日の当たる場所に置かれた椅子に、それは座っていた。正確には…座らせられていた。
 たらん、垂れてしまっただらしのない手足の関節部分を丁寧に曲げ、手に関しては膝の上の組むようにお行儀よく重ねる。
 椅子に深く腰を掛けさせた。すると、不思議とちゃんと座っているように見える。先程まで支えなければ維持出来なかった座位も、今では天井から糸で釣ってあるかのように、真っ直ぐだった。
 白い大きな布で、それの頭部に大きなリボンを結んでやる。絶対に必要というわけではないのだが、彼女のトレードマーク的なもののような気がして、結ばずにはいられなかった。だが、その際に髪の毛が乱れてしまう。
 リボンを結ぶ前にも櫛で梳いたけれども、またやり直しだった。
 柔らかい櫛で、金色の髪の毛を梳いていく。それらは、太陽の光りに透かすと…飴色だった。
 透き通った金色で、少し橙色を含んでいるよう…細い飴細工のようだ。ふわふわと舞って、光にきらきらと輝いている。
 小さく、それの名前をそっと呼んでみる。彼女の名前。

 リン

 短い名前。鈴と掛けてあるのかはわからないけれども、澄んだような…明朗な印象を与えるものだった。
 じっ、と顔を見つめていた。
 長く、くるんとした睫毛を備えた瞼のの奥に隠されている瞳が覗く瞬間を、ひたすらに眺めている。
 どんな色をしているのだろうか。このような期待で一杯だった。
 一応に青緑色をしていることは、情報ででも知っていたのだが、やはり早くこの目で見てみたいと思う。
 そのような想いを抱いて待っていると、彼女の身体の中から…皮膚となっている表面の下から、聞きなれない音が聞こえ始めた。
 高い音。低い音。短い音。長い音。
 それは…機械が動く時の、音だった。
 今、リンの中で活動開始の為の準備が行われ…忙しなく動いている。
 人間でいうならば、心臓が血液を送り、酸素を取り入れたりしているようなものだろう。
 本当にちゃんと動いてくれるだろうか…。
 そんな心配から、彼女から少しばかり離れて様子を見てみることにした。
 足、手、爪先…動くのだろうかと顔から目を離したとき、視界の端で…小さく動いた。
 リンの目が…長くて細い睫毛が震えるように、小さく動いたのだ。
 そこに食いつくようにして注視していると、上がっていく瞼の下から瞳が見えた。
 宝石のエメラルドのように輝く、瞳だ。
 焦点が合っていないのか、彼女の瞳の奥で数回音が鳴り、リンがこちらを向いた。
 名前を呼ぶと、リンが小さな唇を動かして、繰り返す。

「…り、ん…」

 流暢とかかけ離れた、たどたどしい言葉であったものの、その音は高い。鈴のような音だった。
 幾度も繰り返すと、彼女は音の高低を覚えた。ただ、自身がリンと呼ばれていることには気が付いていない様子だった。目の前にいる人物をリンと思っているらしかった。
 それに気がついて、自己紹介をしようとしたものの…どう説明してよいのかわからない。ただ、『マスター』という存在であることは確かだった。
 ぼそりと言うと、彼女は直ぐに反応した。

「ま、すたあ」

 やはり、発音は可笑しかった。だが、どこかとても愛らしい。

「ますたぁ」
「ますたー」
「マスター」

 どんどんと綺麗に発言していくリンに笑うと、彼女も笑った。
 しっかりと唇の端を上げ、目を細める。
 彼女は立とうとして、身体を大きく揺らした。
 髪の毛が光りに透かされて、飴色に染まる。
 初めて自力で立とうとする身体は、まだバランスが取れていなかった為に、身体が大きく揺らいだ。
 色々と機械の音が低く響き、リンは転ばずに済む。
 ひやひやと見ていたこちらに、彼女はやわらかく笑い返して、手を広げた。

 マスター。うたをください。
 マスター。歌わせてください。。
 マスター。マスターの歌を、このリンに、歌わせてください。

 頭部のリボンを自ら大きく揺らした少女は、にこりと笑っていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【小話】軌跡のロボット→リンの目覚め

 こちらのリンちゃんのイメージで勝手に書かせていただきました(・∀・:)
 →http://piapro.jp/content/49baxmp86h1ffg3t

 やわらかく笑うリンちゃんがとても可愛かったので、つい…。

閲覧数:185

投稿日:2009/04/22 02:41:29

文字数:1,653文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • 彩森

    彩森

    ご意見・ご感想

    >サナギさん
     コメントありがとうございます。
     イラストを見て、自分の中でぽやぽやぽや~と【何かがきたら】文章にしたくなったりします(・∀・*)
     サナギさんのイラストを拝見して、【初めて動いて笑う】というイメージが思い浮かびましたので…。

     ボカロではマスターの性別とか性格はあまり出さない方が良いと思うので、こういう文章になってしまいました。
     余談ですが、これから先、リンはマスターの名前はマスターだと思い込んでます(笑)

     今回、お話が書けたのもサナギさんのイラストが動きのある素晴らしいものだったので…。
     私もこれから素晴らしいイラストを楽しみにしております。

    2009/04/24 00:34:29

  • サナギ

    サナギ

    ご意見・ご感想

    私のイラストをイメージして小説を書いて頂けるなんて!!!
    …読んでいて鳥肌が立ちました…
    彩森さんの文体素敵ですっ。
    特に

     マスター。うたをください。
     マスター。歌わせてください。。
     マスター。マスターの歌を、このリンに、歌わせてください。

    っていうとこが凄く好きです♪

    これはもうコラボですねっ!!^^

    私のイラストで良ければ
    またイメージ小説書いて貰えたら嬉しいです^^

    では次回作楽しみにしています♪

    2009/04/24 00:11:52

オススメ作品

クリップボードにコピーしました