Presto

  9.

 三人組がパトカーで連行されて、私と海斗さんも別のパトカーで警察署にやってきた。
 あの三人組がどうなるのか、私は何も聞かなかった。聞きたくなかった。……聞けなかった。
 しばらく事情聴取を受けて、もう用事はすんでいる。なのに、私はまだ帰れなかった。
 それは、私の捜索願いが出ていたからだった。
 他ならぬ、パパとママから。
 警察の人が家に連絡をしてたから、今は二人が来るのを待たなきゃいけなかった。
 ……私は、どうしたらいいんだろう。いったいどんな顔をしてパパとママに会えばいいんだろう。
 家を飛び出して、丸一日。
 帰りたいなんて、ちっとも思わない。
 やっぱり海斗さんのところがいい。海斗さんとじゃないとイヤだ。
 でも……。
 パパとママは、きっと許してくれない。それでも、私は。
 待合室のソファで、私の隣りに座る海斗さんの手をギュッと握り締める。恐怖に震える私の手を、海斗さんはしっかりと握り返してくれた。
 海斗さんの横顔を見上げると、ニッコリと笑い返してくれた。
 海斗さんだって、色んなことがあって笑ってられる余裕なんてないはずなのに、私を不安にさせないようにと無理して笑ってくれる。そのことに申し訳ないと思いながら、それでも、今はそれがものすごくありがたかった。
 首を横に倒して、身体を海斗さんに預ける。
「海斗さん……」
 離れたくない。
 ずっと海斗さんと一緒にいたい。
 でもこの時間は、いずれとけてしまう魔法の時間。シンデレラは、鐘が鳴る時間までしかドレスを着てなんかいられない。
「未来ッ!」
 警察署のホールに、ママの声が響いた。それはまさに、終わりを告げる鐘の音そのものだった。
 私が思ってたよりも、思い詰め、切羽詰まった顔をしてるママは、入口で館内をぐるりと見回して私を見つけると、まっすぐに私のところにやってきた。
「未来ッ! あなた、いったい自分が何をしたのかわかってるの?」
 私は海斗さんの手を握り締めたままで、静かに顔を上げた。
 ママはそんな私の様子を見て、私の隣りに座る海斗さんをにらみつける。
「あなたが海斗さん?」
「ええ……そうです」
「うちの未来をこれ以上振り回さないでもらえます? 迷惑だと言ったと思いますけど?」
「俺……自分は、そんなこと――」
「そんなことしてないとでも? なら、今回のことはなんと説明するつもりですか? 未来が襲われそうになったと警察から聞きましたが?」
 私の腕をつかんで、ママに無理矢理引っ張られて立ち上がらされた。
「それは――」
 海斗さんとつないだ手が――ママに断ち切られてしまう。
「言い訳は聞きたくありません」
「海斗さんが、助けてくれたのよ……?」
 弱々しく反論する私もママはにらみつける。
「だいたい、未来がこんな人のところに行くからそんな人達にからまれるんでしょう? いい加減それに気付いたらどうなの?」
「ママが……海斗さんの何を知ってるのよ」
 そう。だって、それを言うなら悪い人達に乱暴されそうになったのは、パパとママが見つけた塾に行ったせいだもの。悪いのは海斗さんじゃない。悪いのは、悪いのは――。
「私のことなんか、何も知らないくせに」
 言った途端、ママに思いきり叩かれた。パァン、という小気味のいい音とともに、ほほがヒリヒリと痛む。
「未来は黙ってなさい!」
「……」
 そうやって……また、私を束縛して。やっぱり、私はパパとママの子供じゃないんだ。パパとママにとって、私はただのお人形。
 パパとママの望む服を着て、パパとママの望む成績をとって、パパとママの望む行いしかしない、よくできたお人形。私に意思があることなんて、二人は知らない。知ろうともしない。
「自分のところに来たとき、未来が何って言ったかわかりますか?」
 立ち上がって、まっすぐにママを見て、海斗さんは静かにそう言った。
 ママは、海斗さんの言葉に片眉をつり上げただけだった。
「未来は言ったんですよ。家に帰りたくないって。二度とって……そう言ったんです」
「そんなでっち上げを、私が信じると思ってるのかしら?」
「ママ……?」
「子供が家に帰りたくないなんて思うほど思いつめてるのを、どうしてわかってやれなかったんですか?」
「あなたに言われる筋合いはありません」
「未来がどれだけ寂しかったか、未来がどれだけ愛に飢えていたか、未来がどれだけ――」
「黙りなさい!」
 深夜の警察署内にいる人達が、ギョッとして私達を見る。何人かが仲介に入ろうと立ち上がってこっちに近付いてきた。
「両親に愛されたいと子が思うのは当然でしょう? けれど、子供の愛しかたを知らない、愛情の伝え方がわからない親はたくさんいるんです」
 少しだけ伏せられた海斗さんのその視線に、私は海斗さんのことを何にも知らなかったんだと改めて思い知らされた。そのセリフが、海斗さんの両親のことを指しているんだと気付いたからだ。
 煉さんは「カイは誰にでも優しくて、優しすぎて、自分をないがしろにしてた」って言ってた。それはたぶん、両親から愛されず、家業を継ぐモノとしか見られなかった海斗さん――お父さんの訃報を知らされたときの、あのよそよそしい態度からすれば、たぶんそれは間違いないんだと思う――が、愛情に飢えていたっていうなによりの証しなんだ。
 誰にでも優しくしていれば、皆が自分を必要としてくれるから。それは愛情ほどの力はないけれど、でも、自分の存在理由くらいにはなる。
 だけど、私と同じで友人だけじゃやっぱり足りなかった。友情だけじゃなくて、愛情が欲しかった。
 ――だから海斗さんは、私を必要としてくれた。なのに、それなのに私は……。
「黙りなさい! あなたにうちの教育方針にとやかく言われるいわれはありません!」
 海斗さんは、また視線をあげる。強い意思を持って。
「自分が言うのは筋違いだってわかってます。でも……言わせてもらいます。それが未来のためになるのなら、いくらだって言います。二度と……未来に会えなくなったって」
 その言葉に胸が痛むけれど、それ以上にその言葉が胸にしみて涙が出そうになった。
「未来が望んでたのは、きっと俺なんかよりも、他の誰でもない貴女達の愛情なんです。そのために、貴女達に愛してもらうために未来が今まで無理してきてるんだってこと、本当はわかってるんでしょう?」
「うるさいって言ってるでしょう!」
「……ママ」
 今にも海斗さんにつかみ掛かりそうになりながら、ママが叫ぶ。海斗さんはそれ以上何も言わずにまっすぐにママを見ていた。
 警察署の職員の一人が、ママと海斗さんの間に入って場をとりなそうとする。けれど、もうこれでお終いだった。ママが私の腕を引っ張って警察署から出て行こうとしたからだ。ママの鬼気迫る表情に、私は抵抗できなかった。海斗さんの方を何度も振り返りながら、それでもママに半ば引きずられながら、私は警察署を後にする。
「未来を……頼みます」
 私とママが警察署を出る直前、海斗さんはそう言った。ママは振り返って、立ち尽くす海斗さんをにらみ付けると、何も言わずに外に出る。
「海斗さん……!」
 最期の瞬間、片手を上げた海斗さんの姿は、ひどく頼りなく、そして寂しそうに見えた。


