積み重ねられた知識の層が織りなす静謐な空間がそこには広がっていた。丈夫なつくりの棚に詰め込まれているのは過去から続く記憶の書。幾人もの賢者が思考錯誤し生み出した術式が記されたもの、この世界の生物全てに関する習性を緻密に研究したもの、古今東西の文化文明を事細かに記録したもの。
そして嘘かまことか、胡乱な物語ばかりが綴られたもの。
書物自体に貴賎は無く、全ての文献が紐解かれる時をただ静かに待っている。選ぶのは読み手側。事の優劣をつけるのは全て人の側。何が正しく何が間違っている、など書き遺されたモノたちには関係の無い話。
「塔」の中にある広い書庫の片隅にルカは座りこみ、古い文献を膝の上に広げていた。表紙はすり切れてしまっていて題字を読むことが不可能なそれは、とてもとても古い文献だった。あまりの古さゆえ、綴じられた紙は劣化し乱暴に扱うとぱりぱりとひび割れ破けてしまうほどだった。表紙の題字はもちろん描かれている文様も、すり切れ消えてしまっている。
かつての昔は何度も撫で触れられて開かれたのだろう。人の手を幾度も渡った気配のあるそれを、ルカはそっと大切に扱いながら読み進めて行った。
ほとんど身動きせずに、その文献を読み進めてもう半日以上たっていた。けれどルカは途中で休憩を入れる事無く、その内容を読み解き、時に考え込みながら再び読み始める、と繰り返していた。ルカを邪魔するものは書庫の中におらず、それぞれが自分がおこなっている研究に必要な文献を探し漁るのに没頭していたからだ。
研究者というのはどうしてこう、ひとつのことに集中すると見境なくなってしまうのだろうか。少し呆れた気持ちを抱えながら、その長髪の男はルカの座りこんでいる席のすぐそばの壁を叩いた。
少し大きめの、こんこん、というノックの音。
その音に、びくりとルカは反応して顔を上げた。そしてノック音を発した主の、その姿を視野に入れ、まだ現実に戻りきっていない眼差しのまま淡く微笑んだ。
「がくぽ」
長髪長身のその男の名を呼び、おかえりなさい。とルカがいうと、その男、がくぽは、ただ今戻りました。と膝を折った。
―「庭」を4人が卒業してから数年が経っていた。
かつて、幼い頃からいつも一緒にいた4人はそれぞれの場所でそれぞれの仕事をこなしていた。
メイコは研究者として、即戦力になるような術式の開発を行うべく当の中と外とを行ったり来たりしている。
カイトは術者として活躍し、その能力の高さゆえに各地を跋扈する狂ってしまった魔物の討伐に駆り出されてしまっている。
がくぽは、というと昔と変わらず今もずっとルカの傍にいて護衛をしつつ、塔の近くに現れた魔物の討伐を行っていた。
そして、ルカはメイコと同じく研究者となったが、彼女と異なりほとんど塔の中で過ごしていた。塔の中で幾多もの文献を紐解き“消失”の謎を解くカギを探るのが、彼女の仕事だった。
今回留守にした日数は半月余り。いつも一週間も満たないうちに塔へ戻って来るがくぽにしては珍しかった。とはいえ、ほとんど毎日、がくぽからルカの安否を確かめる“手紙”は送られてきていたのだが。
「ただ今戻りました」
そう言うがくぽにルカは、今回はどこまで足を伸ばしたのだろう、とルカはと微かに目を輝かせながら、おかえり、と言った。
その表情はさながら土産話をねだる子供のようだ。そんなルカの様子に微かに口元を緩ませた。
ルカがお帰りと言ってくれるから自分は「塔」へ戻ってくるのだという自覚があった。ルカがいなかったらきっと、自分は術者として「塔」に属していなかったかもしれない。そんな事を思いながら、今回は前に皆で行った集落まで足を伸ばしました。と言った。その言葉にルカの瞳は更に興味津々と行った様子で輝いた。
「あの、がくぽが助けた子は元気だった?」
「はい。少し元気すぎるというか生意気な奴になっていました」
そう微かに顔を顰めて言うがくぽにルカは、ぷと吹きだしながら、その話はあとで色々と聞かせて。と言う。その言葉にうなずきながらがくぽは、ルカ様は何を読んでいたんですか?と問い掛けた。
「ルカ様、そんなに集中して何を読んでいたんですか?」
