王城の最奥―――王族の許可なくしては立ち入ることを禁じられた場所へ、金糸の髪に風を孕ませるかのような勢いで廊下を駆け抜けていく包みを抱えた少女の姿があった。


「レンッ」


 少女が飛び込んだ先、喉を震わせて歌っていた影が動く。


 肩越しに振り返り少女を見つめたのは、少女と同じ面差しをした少年。警戒を孕んだ瞳が彼女だと理解すると、途端に柔和な光を称えた瞳で彼はふわりと笑んだ。


「リンか。―――どうしたの?」


「あのね、レンに提案したいんだけどっ!」


「? 提案?」


「レン、私の振りして王位継承者として会議に出席してくれない?!」


 その言葉を理解するのに数秒の時を必要としたレンは、やがて静かに言葉を落とした。


「……リンや俺が望んだとしても、父様が許してくれるはずがないよ。―――俺は、歌姫なんだから」


 歌姫。―――無意識下で引き寄せた元素を歌に願いを乗せることで行使することのできる、神の使者。


 レンが生まれた時から課せられた使命は、歌を歌って元素を組み上げ大地に恵みをもたらすこと。―――それを一瞬でも怠れば、レンの命はない。


 何故なら、『歌姫』と称されるだけあって、歴代の歌姫はすべて『女性』だ。レンはそんな世界の常識を覆すこととなる唯一の存在―――即ち、禁忌の存在だと、生まれ落ちた瞬間に彼の存在を知る誰もが恐れた。


 それでも命があるのは、彼が第一世代歌姫としての力を備えていたことと、彼が『双子』として生まれてきたのが要因だ。


 日陰の身として生を許されたレンは、歌姫の称号も、人としての尊厳も剥奪されてなお、国の繁栄のために歌を紡いで元素を操り、国を豊かにする様々な恵みを齎している。


 ―――――否、齎さなければならない。それが、生きることを許されたレンの宿命だから。


 言葉の裏に潜むレンの思いを知ってか知らずか、リンはにこやかに告げてくる。


「でも、私たち双子だもの! 服を交換して互いになりきることだって難しくないわ! それに、これは私とレンだけが知ることだもの。問題なんてないわっ」


「………でも、父様にバレたらリンも俺も…」


「バレなきゃいいんだもの、大丈夫よ! 私はレンの振りをして此処で歌っていればいいわけだし、レンも間が持たない時はいつものように歌えばいいの!」


「……歌うって…リン、本気で?」


「いつレンと成り代われるように其処何処で歌ってたんだもの! 歌っている間は元素を操ってるんだって思われているからまったく話しかけられもしないし、平気だわ」


 にこにこと笑って言うリンではあるが、双子とはいえ男女ゆえに声質が違うことがバレやしないかと少し不安なレンである。


「ほらほら、早く! 二時間後だから時間がないの!」


「え、えぇ?」


 突飛すぎやしないかと言い募ることもできないまま、促されて上だけ着ていた服を脱ぐ。リンも抱きしめていた包みを解くと、着ているものとまったく同じドレスをレンに渡す。


「この衣装を無くしたふりをして一番気に入ってたのにーっ! って駄々捏ねたら作ってもらえたの! サイズも大きめに作ってくれるよう頼んだから、きっと大丈夫っ」


 リンにしては用意周到だと思いつつも、レンはその服に袖を通す。慣れぬドレスゆえに下の方は脱ぐ気になれず、リンにはクローゼットを指し示してそこにある服を着るよう促した。


「………うん、これで大丈夫。ほら、レン! 頑張ってきてね!」


「う、うん…」


 やや頼りなげな声で返答すると、リンはレンの手を引いて扉を開く。魔力の無い、あるいは少量して持っていないものしか開けられない扉のため、歌姫としての力を宿すレンには歯も立たぬ扉は、容易くリンの手で開かれた。


「いってらっしゃい」


 押し出された廊下に呆然と立ち尽くす弟にそれだけを告げ、リンは扉を閉めて静かに目を閉じる。


「………これは、チャンスだってこと、忘れないで」


 心の葛藤に打ち負けて、ついに言い出せなかった言葉が、扉越しに小さく溢れたのに、リンは苦く笑う。


 ―――――レン。………此処から逃げて、幸せになって。


 弟の幸せを願いながらも、唯一の肉親と思える相手が、離れていく恐怖が邪魔をして言えない思いは。


 ………リンの胸中を駆け巡るだけあばれまわって、掻き消えた。

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  • 非営利目的に限ります

ファンタジーもの。。。 【その1】

歌姫として生まれながらも、男だったゆえに存在も歌姫としての称号も奪われてしまったレン。

しかし歌を紡ぐことを強制され続け、時を無為に過ごしてきたレンに、その日リンはとある話を持ちかける―――…。

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投稿日:2012/03/27 11:15:03

文字数:1,838文字

カテゴリ:小説

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