三人は博物館の一階にあるカフェテラスの席に着いた。
「ゆかりちゃんに呼び出されてたんだけど、早く来すぎちゃったからここで時間を潰してたんだよ。そしたらいい歳して人前で変な事やってるから仕方なく止めに入ったと」
心咲にしてみたら、天敵と等しい立場のつばさを呼びだしたゆかりはもはや裏切り者同然だった。部活の先輩の指示とはいえ、唯でさえ来るのが嫌だったのに自分より優位に立つ人物に来られては、よりみじめにさせられるのが我慢ならなかった。
「ゆかりさん、これはどういう事なの?」
怒りの矛先がゆかりに向いた。思い付きと友人マキへの相談の結果、つばさを加えた上で話し合いが最良という結論に至った。だがこの二者を和解させるにはゆかりの手腕が問われる事となる。
「つばさちゃんも大ちゃんに翻弄されていたから連れてきた!」
結論だけを堂々と述べるゆかりだが、ここは彼女の言葉ではなく、つばさの言葉が届くと自身が感じていた。
「話の途中で悪いんだけど、私から話をさせて。初めてゆかりちゃんからこの話を聞いた時、この状況を引っ掻きまわして楽しむだけの下種なヤツかも、って思った」
「はっきり言ってくれますね・・・」
「そりゃそうよ。まず人の事根掘り葉掘り聞き出すんだもの。とはいえ話すこちらにも非はあったんだけどさ。それについこの間、この人は夕方を回ってたにも関わらず、急に家を訪ねてきたの。こんな時間に変だとは思ってとりあえず上げて話を聞いてみたら、私自身の為にもこの日に来るべきだって、それを言いに来てくれたの」
「その節はとんだ御無礼を」
ゆかりは恭しく頭を下げた。
「まあ、うちもろくに知らないのに家を調べて、今日来てもらえるよう頭まで下げてくれたから、その顔を立ててゆかりちゃんの考えに乗っかろうと思った。ゆかりちゃんの事だから、悪いようにはしないだろうって感じたんだ。それはいつも一緒にいる心咲ちゃんの方が分かっているんじゃないかな」
いつも難題をやってのける。いつしか、部活動の助っ人管理を自身のミスでダブルブッキングしてしまった時も、ゆかりがその間に入ったお陰で事無きを得た事があった。
「今回は物凄くデリケートな問題だったから、大ちゃんと三人でいる時に乱入してもらおうと思って、森の中で時間潰しているようにお願いしてたの。だけど手順が狂ったからには臨機応変につばさちゃんの事を今ここで話してもらおうと思う」
「それは・・・大ちゃんとのことだよね?」
それは、以前ゆかりに話した大智と自分の関係だった。
つばさと大智は幼少期よりサッカークラブに入り苦楽を共にした仲。三度の飯より好きだったサッカーを諦めようとした中学時代、大智より受けた大きな恩と、それに便乗した交際と別れ。
「アイツにとっては友達以上の関係であっても、恋人としては見てくれてなかったんだよ。その恩と未練がぐちゃぐちゃに入り混じって、恋愛に似ているようで違う、変な気持ちがくすぶっているだけ。だから私の中では心咲ちゃんと大ちゃんが付き合うなら、それはそれで諦められると思ってる。やけになっていると言えば、そういう風になるかもしれないけどさ」
「あのさ・・・」
今まで黙って聞いていた心咲がぽつりとつぶやいた。つばさはその言葉に懸命に耳を傾けようとした。
「もう一度付きあおうとか、思わなかったの?」
「あのサッカー馬鹿の事だから、間違いなくフラれるっしょ。何より今は部活復帰が最優先だからね」
「やっぱり・・・」
心咲はうつむいたまま呟いた。二人は固唾を飲んで次の言葉を見守る。
「付き合いの長い人には敵わないなぁ。私は早良くんをフット同好会のメンバーとして見ていただけだし、大概一緒にいる桐間さんが羨ましいと思ったし、付き合っただけやっぱりずるいと思う。でも今の彼を落とすのは無理みたいだね」
と、小さく笑って肩をすくめた。だが心咲は疑問に思った。なぜフット同好会の間で二人が付き合っていた事実が流布しなかったのだろうと。
「桐間さんは・・・この事誰かに話したの?」
「いや、誰にも。中学時代でもサッカー関係で大概一緒にいるから、交際中だって誰からも認知されなかったし、逆に言う必要もないでしょう」
