―――――会合という名の、『見合い』の場に引きずり出されたんだ……っ!
肩を震わせて俯くレンに、二三畳み掛けるように似た言葉を投げかける連中の声に、吐き気がする。歌姫を道具としか見ていない連中に、怒りばかりが沸々と湧き上がって仕方ない。
爆発しそうな感情を押さえ込もうと唇を噛み締めたそのとき、怒りに震える声がその場に響いた。
「―――――歌姫を侮辱することは、それ以上許しません」
はっと顔を上げたその先に、涙を浮かべてその場にいる使者たちを睨みつける娘がいる。
「…………歌姫としての力が特別優れているからと、一国の姫君にこのような場で私欲に満ちた発言、恥を知りなさい」
「……わたしも、同意見だよ。―――歌姫とはいえ、わたしたちと同じ人間をそこまで道具のように扱う相手とは、会合する気にもなれないね」
立ち上がる青年に連れ添うように席を立った娘は、優雅な仕草でこちらへ歩み寄ってくる。
「………行きましょう。今日の会合はどうやらあまり良い提案がなされるようではないようですから、二国が抜けた程度で何の支障もありませんから」
「………は、はい」
戸惑いつつも娘に促されるまま立ち上がれば、小走りで駆け寄ってきたソニカがレンの後ろに控えるように佇む。
「……ほら、行きましょう」
促されるままに扉に手をかけ、レンはその場を退出する。
扉の外は、荒んだレンの心を休めてくれるような穏やかな天気だった―――…。
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