午後五時四十分。俺は部下と共にブリーフィングルームを出た。
先の空戦テストのデブリーフィング(帰還報告)だ。だが敗北のショックからテストから得られたデータにも目を通す気は無かったし、ただテストの感想を適当に述べただけだった。
俺の隣で肩を落として歩いている、麻田武哉中尉の表情は溢れ出る悔しさと不満がありありと現れていた。
それは俺も同じだ。俺達は最強の機体を駆る最強の強化人間。そんな俺達が、アンドロイドに負けたのだから。
「・・・いつまで気にしているんだ。」
「・・・気にしてなんてねぇよ。」
俺達は基地の廊下を重い足取りで歩いていった。
搭乗員宿舎へ。今日はもう特に予定も無い。休めば気分が治るだろう。
◆◇◆◇◆◇
今は何時だろう。私は更衣室を出た。
今日も空をとんだ。空を飛ぶのは本当に楽しい。風を切って飛ぶ気持ちよさがたまらない。だけど、今日やったのは戦いの練習だった。
空から降りると、まず整備員達がわたしの翼をはずし、更衣室で空を飛ぶときの変わったスーツから昨日基地の司令官からもらった服に着替える。なかなか気に入った。
今日はもう飛ぶことは無いから、自分の部屋に戻ることにした。
◆◇◆◇◆◇
スライドドアを開くと部屋の中には今日のテストに参加しなかった二人がいた。彼ら二人もまた、俺の部下だ。
「おかえり。どうだったテストは。」
四人部屋の奥の自分の机でデジタルカメラを磨いていた気野皇司中尉が言った。だが 俺と麻田の表情を見て何があったのかを察したようだ。
「あ、今日の空戦テスト、負けたんでしょ。」
二段ベッドに腰掛けながら男性誌を読んでいた朝美舞太中尉があっさり言った。
こいつは本当に空気の読めない発言をする。ある理由で精神年齢が幼いせいなのか、それとも故意に言っているのかは分からない。
「やかましい。俺はもう寝る!」
麻田はそう言い放つと自分のベッドに横たわり、一瞬で眠りについてしまった。
「あーあ。今日は晩ご飯が美味しい日なのに。」
その言葉で俺は腕時計を見た。五時五十分。夕食の時間は六時だ。
「今日はシーチキンサラダだったな。久しぶりのうまい夕食だ。」
と、気野がカメラを置いて立ち上がった。
「じゃあ行くか。おい麻田。」
俺は爆睡している麻田を起こそうとした。
「今は寝させといてあげようよ。」
朝美の言葉で俺達は宿泊室を出ると食堂に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇
私はソファーで寝ながらテレビを見ていた。画面では水色の長いツインテールの女の子がおどっていた。どこかわたしに似ている。
ベッドや机とかこの部屋のものはほとんど司令官にもらったんだけど、このテレビは、「ひろき」にもらった。「ミクが一人で寂しくないように」って。ひとりでいるのはなれたけど、でも、わたしはもっと一緒にいたいんだ。ひろき……。
そのとき部屋のドアにあるブザーがなった。
「ミク。僕だよ。いる?」
ブザーからひろきの声がした。私はいそいでドアに駆け寄り、ボタンを押した。
自動ドアがすーっと開いた。
そこにいたのは、ひろきだ。
「あのさ、今日は食堂でミクの好きなシーチキンが出るって。一緒に行こう。」
「本当?! 行く!」
わたしはうれしくなってひろきの手をつないで食堂に歩いていった。
ひろき。
私を作ってくれて、助けてくれて、わたしにいろいろなことを教えてくれた人。
私のことを大切にしてくれて、守ってくれる人。わたしが大好きな人……。
◆◇◆◇◆◇
「さて……。」
配膳を済ませた俺達は同じテーブルに適当に座った。
ここは基地食堂。パイロットも整備員もその他の役職の者も全員ここで食事をする。
「いっただきまーす。」
俺の前に座った朝美中尉はさっそく珍しく豪勢な給食を食べ始めた。俺もフォークに手を付けようとした。そのとき、
「隊長。」
