グミは今日も寒くて灰色の螺旋階段を降りていた。
奥方からルカを見張るように命を受け、主人公の処分を当主から仰せつかった神威と共に。
今宵も、ハッピーエンドには及ばない。
そんな事実を、何時ものように迎えるため。
また、目頭は熱を帯びた。
ぎぃい、とドアを開けた途端、首に激しい痛みと共に赤い液体が視界を覆った。そのわずかな一瞬に、弧を描く金色の閃光を見た。
普段、何も考えないグミはこの一瞬ばかりは…――何事だろうと視線を左へズラした。
遠い記憶。
それを言ったのは誰だったか。
『芝居は何故、台本通りに進むと思う?』
そんな問い掛けが、赤い水がぶちまけられている中、脳裏を掠めた。
脱力感と共に水飛沫は地へ落ちていく。
『それは、演じる人間が台本通りにやろうとしているからだ』
だからね、と記憶の中、フードを被った男は笑う。
『一人でも『ぶち壊そう』としている者がいれば、舞台上演は成り立たないのだ。皆が成功させたいと思わなければいけないのだよ…――役者の全員が全員、役になりきるのは当たり前…? おやおや…』
傾いていく世界で…――今宵のバッドエンドの主人公が、双手に黄金色の『鍵』とリンの頭を握って…――ニッコリ笑っていた。
『そんなものは、『成功例』しか見たことがないからだろう?』
♪☆♪
「なんだ。呆気ない」
目を見開いたまま倒れて動かなくなったグミ。ミクは見下ろしながらクルリとナイフを回す。
コレではどちらが本当の悪役なのかわからない。しかし、互いにそんな思考は当然のように持ち合わせていなかった。
ミクは主人公として選ばれた『役者』であり、神威は主人の命を受けた執事だ。
グミの赤に汚れた神威が暫し出来上がった本物の死体を見て呆然としていたが、無感情な目を向けてきた。
しかし、なんて華麗な一撃だったのだろうと己の手際にミクは酔狂する。続けて手に持っていた頭を神威へ投げつけ…――同時に懐へ飛び込む。
反射的に受け取った神威は驚きながらも首元を狙われたナイフをギリギリでかわされた。
『おしい』。
血相を変えた神威は直ぐ様「お嬢様!」と叫びながら出ていってしまった。
倒れたグミの服をまさぐって鍵を探す。この針は柄の尻が特殊な形をしているからテッキリ鍵だと思ったのだが、残念ながら鍵穴と合わなかった。
やっぱり、当主が持ってるんだと結論に行き着いた。
鍵が無いと分かると、ミクはグミを跨き、液体を踏んで再び石畳の階段をコツコツ昇り始めた。
足取りが軽い。
まるで、これからパーティーにでも行くみたいに。
舞台が終わったら帰れるなんて誰が保証してくれるの?
そもそも、何の舞台?
アットホーム?
サスペンス?
ホラー?
ホラーが一番しっくり来るわよね、この舞台。
誰が監督か知らないけど、監督を引きずり出してやるわ。もう、1人殺しちゃったもの。
放っておいたら、みんな死んじゃうわよ?
くるりとナイフを手の中で回す。
何時だったか、リンが言った台詞を引用する。
「私がしゅやーくのクレイジーナぁイっ♪」
♪☆♪
カイトはメイコと共に階段を下っていた。
終わることのない舞台を、また始めからやり直すため。所定の位置へ戻るため。
カツカツカツと足音がする。
もう神威は殺してしまったのだろうか。
メイコの、歩みが止まる。
カイトも目の前に現れた人物に足を止めた。
「あ。旦那さん」
目の前の人物…――ミクは笑う。
服を、赤に染めて。
この状況でキャスト達はろくに何も思わなかった。
誰かが怪我をしたことは間違いなかった。それに、ミクの浴びている血の量は尋常ではない。
しかし、彼らは何も思わなかった。
両手にぬらりと赤に染まっているナイフのようなものを手にしていても。
一段、足をかけた瞬間、ミクは階段を蹴った。メイコへ詰め寄り、横へ凪ぐ。
メイコの首から、ドバッと飛び出した赤。カイトはそれを顔からかぶりながら倒れ行くメイコ見つめた。彼女はろくに悲鳴をあげることもなく、目を見開いたまま仰向けになる形で階段に倒れた。
「メイコ…」
カイトは赤い液体を階段の下へと滴らせているメイコを呆然と見下ろしながら、抑揚のない声で溢した。
こんな、
こんな、
「旦那さん。鍵下さい」
こんなっ、
こんなっ…。
こんなの…――!
忘れたのか? 神威が殺す前に会ったら『鍵は見つかりましたか?』だろう? それから『早く探しなさい。そうでなければ出られなくなる』で、ルカには絶対に会わせないようにしなければならない。何故ならそれがストーリーだから! 『決められた台本』だから!
訳のわからない雄叫びをあげながらカイトは降りたばかりの階段をかけ上がる。
うっすら笑みを浮かべて動かなくなったメイコを置いて。
こんなストーリー(台本)は知らない! これに見あった台詞もわからない! 知らない! 教えられていない!
背中に痛みが走って、伏せに倒れる。階差が酷く痛い。
口から吐き出した赤い液体が、鉄の香りを広げる。
逃げなくては。
とにかく、あの主人公は頭がおかし…――。
がぼっ。
首の後ろから、前にかけて再び激痛。しかも呼吸ができずに口からだらしなくダバダバと流れ出る。何かが、首の後ろから突き刺された。
カイトの意識は、次に横へ切り裂くような痛みで消えた。
Bad∞End∞Night【自己解釈】⑦~君のBad Endの定義は?~
本家様
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16702635
グロにしかならない。
宴は、続く。
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