その後私達は今晩を明かすホテルへとやってきた。
 現状、信用できるのはここにいる二人だけ。これであやねが内通者ならお手上げだが、状況から見て、日本ではなくメルクリウスにいるとみて間違いない。もし、日本に内通者がいたとしてもあやねの立場ではあまりにも動きにくい。以上二点から、あやねに信用が置けることを証明できていた。
 部屋に入ると荷物を置いて、上着をハンガーにかけてから備え付けの椅子に腰かける。
 テレビをつけて適当なチャンネルに設定し、音量をある程度上げてから話し始める。机の上にはメモとペンがスタンバイしてある。慣れたものだ。
「ミク、最近どうだったの?」
 話しつつも筆を走らせる。英語のピットマン式速記だ。
 ――内通者って?
「一昨日、休暇中に呼び出されたのよ」
 ――事件当日のメルクリウス構成員の動きに不審な点が幾つか。
「まあ、部屋でゆっくりしていたんだけど」
 ――集団失踪は何件も起きているのに被害に遭った構成員がいない。
「でも、読書とか有意義な時間だったんじゃないの?」
 ――偶然じゃないの?
「まあね、読書は趣味だし」
 ――廃墟になった首都には支部があって20人が勤めてたの。
「活字中毒なんじゃない?」
 ――全員無事だったの?
「流石にそれはないと思うけど」
 ――急な任務、オペレーターさえ駆り出されたわ。
「冗談よ」
 それから談笑を隠れ蓑に筆談を続け、あやねと情報を交換した。
 日本での被害と状況。他の事件の経過。紙とペンと言葉によって、今回の事件の全貌を描き出していく。話は尽きないもので、日が高くなって休憩をはさむことにした。
 あやねが外に飲み物を買いに出ている間に、盗聴器の類をチェックしていく。
 反応。据え置きのライトスタンドが繋がるコンセントからだ。スタンドのプラグを抜き、カバーを外す。
「――見つけた」
「ただいま。ミクはジンジャーエールでよかった?」
 ドアを開け、あやねが帰ってくる。
「うん、ありがとう」
「何それ、盗聴器?」
 まるで、何事もなかったかのように言う。実際、日常茶飯事なので仕方がない。――ここからは打ち合わせ通りに。
「そう。最初から仕掛けられていたみたい」
「ブン屋かな、それともどこかの対立組織?」
 ちょっと興奮気味にあやねが言う。
「わからない。でも少し油断していたみたい。対策を考えましょう」
 言い終えて、盗聴器をナイフで取り外し、電源を落とす。それから二人で部屋中を捜索した。エコー機材を使って壁の中もチェックしたが、盗聴器、カメラの類は見つからず、集音マイク対策に窓に特殊なフィルムを張り付けて、終了。
「とりあえず、これで安心ってとこ?」
 作業を終えたあやねがベッドに寝転がる。
「まあ、これで情報が外に漏れる心配はないと思う」
 私もあやねに習った。
「いやー、筆談もつかれるね。速記があるから多少は楽だとしても」
「もう、心配しなくてもいいよ」
 仰向けに倒れこんで天井を見る。液晶ばかり見ていた目に、ライトの光がしみる。
「本当に内通者なのかな」
 あやねはまだ信じたくないようだ。
「盗聴器の件も含めて間違いないと思う」
「そっか」
 私だって信じたくない。でも組織である以上、それが一枚岩であるとは思えない。組織には序列があって、派閥があって、対立がある。事件を解決しようとする者がいれば、事件から利益を得ようとする者がいる。何が誰のメリットになるのかなんてわからない。
「まずは考えよう。これからのこと。私とあやねだけで動くしかないみたいだから――」
 これからどう動き、どのように情報を集め、どこへ向かうのか。