そう言いながらルカの手元の本を覗き込む。
元来、勉強よりも身体を動かす方が得意ながくぽだ。生まれつきのそんなセンスがあるために巨大な術を扱う事が出来る彼だが、術式の構築などに関してはからきしである。実際そのせいであまり繊細な術は使えず、術の暴発を起こしてしまったりするのだが。
それでも、がくぽはルカのやっていることを理解できないながらも興味を持って訊いてくる。そんな彼に簡単に分かりやすく説明するのがルカの役だった。が、自分もがくぽの旅先での出来事を訊きたがるのだからおあいこなのだけど、と苦笑しながらルカは問い掛けに答えた。
「これは、各地の古い伝説を集めた、民話集のようなものよ。この中でね、異なる地域で似たような記述があったの。その、各地で共通する事象こそが、世界の崩壊を防ぐ何かの手がかりになるのではないかと思って」
そう言って行ったん言葉を区切り、窺うようにルカががくぽに視線を向けた。
案の定、というべきか。ルカの言葉を把握しきれていないまま、眉間に皺を寄せているがくぽに、ふと小さく笑って、つまりね。とルカは言葉を続けた。
「同じようなことがあちこちにあった。ということは、何かの条件がそろって皆が偶然同じような事を思いついたか、今現在は残っていない何かの繋がりが全体的に広がっていたか、あるいは、」
そこでもったいぶるように再びルカは言葉を区切った。
「関係性だとか繋がりだとかそんな事は関係ないくらい、“その事”は当たり前のこと、だったのか」
そう言ってにっこりと微笑み、さて問題です。とまだ思考が追い付いていないがくぽをからかうように、ルカは言った。
「今まで当たり前にここにあったのに、ある日突然ぜんぶ消えてしまう。こういう事象はつい最近、起こらなかったでしょうか」
人差し指を上に向けてルカがそう問い掛けをしてくる。その言葉にがくぽはようやくルカの言いたい事に気が付いて、ぽんと手を打った。
「つまりルカ様は、昔は当たり前のようにあって、今はない“その事”が世界の崩壊と関係していると。そう考えているんですね」
「そう。よくできました」
ぱちぱち。と小さな子供のように無邪気に手を叩き、ルカは興奮で微かに頬を上気させながら言った。
「全く的外れかもしれない。けど、姉さまや兄さまたちとは違うやり方で、崩壊を食い止められるかもしれないじゃない?」
そう力説するルカに、そうですね、と頷きかけて。がくぽは、はっと目を見開いた。
始まりの日【シェアワールド】響奏曲【異世界側】
久しぶりにシェアワールドを書いたら、がくぽの性格が良く分からなくなりました。sunny_mです。
とりあえず、始まりを書かないと始まんないだろ。ということで、始まりの日です。
前のバージョンで続きです。
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ご意見・ご感想
藍流
その他
投下ありがとうございます!
ルカさんが「おかえり」を言ってくれるから帰るとか! 青い春ですね!w
sunny_mさんの(この話の)がくぽは物腰が柔らかくて、何か新鮮です。対ルカさん限定っぽいけどw
天然最強なルカさんも可愛いなぁ。
そして(ルカとがくぽの)物語の外側で、兄さん達も動き出している……!
いいなぁ、この垣間見える感じ!
というかこれで私がそっちを投下してたらシェアワールドの本領発揮なんだよね!
……停滞中でごめんなさいorz
と、とりあえず、総括! 頑張れ、がくぽ☆(←
2011/07/24 19:03:43
sunny_m
>藍流さん
コメントありがとうございます?☆
始めちゃったけど、続くのか!?というのが今の心境です(笑)
というか、次の話の流れで既に詰まり気味だったりしてます^^;
大丈夫なのか!私!?
がっくんには青い春らしくもだもだして欲しくて、なんかこんな感じです。そして、おっしゃる通り、この柔らかさは、やっぱりルカさん限定みたいですよw
かなり見切り発車な始まりの日ですが(笑)このあと、二人の旅はどうなるんだろうか…←
ホント、いろんな意味で頑張って!がくぽw
2011/07/25 20:42:50