一人の青年が修道院を訪ねて来た。
「クラリスさんはいますか」
初めて見る顔だ。自分よりも年上だろう。
「はい、私がクラリスです。どちら様でしょうか」
「ああ、貴女が」
青年がはにかむ。
「僕はエルフェゴート軍に所属していた者なんだけど、エインって知ってる?」
突然その名が出て驚く。もちろん知っている。ミカエラと自分を勇敢に守ってくれた。そして『緑狩り令』のときに命を落とした。
「ええ…恩人です…。彼が…?」
「良かった、やっと見つけた!実は貴女に渡したいものがあってね」
笑顔が一層明るくなる。笑うと一気に幼くなるようだ。
「エインの私物を整理していて見つけたんだ。貴女に宛てた手紙だよ。あ、もちろん中身は読んでないからね!」
「え…エインが私に…?」
予想外のことに頭が働かない。呆然としているうちに青年から紙を渡された。
「あ、やだ、すみません、立たせっぱなしで…!どうぞ中へ。お茶をいれますね」
「いや、遠慮するよ。有難う。この後も行くところがあるんだ」
聞くと、仲間の私物を然るべき人に届けて回っているそうだ。仲間も、届け先も、行方知れずな人も多いらしい。残念ながら有益な情報は持ち合わせていなかった。
「手紙、有難うございました。何か力になれることがあれば、いつでも寄ってくださいね」
「有難う。必ず果たすつもりだよ。仲間の想いを無駄にしたくない」
膨らんだ鞄を抱えた青年を見送り、一人手紙を開いた。
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クラリス様
前略
この前は、元気そうな顔を見ることができて良かった。屋敷での仕事は大変かい?ミカエラや屋敷の人たちと楽しく過ごせているかな。
突然の手紙に驚かせていると思う。
照れ臭くて直接伝えられそうにないから、手紙にするよ。
まずは謝りたい。親父のこと、村でのこと。あのときの俺は何もできなかった。ごめん。後ろめたくて、君にしっかりと向き合うことができなかった。
村に来たミカエラは迫害の歴史なんて気にしていなかったね。俺もこのままじゃ駄目だって少しだけ勇気を貰えた。そんなきっかけがないと話しかけられないなんて情けないけれど、君と話せるようになって嬉しかった。それからすぐに村を出ることになってしまったのは残念だったな。それも親父のせいなんだけれど…。重ねてごめん。
久しぶりに会えた君は、村で暮らしていたときよりも、笑顔が柔らかくなっていたね。いい人たちと巡り会えたんだね。ミカエラの存在が大きいのかな。少しだけ嫉妬する。
この前も伝えたけれど、今はエルフェゴート軍に所属している。訓練はきついけれど、凄く充実しているよ。体力だけじゃなくて判断力や知識も必要なんだって学んだ。一筋縄じゃいかないね。でも、頑張るよ。大切な人を、君を守れるくらいに強くなる。
やっぱり恥ずかしいな。
また会いに行くよ。今度はゆっくり話そう。
君の幸せを願う。
草々
エイン
—————
手紙を読み終え、目元を拭う。
エインと屋敷で再会してほどなく、『緑狩り令』が出された。それがなければ、もっと早く手紙が届いている。エインも生きている。照れ臭そうな笑顔だって見ることができたかもしれない。
ルシフェニアのエルフェゴート侵攻は多くの犠牲を出した。
エインも、ミカエラも、もういない。それでも共に過ごした日々が無くなるわけではない。その事実を胸に、これからも生きていく。
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