西村邦彦です。
子どもの頃、夜中に目が覚めると家族が寝静まった部屋の中で、テレビの待機ランプだけが小さく光っていました。
真っ暗な部屋の中で、その赤や青の光だけが浮かんで見えて
なぜか「機械にも呼吸みたいなものがある」と本気で思っていた記憶があります。
今思えば少し不思議な感覚でした。
誰も喋っていないのに静かな機械の存在だけが妙に近く感じる。
幼い自分はその光を見ながら「人間が眠っている間も、世界は動いているんだな」とぼんやり考えていました。
大人になってエンジニアの仕事を始めてからあの感覚を思い出す瞬間があります。
深夜の開発作業。
青白いディスプレイの光だけが部屋を照らしていて、キーボードの音だけが静かに響く時間。
AIに問いを投げたり、コードを書いたり、設計を整理したりしているうちに
自分の輪郭が少しずつ曖昧になっていく感覚があります。
「仕事をしている」というより巨大な情報の流れの中に、自分が溶け込んでいくような感覚。
不思議とその時間は嫌いではありません。
むしろ日中より素直に思考できる瞬間があります。
幼少期に感じていた“機械にも静かな生命があるような感覚”は今の仕事にもどこか繋がっている気がします。
システムも、Webも、AIも、本来はただの道具かもしれません。
でもその向こうには必ず人の感情や生活があって、誰かの不安や期待が流れています。
だからこそ画面の向こう側にいる人を想像しながら仕事をすると、単なる開発作業ではなく
少しだけ温度のあるものに感じられるんですよね。
深夜静かな部屋でディスプレイを見つめていると、たまに子どもの頃の感覚に戻ります。
世界は眠っているように見えて、実はずっと静かに動き続けている。
その流れの中に自分も確かに存在しているんだと思います。
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