 家に帰り着くまで、ママの隣りで私はずっと泣きじゃくっていた。泣いても泣いても、涙は止まらなかった。
 もちろん、海斗さんに会えなくなるからっていうのもあったけど、それよりも海斗さんのことを何にもわかってなかった、わかろうともしてなかった自分がイヤで仕方なかった。
 気付いたときにはもう遅すぎて、どうしようもなかった。私は海斗さんに何にもしてあげれてなかった。
 ――カイを、頼む。
 そんな煉さんとの約束も、私は守ることができなかったんだから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ロミオとシンデレラ 39 ※2次創作

第三十九話。


今回も長くてごめんなさい。
自分の中では、ラスト前で一番重要なシーンのつもりです。
狙ったつもりはなかったんですが、重要なシーンが39という数字なのは、偶然にしては我ながら出来過ぎのような気もします(苦笑)
ラストまで残すところあと四話。
もう少しおつきあいいただければうれしいです。

閲覧数:424

投稿日:2013/12/07 13:14:45

文字数:3,244文字

カテゴリ:小説

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  • 周雷文吾

    周雷文吾

    ご意見・ご感想


    >まりい様

     ありがとうございます!! こちらからもはじめまして、文吾です。
     そんな風に言って頂いて嬉しいです!
     なんと言うか、喜びを通り越してすでにプレッシャーです(笑)

     長々と書いてしまいましたが、未来嬢と海斗の二人の物語もあと四話で終わります。今少しお付き合い下さいませ~。

    2009/09/09 00:00:59

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