3.
高校生活は、慌ただしく通り過ぎていった。
僕は高校生活を送りながらも、初音さんのマネージャーとして初音さんのアイドルとしての予定を管理しつつ、ついでに授業や宿題のフォローもして……なんというかまあ、高校生活自体はそれまでとあまり変わらない日々を過ごした。
変わったことは、アルバイトの一環として時折ステージの裏方の仕事を手伝うようになったことか。チケットのもぎりをしたり、お客さんの案内をしたり、楽屋で食べ物や飲み物の準備をしたり。「こーゆーのも知っといた方がいい。後々役に立つってもんよ」とは高松社長の弁だ。
いまではそれが当たり前になってしまったけど、当時は舞台の裏側を覗いていることにワクワク感があったのをよく覚えている。
学校ではすでにマネージャーというあだ名がついていたのが功を奏したのか、僕が本当に初音ミクのマネージャーとしてアルバイトをしているということは卒業まで露見しなかった。
あとから考えてみれば、僕はコンビニなんかと比べると結構いいアルバイト代をもらっていたということがわかる。実際のところ当時の「CryptoDIVA」はライブと動画配信を中心に売上を伸ばしていたところで、会社としても余裕ができ始めた頃だったらしい。……とはいえ、学業とマネージャーの両立は忙しくもあり、そのほとんどを貯蓄に回り、高校卒業後の一人暮らしの資金に当てる形になった。
高松社長の芸能プロダクション会社「Create Prime」は、社長の所属していたロックバンドが独立する際に作った会社だったそうだ。
その後、そのロックバンドは活動休止したものの、高松さんは社長として残り、後進の発掘とプロデュースに軸足を移したという流れだったようだ。
高校卒業後、高松社長の熱心な勧誘に根負けし、僕は大学に進学することなく「Create Prime」に入社した。
そうして僕は「CryptoDIVA」の専属マネージャーとなったのだ。
◇◇◇◇
「奏。これがオメーの衣装だ。今度のライブで着ろ」
有無を言わせない口調で、高松社長は僕に告げる。
「は?」
会議室には僕と社長の他に「CryptoDIVA」の四人がいた。壁際に今回の衣装が並んでいてそれのお披露目と再調整だったのだが、白をメインとしてそれぞれのメインカラーをあしらった四着の衣装と別に、何故か男性もののタキシードが飾られていた。そのジャケットの裾は床に付きそうなほどに長いし、内側のグレーのベストはキラキラしていて、銀糸が織り込んであるみたいだ。ピンやチェーンも複数ついていて、かなり派手だ。
「結構カッコいーだろ。オレも現役の時にこんな衣装着てみりゃよかったな」
「社長」
「あん?」
「僕の衣装って、なんですか?」
「なにって、奏が着る服って意味だが」
「いや流石に衣装の言葉の意味がわからないほど馬鹿じゃないですよ。そうじゃなくて、どうして僕が着るのかを聞いてるんですが」
「オメーが着なかったら他に誰がこれを着るってんだ」
知りませんよそんなこと。
「まあ落ち着けーー」
社長は僕の肩を叩いて意味ありげに視線を初音さんに向ける。初音さんは待ってましたとばかりに勢い込んでまくし立てた。
「ーーボクらのファンで話題になってるんだよ。CryptoDIVAのマネージャーがかわ……イケメンだって。奏クンだって知ってるでしょ?」
「かわいいって言いかけた?」
僕の言葉はなぜか誰にも届かなかった。
「マネージャーがイケメンだっていうのは、ファン拡大に利用できるとボクは思うんだよね。ボクたちと統一感のある衣装着たスタッフが入口にいたり、ステージ脇にいたりするのもさ、ライブの演出上、細かいところまでこだわってるグループなんだって印象付けもできるし」
「ああ。『神は細部に宿る』ってやつだな」
「社長。なんです、それ?」
「知らねーか? ドイツの建築家の格言だよ。細かい部分をこだわって作るからこそ、全体の完成度が高くなるんだってこと。そーゆー教養も必要だぜ、奏」
「はあ」
それはそうかもしれないけれど、もっと相応しいときにその話をしてほしかった。
「ともかく、奏クンはこの執事服を着るべきなんだよ!」
「そんな無茶な……」
力説する初音さんに、僕は会議室の天井を見上げて途方に暮れる。
ていうか、初音さんはしれっとタキシードじゃなくて執事服って言い切ったな。
CryptoDIVAのマネージャーーーつまり僕のことなのだがーーが、最近ファンの中でネタにされつつあることを僕も知っている。
僕も市場調査を兼ねて各種SNSでCryptoDIVAを検索しているのだ。それくらいは把握していなきゃいけない。
「CryptoDIVAのライブにいったらホワイエの子が一生懸命案内してて萌える」
「あれはCryptoDIVAのマネージャーらしい。ショタ過ぎて尊い」
「若い女の子たちを応援しに来たら、若い男の子もいる。一粒で二度美味しい。なにこれ」
……云々。
……なにこれ、は僕が言いたい。
そういった発言のほとんどは年上の女性だった。たまに同年代もいるみたいだけど、それもまた女性だ。たまに男性のものもあるけれど……あれは流石にネタにしているだけのハズだ。
「まあまあ。別にオメーに歌って踊れなんて言うつもりはねーよ。いつも通りの仕事をすりゃあいい。ただ、これを着てるだけで」
「それが大きな問題でしょうよ」
相変わらず、僕の嘆きは誰にも届かない。
「ミクちゃんの言うことは理にかなってると思うわ。ライブのとき、スタッフがアタシたちと統一感のある衣装を着てるのって大きな意味があるもの。ライブ開始前とか、終わったあとの余韻に浸ってるときに、ライブと連続性のあるものを感じられたら楽しいと思うのよ」
「メイコさん。じゃあ僕以外のスタッフもこれを着るんですか?」
「んー? まずは奏君の評判が良いかどうかよね。衣装もタダじゃないわけだし」
それっぽい理屈を並べながらも、メイコさんは僕から露骨に視線をそらした。
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