!警告!
こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。
ローリン@ガール 4
もうここ一帯を何周もしたが、人の気配は微塵も感じられなかった。おかしい。そんなはずはない。真人は何度も自分に言い聞かせながら、がれきを押しのけて歩いた。
「――先輩!」
すでにかすれきった声で、真人は叫んだ。
「表山先輩! 冗談もうやめてください! ……いるんでしょ! そのへんに!」
しんと静まりかえった廃墟に、その声はむなしく消えていく。その残響が嫌で、真人はもう一度声を張り上げた。
「先輩! 勝手にいなくなったのは謝ります! ……事故だったんですって! そんな怒んないで下さいよ。……あんまりからかわないでくださいよ!」
返事は、ない。淡々とした沈黙が続いているだけだ。気づけば、真人はしゃくりあげていた。胃のあたりがひやっと冷えて、どうしていいか分からなくなってくる。
「……俺が、悪かったです! ごめんなさい……! だから……!」
外はもう日も沈み、すっかり夜中だった。今、何時だろうと腕時計を見ようとしても、暗くてなにも見えない。携帯電話のディスプレイライトで、と思っても、故障のせいでそれもない。ぼんやりとした月の光だけが、頼りだった。
時折、がれきにつまづいたりしながら、真人は歩いた。ベランダに出て、木片を踏みつけながら歩く。歩きながら、今晩の寝床について考えた。――だけど、やはり出てくるのは、あの場所しかなかった。てきとうな場所でもかまわないのだろうが、まだこの島に、他の浮浪者がいるかもしれない。それに、真人には食べるあてもない。どうしようもない自分の無力さに、真人はとぼとぼと階段をのぼりはじめた。
あの少女が、きっと一日じゅう転がり落ちていただろう、この階段を。
戻った部屋は当然、真っ暗だった。少女はもう寝静まったらしい。昨日見たのと同じ場所で、丸くなっている影が見える。規則正しく肩が揺れているので、ぐっすり眠っているのだろう。
さすがに今日は、真人もへとへとだった。それに、腹も減った。もちろん、昼も食べていない。もし、彼女が夕食をとるだろう頃に帰ってきていれば、またさんま缶か何か、出してくれていたのだろうか。そんな甘えた考えもちらつき、真人はかぶりを振った。
自分から突き放したのだ。都合のいいときにだけ甘えるなんて、どうかしてる。
ため息をついて、なんとか腹の虫を黙らせながら、朝、自分が目覚めた場所に向かう。ぼろぼろのカーテンは、自分が抜け出したままの形だった。そして、その手前に、まだ開封されていない、今度はブリの缶詰。
「……っ――、」
とたんに、目元が熱くなった。なんだかわからない感情がどっとあふれてきて、言葉に詰まる。嗚咽が漏れないように必死になりながら、真人は夢中でぶりの照り焼きにかぶりついた。今朝のような小言は、これっぽちも浮かばなかった。
今日はすとんと眠りにつけた。きっと疲れが溜まっていたのだろう。熟睡、というわけにもいかなかったが、昨日よりはずっと目覚めもよかった。
身を起こせば、今日は少女の方がはやかったらしい。缶詰を二つ持って、彼女はすぐそばに座っていた。
「はい、どうぞ」
言って、差し出してくれた声が少し明るいように聞こえたのは、気のせいなのだろうか。
「……ありがとな」
受け取ってから、そういえば、昨日、自分は彼女に礼を言っただろうかと思案する。それほどにパニックに陥っていた、ということか。内心でため息をつきながら、今日はツナ缶を開けた。
食べ終わってから、少女はまた、ひょいと立ちあがって、廊下へと駆けだした。一体どこへ、と考えたところで、昨日の光景が蘇る。思わず、上げかけた腰を、また下ろした。しばらくすれば、またあの、鈍い連続的な音が聞こえてくる。
あの少女が、まるで使命かなにかのように繰り返している行動が、真人にはやはり理解できなかった。「思い出す」だとか言っていたが、一体、なにを、どう、思い出せば、彼女は満足するのだろう。
(……考えても仕方ない、)
