ルカの言葉に、神威は目を見開いた。
元来から実直生真面目で、嘘を吐いて誤魔化すというようなことは出来ない男である。
そんな神威の様子にルカは確信を得たようで、嫌悪感を露にした。

「最近、度々夜中に出かけているって聞いたわよ…付き合いもあるかも知れないけれど、貴方がそういうことをする人だとは思わなかったわ」

吐き捨てるように言うと、視線を逸らされる。
神威にはその憶測に対する明確な理由も弁解の言葉もあったのだが、敢えて言おうとはしなかった。
遊びに行くと言っても上司や知人の主催する宴に行くことがほとんどで、彼自らが一人で何かを主催したり執り行ったわけではない。
しかし、実際色街に行ったことはあるのだし、最近は用があって夜中に外出をすることが多かったのも事実だ。
――それは、昼間には彼も職務があり、自由に動くことが出来ないからというだけの理由なのだが。
その上に、外出する理由とてルカの言葉に少なからず関係しているのだから、彼女らの心配を邪推だと切り捨てることも出来ない。
感情的に非難されてもなお黙り込んでいる神威に全ての肯定を受け取り、ルカは腹立たしげに顔を上げた。
神威はその視線を黙って受け入れるが、少女にとっては予想外だったらしく、ルカは怒りと苛立ちで顔を赤くするとまた顔を背け、怒鳴るように言う。

「やましいことがあるなら、どうして――いえ、貴方のことだから、きっと何か理由があるのね」

しかし、言葉の途中で何かに納得したように突然語気を弱めた。
神威とルカは幼い頃から親しくしている。
彼の性格についても彼以上に分かっている筈であり、何も言わなくとも、彼の不自然な行動の裏に理由があると判断したのだろう。
ルカは否定も肯定をしない神威を見てその結論でまとめたようで、面倒な男ねと諦めように笑った。
けれどだからといって、神威が黙っている理由については聞いてこようとしない。
自分が踏み入ることの出来る領域を、きちんと分かっているのだろうか。

「分かった、貴方のことなのだし私は構わないけれど…グミさんには、きちんと言っておきなさいよ」

「ああ、すまない」

ルカが深く息を吐き出してから言うと、神威はそんな幼馴染みに、申し訳なさそうに頭を下げた。
誠実な回答は出来ずとも、自分のことを案じてくれているのは分かるのだ。
謝罪とも返事ともとれる神威の言葉にルカは困ったように笑い、話はそれだけだと言って彼の部屋を離れようとする。
屋敷まで送らせた方が良いかと問うたが、まだ他に用事があるらしく、ルカは「気にせず物思いに沈めばいいわ」と笑って去っていった。
神威はその場から動くことも出来ないまま彼女を見送り、虚空を見ながら息を吐く。
まさか、自分の行動で第三者に心配をかけていたとは。
自分が器用に動ける方でないことは彼自身も分かっていたのだが、それでも妹や友人に気付かれているとは思っていなかった――精々、屋敷の使用人くらいだろうと考えていたのだ。
一層、彼女たちには、何の為に外出するのか言っておいた方がいいのだろうか。
考えてはみるが、結局それは神威の私情であって、目的を話すことも理由を打ち明けることも、彼自身の感情的に躊躇われた。
当事者である“彼女”にさえ、隠していることなのだ。
儚げに笑う少女の顔を思い浮かべて、誰に心配をかけようと少女への感情を優先させようとしている自分に気付いていた。



「お兄様、少しいいかしら」



夕食後、神威が一人自室で本を読んでいると、ノックの音がしてグミが入ってきた。
もしかすると、ルカから何か話を聞いたのかも知れない。
食事の最中には何も言われなかったので、もし話があるならば食後の時間だろうと思っていた。
何か用かと促せば、彼の妹は眉尻を下げて気不味げな表情を見せる。
「あの…お兄様、先週辺りから頻繁に、夜はどこかへ行くようになったでしょう?ルカさんから聞いたんだけど、私には納得出来なくて…」
しかし口を開けばあまりにも素直な言葉で尋ねられ、裏のない純粋な視線に、何の話をされるのか分かっていたにも関わらず、彼の方が気不味げに視線を逸らした――彼の幼馴染みに言わせれば「流石は兄妹」なのだが。
けれど、神威には何も言うことはない。言えないことなのだ。
何と言って切り抜けるべきか、ルカが帰ってから考えていたのだが、それは今になっても答がなかった。

