深夜のモニター越しに、「働く意味」を考えてしまった夜
窓を少しだけ開けると、湿った夜風が部屋に流れ込んできた。
昼間よりも少しだけ柔らかい空気に、夏が近づいていることを知る。
遠くでバイクの音がして、誰かの生活だけが静かに走り去っていった。
モニターには、まだ完成していない管理画面が映っている。
白と黒と青だけで構成された無機質な画面を眺めながら、気づけばもう何時間もコードを書いていた。
AIに指示を出し、生成されたコードを整え、仕様を確認する。
最近の仕事は便利になった。
便利になったはずなのに、なぜだか時々、自分が何を作っているのかわからなくなる夜がある。
冷めたコーヒーを飲みながら、ふと手を止めた。
子どもの頃、夏休みの夜が好きだった。
扇風機の音、遠くの花火、開けっぱなしの窓。
あの頃は何者でもない未来がただ広がっていて、それだけで少し自由だった気がする。
大人になった今は、自由と引き換えに責任を抱えている。
フリーランスという働き方は、自分で選べる代わりに、全部を自分で決めなければならない。
でも最近、思う。
仕事って、誰かに評価されるためだけにあるわけじゃないのかもしれない。
誰かが少し使いやすいと感じること。
誰かの時間を少しだけ軽くできること。
画面の向こうで、小さく役に立っていること。
それだけでも、十分意味があるのではないかと。
深夜二時を過ぎた頃、保存ボタンを押す。
静かな達成感だけが部屋に残った。
窓の外では、夏の匂いがまた少し濃くなっていた。
終わらない季節みたいに仕事も人生も、たぶんまだ途中なんだと思う。
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