「え?一番仲のいい友達とかには報告しない?」
「うーん・・・やっぱり大ちゃんといる事が多かったし、そのせいで女子の間では浮いてたから、女子同士の付き合いがほとんどなかったなぁ」
こんなにも真っ直ぐで純情なつばさに心咲は思わず涙した。フット同好会内ではプレイが上手く、一目置かれる人間だが、それ以外では実は孤独だった。唯一の友と呼べる人物からは彼女の心の苦しみを分かってもらえない有様で、それでも健気で前向きな様に心打たれたのだ。
「バカみたい・・・桐間さん、ずぶ濡れになっても尻尾振ってる犬だよ・・・」
自分では背負いきれないものを背負ってきたことへの、情より深い哀切だった。
「一人で抱えてて、でもへらへらしてて。プライド無いの?」
泣きながらひねり出した心咲の声だった。
「そんな風に言ってくれる人、今までいなかったから・・・逆に嬉しい・・・」
つばさも語っているうちに涙が出て来ていた。顔を伏せハンカチで涙を拭っていた。
「私と・・・お友達になりませんか?」
涙で揺らぐ声のまま、心咲はつばさに右手を差し出した。
「私こそ・・・お友達になって下さい」
精一杯頭を下げ、つばさはみさきの手を握った。
「良かったね。二人とも」
ゆかりも暖かい気持ちになりながら、二人の握った手を両手でがっちり覆った。
泣きべそが落ち着いてきた頃に、ゆかりの携帯電話が鳴りだした。
「あれ・・・誰だろう」
それは小一時間もの間放ったらかしにされていた大智からの着信だった。
「あ、大ちゃんだわ」
ゆかりが言うと、二人もすっかり忘れ去っていた大智の存在を思い出した。
「そういえば、池のテラスで待たせたままだったね」
電話を受け、開口一番いつまで待たせるんだと文句を言ってくるのかと思ったが、それとは裏腹に様子がおかしかった。
「お、結月か。池の周りに警察官を結構見かけるんだけど、なんかあったのか?」
「え、なんかって・・・」
ゆかりも周囲を見渡すと、警らにしては随分な数の警察官がいるではないか。
「こっちにも相当数来てるんだけど・・・」
「さっきの窃盗発言で通報されちゃった?」
小声で心咲がゆかりに言う。
「窃盗?お前ら何やらかしたんだ!ん、二人掛かりでこっちに向かってくるんですけど。一回電話切るな」
その日、大智から再度着信が来る事は無かった。
「ちょっと君たち。いいかな?」
背後から女性に声を掛けられた。だが随分とハスキーで男性っぽさを感じさせる調子だった。心咲とつばさは周囲の警察官にすっかり怖気づき、声を掛けられるのと同時にビクつく始末だが、ゆかりはその声に聞き覚えがあった。振り向くとそこにはブロンドショートヘアの桐生まな美がそこにいた。
「まな美ちゃん?」
パリッとしたダークグレーのレディーススーツに身を包み、黒いヒールを鳴らして現れた。
「あれ?ゆかりちゃん。あなたこんなところでなにしてるの?」
「いやいや、まな美ちゃんこそ仕事さぼってダイヤモンド見学?」
ゆかりと桐生はかつて家が近所同士で、年は一回り近く離れていたが、よく遊んでもらったものだった。後に結月家が引っ越してしまうものの、親同士の親交がある為、十数年経っても切れない縁であった。
「それよりも、ちょっと私と一緒に博物館に集まってもらって良いかな?時間は取らせないから」
そう言ってテラスから博物館へと引き戻された三人だった。
「ねえ、あの格好良いお姉さんは誰なの?」
「私の腐れ縁で、葛流警察署で盗みを働く悪い奴をふん縛る仕事をしている怖い人だよ」
心咲の問いに小声で紹介するが、桐生には筒抜けであった。
「おい、聞こえてるぞ!」
「ほらね」
ゆかりは半笑いで彼女を差した。ゆかりに小馬鹿にはされているが、入念な情報整理と泥まみれになりながらも犯人を追いかける不屈の精神で、今の彼女の検挙率は県内でナンバーワンとされている程だった。
「そして現在二十七歳、独身。絶賛彼氏募集中!」
「バカ!やめなさい!」
博物館で声を上げて言うものだから、同僚の警察官やら一般客やらがくすくすと笑い始めた。顔を赤くしてゆかりにげん骨を落とそうとするが、紙一重で彼女にかわされた。
「ちっ!」
「べーっ!」
ゆかりは上目づかいをしながら小さな舌をペロッと出した。
