第三章 04
 王宮の入口に、民衆の長い列が出来ている。
 それは王宮前の広場だけでは収まらず、その先の大通りへと続いていた。
 鎮魂の儀。
 それは、民が王宮内に入る事の出来る数少ない機会だった。
 正確には、王宮に入るのではない。王宮入口にある、地下洞穴へと向かうのだ。
 この国の要とも言える地下水脈。それが流れる洞窟は、王宮の地下にある。と言うよりは、この地下水脈を守るために、焔姫の何代も前の王族が洞窟の上に王宮を建てたのだ。
 以降、王族はこの地下水脈を守り、交易を行う行商人を歓迎する事で国を栄えさせた。そして、この地に根付く者たちが民となり、現国王と焔姫は水脈と民を守る事でこの国を存続させている。
 近隣との関係を保ち、時には戦い、国を存続させ続けるという事。そこで生活している者には当たり前に感じるかもしれないが、それはおそらく刃の上を綱渡りするような、峻厳な岩山を登り続けるような、計り知れない労苦があるのだろう。
 その一端を、男は焔姫の隣にいる事で垣間見たが、それだけで分かるほど政治は単純なものでもない。
 余計な事を考えるべきでは無いな、と男は雑念を振り払うと、演奏に専念する。
 男が爪弾く弦の音は、洞窟内を反響して普段とはまた違った幻想的な響きを作り出していた。
 天然の洞窟をさらに削って広げた内部は意外に広い。そこには王宮の広間とはまた別に、岩盤を削りだして作られた無骨な祭壇があった。広間の祭壇は精緻な装飾に鮮やかな配色が施された立派なものだったが、この洞窟内の祭壇は塗装のない岩盤がむき出しのものだった。それは、この王宮の歴史をも感じられる重厚な雰囲気をかもし出している。
 祭壇は、入口のちょうど対面にある。民は洞窟内に入ると、奥にある祭壇と、その手前で祈りを捧げ続ける焔姫の背中を見る事となるのだ。
 しかし、民は焔姫と祭壇には近づく事が出来ない。
 両者の間には地下水脈の支流が流れており、民が近づけるのはその支流の手前までだった。
 彼らは花弁や葉弁など、この国ではやや高価な植物を手にやってくる。支流の手前で祈りを捧げると、手にした花弁や葉弁をその支流に投げ入れる。自分の投げ入れたそれが水の流れに身を任せて行くのを、誰もが見えなくなるまで見送った。
 そうやって、人々は死者を弔う。
 それは、この国だからこその鎮魂の儀式だった。
 日の登る前から始まった鎮魂の儀は、民の列が途絶える事はなかった。
 民と区別する事なく、国王や宰相たち、そして軍の幹部や近衛兵たちも、同じように花弁や葉弁を携えて祈りを捧げた。
 おそらく、ほぼ全員の民が訪れたのだろう。民の列が途絶え、鎮魂の儀が終わりを告げたのは宵も深まる深夜の事だった。
 その間、焔姫は祭壇の前で頭を垂れたまま、たった一回の休憩をとる事もなく祝詞を唱え続け、祈りを捧げ続けたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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焔姫 16 ※2次創作

第十六話

見返すとかなり短めになってました。
以下、蛇足です。
民がたずさえてくるのが花や枝ではなく花弁、葉弁としているのは、植物が高価なため一家族で一輪の花や小枝を買い、花びらと葉っぱを家族で分け合って持ってくるためです。
民は毎朝国の管理する水くみ場で水をくむのですが、鎮魂の儀の翌日は水をくんだ際にこの時の花弁や葉弁が紛れ込み、民は家に帰ってその花弁と葉弁を前に、彼らの死のおかげで自分たちが生きていられるのだという事にもう一度感謝と祈りを捧げます。
……というところまで考えたのですが、本文中に入れるところがありませんでした。

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投稿日:2015/02/01 19:56:20

文字数:1,197文字

カテゴリ:小説

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