隣の気野中尉の一声で、俺の動きが制された。
「何だ。」
「教えてくれ。」
「何をだ。」
「無論、今日のテストのことさ。」
「なぜ。」
「興味深い。」
「だろうな……。」
短い言葉の応酬が続いた。彼の真摯な視線がこちらに向けられているのが分かる。
「正直、俺達が負けたってのは本当だ。」
「やっぱり。でもなぜ。君は全国の強力なアグレッサー達と君は単機で戦えるというのに。」
「やつの機動性は戦闘機とは比べ物にならない。航空機とはまるで違う。」
「えっ?」
「俺は最初にテストが始まったときに、すぐにやつをロックオンした。ヘッドオン(正面)だったからだ。」
「それで。」
「もちろん撃ったさ。HUD(ヘッドアッドディスプレー)のなかじゃ確実にミサイルがやつを追尾していった。だが、やつはあっさり回避した。」
「何だって?」
気野の目が大きく開かれた。
「やつにはチャフ、フレア、ほかの防御兵装は何も無かった。つまり自力で回避だ。しかし回避の方法が余りに常識外れだった。」
「あの機体……FA-1だったか。あの翼のようなウイングの六基のエンジンは独立稼動するベクターノズルを装備していたね。確かに機動性は高いだろう。でもヘッドオンで放たれたミサイルを回避できたなんて……それで常識外れとは?」
「航空機の機動として考えては話にならないんだよ。発射したミサイルは順調に追尾をしたが、ミサイルとやつの距離が百メートルに届いたときだ。もう確実に命中すると思った。その瞬間、やつはほぼ九十度進路を変えた。しかも速度を落とさずにだ。」
気野の手が止まった。
◆◇◆◇◆◇
「あ、きみ、ミクって言ったよね。博士も一緒?じゃあ隊長と皇司の前が空いてるからそこに座りなよ。へぇ~。ミクちゃんって食べることも出来るんだ。」
◆◇◆◇◆◇
「そんなことが、本当に?」
「だから、俺達の機体と比べるな。だが目の当たりにした俺でさえ目を疑ったよ。ミサイルを回避したやつはそのあと一瞬で麻田をロックオンし、回避行動を取ることも許さず撃墜した。」
「FA-1の兵装は? そういえば聞かされていなかったね。」
「レールガンだ。」
「レールガン……。」
レールガンは大砲の一種で、発射薬ではなく電気と磁気によって弾丸を発射するため弾丸を光速まで加速させることが可能な兵器だ。ただし弾丸の加速のために長大な砲身が必要のはずだ。
「そんなものが搭載できたのかい。」
「やつに装備されたのは極限まで小型化し個人サイズにしたものだ。背中にウイングの上から装備して使用時に砲身が展開する仕組みだ。」
「レールガンってことは弾が到達するのも光の速度・・・か。」
「そのとおりだ。とりあえず麻田はそれで一回目の撃墜だ。俺はやつの背後を取ろうと必死だった。まだ敵わない相手だということに気づいてなかったのさ。が、すぐに思い知らされた。空中で急停止したり急な機動の変化、そして光速の弾丸。全てにおいて航空機とは超越した存在だった。もうHUDに捉えることも出来なかった。完全に死角に入られてな。結局俺達は二回ずつ撃墜されテストは終了した。二分間の出来事だ。」
「二分間……そんなに強いなんて。」
俺達はちょうど食事を終えた。そのとき、誰かが俺達の背後から声をかけた。
「あの、あなた達は今日ミクとテストを行ったパイロットですよね。」
いつの間にか目の前の席に若い男が座っていた。まだあどけなさが残る顔つきは二十代前半に見える。
「あ、はい。博士。」
網走博貴。一週間前、配属されて初めて雑音ミクがブリーフィングルームで俺達パイロットの前に姿を現したときに雑音ミクの様々なことを説明してくれた科学者だ。ただ、その内容はミクには感情や五感があり、さらに嗅覚や味覚などがあるとか、性格や好みなどまるで兵器の説明とは思えず、また兵器らしい実績やスペックのことなどは一切語らなかった。