「そろそろ教えてくれない?この状況」
桐生は辺りを見回して、女子三人を手招きして引き寄せ小声で話し始めた。
「ファントム・ミラージュが今夜この博物館のダイヤモンドを狙うって予告が来たのよ」
国際犯罪者番号オーマルナナフタヨン。世界中で宝石、美術品など価値有る物の窃盗に暗躍する犯罪者集団の通称名だ。手口は決まって事前に犯行声明が出され、声明通り実施をする。神出鬼没であり、手口も鮮やか。そして正体についても何一つ掴めていないことから、さながらミラージュ(蜃気楼)を掴む有様から、そう呼ばれるようになった。
「以前から来るとは言われてたんだけど、ICPOの極東支部の人間もうちの署に派遣された矢先にこれだもの」
予告状が職員の手によって確認されたのはほんの三十分前の事だった。ゆかりたちがカフェテラスで修羅場を演じていた時間だった。対応が早かったのは葛流署が既にICPOの指揮下に入っていたからだった。
「だから葛流の森を封鎖して、これから一人ひとり身元の確認を取らせて貰うから。お楽しみのところ悪いんだけど、協力してね」
と言い残し、桐生は博物館の外へ出て行った。森に遊びに来ている人間をまたここに連れてくるためだった。この時ゆかりは、ファントム・ミラージュはこの森にいないと思った。警察やICPOの行動は容易く読める。だからこそ予告状だけを残し森自体からは脱出しているはずだ、と。少なくとも自分ならそうする。
「ファントム・ミラージュだって。時々外国のニュースで見るくらいかと思ってたけど、この街に来るなんて」
信じられない、と言った様子で心咲が言った。
「月の縁に導かれて、なんていう謳い文句だったけど、私たちを繋いでくれた月の雫が盗まれちゃうのは・・・やっぱり良い気分じゃないよ」
何もできない自分に悔しさをにじませながらつばさは言った。
「今夜か・・・」
と呟くゆかり。二人は彼女が考え事をしているようだったので何も言わなかったが、この時ある決断を自身に下すのであった。
【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん! THE PHANSY #7【二次小説】
4.月の縁に導かれて 後編
本作は以前投稿した小説怪盗ゆかりんの前日譚にあたる作品で、
主人公が怪盗になる経緯を描いた物となります。
投稿まで時間が掛かった。気が付けば当作最多の文字数。
でも調整がメインだったけど、
そして投稿直前で結構大きいミスを発見し即修正。
どれくらい大きいかと言うと、
長く親しまれているIEの致命的脆弱性が
今になって分かるくらい大きかった。
既に修正プログラムは打ってあるけど、
時間管理の恐ろしさを改めて思い知る事となった。
いよいよ今話で正念場!次回からクライマックスへ!
作品に対する感想などを頂けると嬉しいです。
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※※ 原作情報 ※※
原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893
作詞・作曲:nami13th(親方P)
イラスト:宵月秦
動画:キマシタワーP
ご本家様のゆかりんシリーズが絶賛公開中!
【IA 結月ゆかり】探偵★IAちゃん VS 怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風MV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23234903
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【※※ 注意 ※※】
当作品は動画「怪盗☆ゆかりん!」を原作とする二次小説作品です。
ご本家様とは関係ありませんので、制作者様への直接の問い合わせ、動画へのコメントはおやめ下さい。
著者が恥か死してしまいます。
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