 共通認識として持っておくべきものもある。
「ミクにとっては、これは事件なの?」
「私はそう思ってる。過去に同じようなことがあったかといえばそれもない。そして、人が消える場所や日にちや条件が全く違う。まるで――」
 背中にうすら寒いものが走る。ゆっくりと深呼吸をする。
「まるで、実験みたい」
「確かに……」
 あやねは起きあがって、自分の書いたメモをめくる。
「地域も国も推定時刻も同じものがないね」
 私が続ける。
「そして、メルクリウスの構成員には全く被害がない」
 この二つから導き出される推測。
「メルクリウスが集団失踪の実験を繰り返してる?」
「多分……」
 だがほぼ間違いはないだろう。組織がどうであれ、私の任務はこの件の調査と捜査、解決。現状では父さんにも内通者がいることを黙っていた方が良いだろう。確証も取りきれていない。推測の域を出ない以上は父さんに協力してもらうことはできないだろう。
「もう、そろそろいい時間ね。今日はもう寝ようか」
 あやねの提案に私は頷く。その声は努めて明るくしているようにも聞こえた。
「そうだね」
 ライトを落とす。
「ねね、そっちのベッドで寝ていい?」
 あやね、またそんなことを……
「……別にいいけど」
「おっけー? なら、お邪魔しまーす」
 そそくさとあやねがもぐりこんでくる。
「こうしてると、学生の頃を思い出さない?」
「わかる気がする」
 寮でルームメイトだった私とあやねは、時々一緒のベッドで寝ていた。
「おぉー、おー、おー、久々の抱き心地」
 あやねが抱きしめてくる。ちょっと暑い。
「聞いていい?」
 女としては若干悔しくなる柔らかさから抜け出す。顔が近いんですけど。
「どうかしたの?」
 首をかしげるあやねに、学生時代からの疑問を思いきってぶつけてみた。
「あやねって、そっちの趣味なの?」
「そっちって?」
「日本で言うところの百合」
「「…………」」
 静寂。大通りを走る車の音が聞こえた。
「そ、そんな事無いよ。やだなぁミクちゃんてばいきなり何を言い出すのかなぁ」
 わざとらしすぎる。
「冗談だよね?」
「冗談じゃないって言ったら?」
「出てって。ナウ、ゴーアウト」
「いやいや冗談だって。さすがにミクをそんな目で見てないよ」
 笑いながら答えるあやね。仕草がいつも通りで安心した。多分、信じていい……はず。
「じゃあ、どうして学校で男子を遠ざけてたの?」
「んー、えっとミクって小学校言った事無いんだよね?」
「無いけど」
「私はあるんだよね。訓練と並行して通ってたから、めっぽう喧嘩が強くてね。同じクラスの男子にいつもちょっかい掛けられてたの」
「何で?」
 男子があやねみたいな可愛い女の子に悪戯する理由が分からない。
「なんでってそりゃあ……あー、多分『好きな子にはちょっかい掛けたい』ってお話なんじゃないかなあ。よくわかんないけど」
「好きなのに、悪戯?」
「男の考えることなんてわかんないよ。ともかく、そんな男子が嫌で、気が付いたら男子全部が嫌いになってた。あと、お父さんから色々なことを教わってたから、同年代の男子の精神年齢の低さにも嫌気がさしたし、色々やってることが気持ち悪かった」
 ……私にはよくわからない話ばかりだ。やっぱり、小学校に通いたかったなあ。
「うん、そんな感じ」
「そうなんだ」
 生返事。
「で、男子が嫌いだからって女の子好きに走るほど、飢えてないからね?」
「でも、あやねは学生の頃に一緒の布団に入ると、私の耳を舐めたり、脇腹くすぐったり、胸を触ってきたり、おでこにキスしてきたり、色々したよね」
「それはまあ、ミクが可愛くてつい」
「ちょっかい?」
「「…………」」
 あやねの吐息が聞こえる。えっ今、私、危ない?
「ね、寝ようか。そろそろ学生気分は切り上げて」
「そうだね。やっぱり自分のベッドに戻るよ」
 そう言って、あやねは私の隣から離れて行った。
 ほんの少し残ったあやねの匂いの中、私は眠りに落ちて行った。

 私達は当たりをつけるため、メルクリウスの動きに注意を払った。
 表向きは様々な地域の警戒。しかし幾度となくメルクリウス本部に足を運び、急な任務変更や、部隊の移動がないかを確認する。
 内通者の可能性がある以上、誰かに情報を流して貰うことができない。
 ここであまり他の構成員と交流をしていなかったのがあだになった。
 それでも根気よく足を運び、二カ月目にしてようやくその動きを掴んだ。
 本部から北西方向にある国の支部。そこへ二日後に緊急の任務が入った。全員の参加が指定されており、多分次はここで間違いない。
 あやねと共に車に乗り込み現場へと向かう。
 現状、失踪は集団全員がいなくなることが前提で起こり、その範囲は円状である可能性が高い。そして、もしも円であるならその中心があるはずだ。そうして調べて行った結果、中心になる可能性がある地点には共通点が存在していた。それは、いずれの地域も電話の通信基地、ラジオの放送局、テレビ塔など電波を発することができる建造物が、中心の可能性が認められる範囲に存在してことだ。それ以外に主だった共通点がない以上、この推測を信じるほかない。

 今回、被害に遭う可能性があるのはそう大きくない地方の街だ。それでも人口の規模は5000人で、十分に多い。先ほどの推論を元に考えれば、街の中心部にあるテレビ塔が怪しいが、自分達も消える可能性がある以上、深入りはできない。だがそれは犯人側も同じだ。
 今回の件が何らかの実験であるならば、近くに観測員を置いていてもおかしくない。それを私達で確保する。情報が漏れて観測員が逃げることを懸念する以上は増援も頼めない。
 これを取り逃がしたら、次はさらに規模が大きい『本番』が来るかもしれない。それは何としても避けなければ。この戦いは目の粗い網で素早い小魚を捕まえるようなもの。取り逃がしたら、次は鯨並みの大きさになって帰ってくる。あとがない賭けだった。
 二日かけて移動して、ようやく街の近くまで来る。とりあえず、ガソリンスタンドで停車した。そろそろ日が沈む。
 あやねが地図を取りだし、中心部のテレビ塔から一番遠い街の端までの距離を半径に円を描く。そこからさらに5キロ分ほど大きな円をもう一つ描く。
「ミク」
 店員に代金を渡して、窓を閉めた。
「その円が――」
「そう、今回の集団失踪の予想範囲」
「その5キロ分は安全対策ってところ?」
「大正解。そして、山の中で人目に付かない上に駐車場があって、近くは道路ですぐ逃げられるっていう、好条件の場所がここ」
 あやねが指さした場所は、街から山に入った場所にある展望台だった。確かにあやねの言うとおり好条件だ。でも同じような場所はほかにもある。
「根拠は?」
「女の勘」
 堂々と言い切るあやね。元より不利すぎる賭けだ。あやねの勘を信じることにした。

ライセンス

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戦場のアルメリア 第一部(3)

無断転載厳禁。
この作品は戦場のアルメリアの企画のためものです。
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勝手に使うと、P.O.P.とメルクリウスに狙われますよ?

閲覧数:94

投稿日:2011/08/31 20:18:34

文字数:4,377文字

カテゴリ:小説

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