もともと巨大科学企業クリプトンの社員だったらしいが、何かの理由で解雇され、軍に入り、日本防衛軍兵器開発局の科学者となり雑音ミクを開発したらしい。彼は定期的なメンテナンスのためにこの基地にいる。
しかし、奇妙だ。純粋な兵器として開発されたにしては、なぜ不要な部分、感情や五感があるのだろうか。
「博士。」
「なんだい?」
穏やかな表情。とても兵器を生み出す人間には思えない。兵器を生み出す人間がどういうものか、俺が検討を付けられるものではないが、少なくとも直感的にそんな気がしてならない。
「なんで、彼女には感情があるのですか。」
すると博士は少し寂しそうに表情を曇らせた。
「……僕には君の聞きたいことがわかるよ。ただの兵器には感情や人間らしさはいらないと。なのになぜあるのかと。」
「いえ、そんな。」
「それはね、僕がミクをもともとは普通の少女として作ったからだよ。」
俺と皇司は驚愕した。そのとき、横から誰かが俺達の会話に割り込んだ。
「ハカセハカセー。どうしてミクちゃんはものが食べられるんですか?」
「それはね、ミクが食べたものは人間と同じように食道を通って溶解液があるポッドに入り、そこで跡形も無く消化されるんだよ。」
「へぇ~~~。」
朝美が聞いた質問に彼は目を輝かせて説明した。さっきの言葉といい、俺の頭の中に疑問が駆け巡った。
「ちゃんと味も分かるしね……おいしかったかいミク。」
「うん。」
全然気が付かなかった。さっきまで話の話題にしていた雑音ミクは博士の隣に座っていた。
艶がある長い黒髪のツインテール。赤い瞳。人形のように整った美しい顔立ち。まさしく人間の少女にしか見えない。
今時の家庭用ロボットでも人らしさはあるが、ここまで人間に酷似し、ここまで美しさを追及したものは無い。人工物特有の不自然さもまるで感じられない。
「やあ。今日は一緒に飛べて、楽しかった。」
彼女がこちらを向いて微笑みを浮かべる。表情も人間並みに豊かなのだ。
そのとき俺は彼女の服装が、俺が今着ている第302戦術戦闘飛行隊、通称ソード小隊の専用制服とほぼ同じ事に気が付いた。黒がベースで赤いラインがいくつか通っている。そして赤いネクタイ。上半身しか見えないが、全く同じだ。司令から支給されたのだろうか。
「おい、ミク。」
俺はいつの間にかミクに話しかけていた。
「その服誰からもらった?」
そう訊いたとき、後ろから聞き覚えのある声がした。
「この服は私が自らデザインしたんですよ。」
俺達は三人とも後ろを振り向いた。そこにはある人物が立っていた。世刻・エウシュリー・アイル大佐。この基地の司令官であり、この基地のルールブックそのものな人物だ。俺達とさほど変わらない歳ながら大佐という地位につけたのは防衛大臣である父の、親の七光りというやつか。
いつも丁寧語を使っているが、その人が悪すぎる人相をカバーするためなら納得する。
だが見かけ通り傍若無人な性格をしている。軍人とは思えないほど。
「ああそう。彼女の着ている服を見てもう分かると思いますが……雑音ミクを・・・ソード小隊に配属します。」
その瞬間俺と気野は唖然とした。朝美はミクの手を取り喜んでいた。
「本当ですか? やったーーー! ミクちゃん。ぼくら一緒になれるんだよ!」
「へえ。そうなのか。じゃ、よろしくな。」
そういってミクはこちらを向いた。
「ま、詳しいことは明日の朝のブリーフィングで聞いてください。では。」
そう言い残し、司令は俺達の前から去っていった。
そのとき、俺は見た。網走博士が司令の後姿を物凄い形相でにらみつけていた。
さっきも司令の発言を聞いたときもそうだった。彼は彼女が兵器として使われることに怒りを感じている。だがそんなことの理由はまだ俺には分からない。疑問と興味が増えるばかりだ。
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