かぶりを振って、真人は思考を追いやった。自分には、やるべきことがある。まだ、昨日一日、探しただけだ。今日もまた、表山たちを探さなければ。
(――でも、)
もう、だめかもしれない……。そんな思考がちらりと浮かんだが、あわててもみ消した。今はそんなこと、考えたくない。きっと、昨日はすれ違っただけだ。それに、他のエリアも探してみれば、別のメンバーとも再会できるかもしれない。
真人は廊下に出て、ちらっと、少女が走って行ったであろう方向を見た。相変わらず、鈍く響く連続音。彼は無理やり視線をそらし、今日は反対側を見ようと、歩き出した。
そんな日々が、もう、二日間も続いた。朝起きて、少女とともに缶詰を開けてささやかな朝食をとり、少女が“恒例行事”を始めるのと前後して、真人が島の探索を始める。その後、彼は一日じゅう島を歩きまわり、声を張り上げるだけ張り上げて、夜遅くに部屋に戻る。その時には、だいたい少女は眠りについていて、真人の寝床となっている、ボロボロなカーテンの近くに、夕食となる缶詰がひとつ、ちょこんと置かれているのだ。
この二日間で、収穫はゼロだった。誰もいない。撮影メンバーもいなければ、浮浪者に襲われることもなかった。もし、ボートに乗ってこの島から去ったのが、本当に浮浪者の一団だったのだとしたら、きっと、彼らで最後だったのかもしれない。そう思ってしまえるほどに、この軍艦島には人気がなくなってしまった。動物の気配も、もちろんない。島に響くのは、波の音と、最早、聞き慣れてしまった、“あの音”のみ。
相も変わらず、少女は今日も転がり続けていた。
あらかたビル群を見つくした真人は、ふらふらと海岸の堤防へとやってきていた。どれだけ声を張り上げたのだろう。喉が枯れて、ぴりぴり痛かった。
堤防の上に立ち、打ち寄せる波だけの世界を見つめた。真っ青な海はどこまでも広く、果てしなく。三百六十度、水平線しか見えない景色に、絶望にも似た虚無を感じる。(やっぱり……)ぼんやりと考える。(もう、無理なのか……?)
どれだけ呼んでも、メンバーが答えることはなかった。他にも、誰もいない。自分はこのまま、あのわけも分からない少女とともに、ここでずっと暮らし続けなければいけないのか? そのうち自分も、あんな色のない目になって、何かの使命感にとらわれながら、意味のない行為を繰り返さなければならないのだろうか。
(――嫌だ!)
反射的に、背筋をぞっと悪寒が走る。頭を大きく振って、その考えを吹き飛ばそうとする。
この四日間、真人の焦りは日に日に積ってきた。じっとしていてはいけない。じっとしてしまったら、少しでも、ぼんやりしてしまったら、たちまち暗い考えに支配されてしまう。もう、駄目なんじゃないか。自分はここで、死んでいくしかないのだろうか……。そんなぞっとするような、冷たい考えが頭の中をぐるぐるとめぐるのだ。それを考えたくなくて、真人はとにかく、島じゅうを歩きまわった。朝から晩まで歩きまわって、くたくたになっても、声が枯れても、叫び続けた。そうでないと、あの考えが本物になるような気がしたから。とにかく、なにかしていないと、落ち着かなかった。
(徹夜でもいい……オーバーワークでもいい……)
海を眺めながら、真人はぼんやりと思った。
(なんでもいい……つまらないことでも、ささいなことでもいい。……だから、今までの日常に、返してくれよ……!)
そんなことを、何度も思った。思いは日に日に増し、途方もなく大きななにかに追い立てられるように、真人はせわしなく周囲を見回すようになった。見渡す限り、廃墟、廃墟、廃墟。それを抜ければ、ただの海――。
「――どうしろっていうんだよ!」
躍起になって、真人は叫んだ。焦燥感に駆られ、はやく、はやく、と、気持ちが急く。はやく、なにかしないと。はやく、なんとかしないと。
具体的に“何を”すればいいのか、具体的に“どう”なればいいのか。そんなイメージは全くなかった。だけど、はやく、はやくと、焦る思いばかりがあふれる。
もう、限界だった。
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