「…少し、調べたいことがあって、人に聞きに行っていただけだ」

しかし自分を案じて見上げられる視線に耐え兼ねて、考えてもいなかった問の答は簡単に口を衝いた。
「調べたいこと?」
グミはその言葉に訝しげに眉を寄せたが、それは神威にとって確かな真実だった。
――ただ調べたいことがあって、人と会う為、夜毎に開かれる社交の宴やら余興やらに付き合っているのだ。
しかし、流石にそれ以上は言えない。
「お前が心配しているようなことは何もないよ」
調べているのは、まさに案じられているそれに関すること。
妹であっても――いや、だからこそか――その目的を話す訳にはいかなかった。
ならば曖昧に誤魔化すしかなく、不安げに自分を見つめるグミに罪悪感を抱きながらも、神威は何も明かすことはなかった。

不満げな顔のままの妹が去った部屋で、男は一人息を吐き出す。
彼女らに心配をさせていることは分かっているが、あれ以上一つでも真実を吐き出してしまえば、隠していた全ての事実が芋蔓式に引き出されてしまうだろう。
神威自身も、どこまでを自分自身の感情として動機付けているのか曖昧なこともあり、下手に他人に対して晒すのは憚られた。
それが肉親であれば、なおのこと。
これまで妹に隠すようなことなど何もなかったというのに――仕事に関しての機密は勿論言える筈がないのだが、私事では何を聞かれても答えることが出来ていた。
また一つ息を吐いてから、胸元に入れていた手帳を取り出して机の前に座る。
暗い茶色のそれは普段彼が使っているものより一回り程小さく、中は走り書きと丁寧な字とが入り乱れて、凡そ几帳面な彼のものらしくない。
しかし、手帳の持ち主である彼にはどの言葉が何を指しているのか分かるらしく、ぱらぱらと頁を捲りながら眉間に皺を寄せた。
これまでの記録を重ね合わせながら仮説を立て、また新たな頁に万年筆を走らせる。
情報を集める中で、同じ手帳に何度も書いた文字があった。
もしやと更に探ってみれば、まさか・そうでなければという思いとは裏腹に、その文字を取り巻く情報には覚えがあることが多過ぎた。
「商家、金貸し、新規事業、工面、火事」
聞いた単語を繋げれば、知った彼女の話が浮かぶ。
何故、彼女のことを調べているのか。調べて一体どうするつもりなのか。
人に尋ねながらも自問自答していた答はまだ出そうにないが、彼女の答に辿り着くまでには、そう時間はかからないだろう。
書き出した文字を見つめながら、静かに目を閉じる。



「鏡音」



世の中に善などない。
人のドス黒いところなど知らない御目出度い奴だと言われる彼でさえ、そんなことは分かっていた。
浮世にあるのは、ただ、人の情と業。
業に巻き込まれるのが情ならば、業には業を持って対応するか、それなりの処世術は身に付けていかなければならない。
どこに行っても同じこと。
それでもなお不憫に思うのは、彼女のことだからか。
閉じた瞼を上げれば、窓には少女と同じ色をした半分の月。
一体自分は、どうするつもりなのか。

「双子、か…」

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夜明けの夢 【第三章】 壱:答のない月 (がくリン)

『夢みることり(黒糖ポッキーP)』インスパイアの、がくぽ×リン小説です。
明治期・遊郭もの。

※注意:この小説は、私・モルが自サイトで更新しているもののバックアップです。
あしからず、ご了承ください。

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閲覧数:346

投稿日:2011/03/18 21:07:59

文字数:3,097文字

カテゴリ:小説

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